物語る亀

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物語愛好者の雑文

映画『セールスマン』感想 2017年のアカデミー外国語映画賞受賞作が登場!

カエルくん(以下カエル)

「今回はアカデミー外国語映画賞を受賞した作品についての感想記事だね」

 

亀爺(以下亀)

「これで2017年にノミネートされた作品は3作目の鑑賞じゃの」

 

カエル「……あれ? 今日は主はどうしたの?」

亀「ここ最近少し体調を崩しておるようじゃな。

 夏風邪はバカがひく、とはいうが……まだ夏一歩手前だからギリギリバカではないとか言い出すかもしれんがの」

カエル「いや、風邪引いているんでしょ!? そんなこと言ってないでお見舞いしてあげないと! 熱は何℃あるの!?」

亀「37,6℃じゃな」

カエル「……うん、まあ反応に困る体温だね」

亀「しかも平熱が37℃じゃからな。まあ、少し高めの平熱じゃの」

 

カエル「……え? じゃあ何が悪いの?」

亀「どうにも黄砂か埃に喉がやられたようで、咳が止まらんらしい。しかも会社に行くと悪化するらしくての……全く、難儀なものじゃな」

カエル「……なんかずる休みをしたい子供みたいな症状じゃない?

亀「しかも熱は出ないし、咳が出る以外は元気なものじゃから会社を休むに休めないというの。

 まあ、休んだところで映画館に行っても迷惑になるだけであり、結局はおとなしく本を読むかアニメを見るか、ブログを書く以外にやることはないんじゃがな

カエル「……さらにずる休みらしくなっていくなぁ」

亀「さて、ではそんな主は放っておいて映画の感想と行くかの」

 

 

 

 

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(C)MEMENTOFILMS PRODUCTION - ASGHAR FARHADI PRODUCTION - ARTE FRANCE CINEMA 2016

 

1 アカデミー外国語映画賞受賞作品

 

カエル「じゃあ、まずはざっくりとした感想から入るけれど……さすがにアカデミー外国語映画賞に輝いただけあって、悪い映画ではないよね?」

亀「そうじゃの。じゃがな……これはわしが悪いのかもしれんが、若干知識が邪魔をした部分もあったかの

カエル「知識が邪魔をした?」

亀「やはり『アカデミー賞を受賞した』となるとそれなりにハードルが上がってしまうものでの、特に作品賞と外国語映画賞はハリウッドのメッセージとしても重要な意味合いを持つ賞じゃ。それほどにいい作品なのじゃろうという意識を持って見てしまうから、その点では少しハードルを上げすぎたかもしれん。

 それと、昨年外国語映画賞を獲得した『サウルの息子』があまりにも衝撃的すぎて……昨年鑑賞した外国語映画の中では1番の衝撃だったかもしれんな。そんな作品と比較してしまう部分があったのは、わしが悪いの」

 

カエル「他のノミネート作品とか、あとは前年を含めた過去の外国語映画賞作品とはどうしても比べてしまうところがあるよね……特にこのブログではノミネート作品は他に2作品を見ていて、6月最終週に公開される『ありがとう、ドニ・エルドマン』はこれから鑑賞するにしても『幸せなひとりぼっち』『ヒトラーの忘れもの』は特に意識してしまうもので……」

亀「特に『ヒトラーの忘れもの』アカデミー賞云々関係なくナチスドイツものだからとふらりと見に行って、あまりの衝撃に震えた作品じゃからの。2016年の映画ランキングでも全体で11位と上位に位置する作品じゃった。ちなみに『サウルの息子』はランキングを作った時には見ておらんかったが、他の作品と比べることができないほどの作品じゃった。

 ではそういった作品と比べると……若干平凡な映画に思えてしまうところがあったの

 

カエル「特に今年はハリウッドのメッセージ性が強い授賞式だったからねぇ」

亀「他の記事でも語ったが今年『ムーンライト』が作品賞を受賞したのは黒人問題、同性問題、貧困問題などという多くの問題を的確にまとめあげたことにあることもそうじゃが『白いオスカー』と批判されたことも影響されておることは間違いないじゃろう。

 特にハリウッドが敵視するトランプ大統領が誕生したことによってアンチトランプのメッセージを発信する必要がある中で、特に敵視されたイラン映画ということが影響されたこともあるのではないのかと思っておる」

カエル「あとは『ヒトラーの忘れもの』が昨年の『サウルの息子』と同じナチスドイツものだというのもあるかもしれないし、ファルハディ監督は過去作も素晴らしい作品で実績も十分というのもあるだろうね」

 

 

 

blog.monogatarukame.net

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映画の感想

 

カエル「じゃあ、そういったアカデミー賞に対する思いはここまでにして、映画の感想に入ろうか」

亀「もちろん、悪い映画ではないぞ。もしかしたらわしが演劇を……特に『セールスマンの死』を知らないから見逃してしまっている点が多いのかもしれん。

 じゃが、初めてのイラン映画であるという気合を入れていった割には、案外普通の映画のような気がしたの。

 なんとなくフランス映画のようじゃと思ったら……やはりイランとフランスの合作なんじゃな」

カエル「イランって日本からだとあまりイメージが良くないからね……やはりアメリカと敵対している核開発国ってイメージばかりが先行しているし、イスラム圏の独裁国家で文化規制が激しいって印象も印象もある。

 だけどこの映画ってそんな影響を感じないくらいに普通の映画なんだよ

 

亀「もしかしたらそのような状況下の中で普通であるということが本当の素晴らしさなのかもしれんがの、イランらしさというとやはり女性が全く肌を露出をしていないという点が目につくかの」

カエル「そこをついてちょっとしたコメディ要素のようにもなっていたものね。あれがもしかしたらイスラム圏らしさでもあるのかな?」

亀「それからそれだけ厳格な宗教であるということがすなわち、本作で最も重要なテーマ……加害者と被害者の関係性であったり、そして単なる凶悪犯罪というだけでなく、多くの意味をもたらすのかもしれないの」

 

カエル「その意味では確かにうまい映画でもあるんだよね」

亀「そうじゃの。決して悪い映画ではないのじゃが……しかし、どうにもわしの好みもあるのかもしれんが、加害者と被害者の関係性を描いた映画としては若干平凡な作品に見えてしまったの。

 このテーマの他作品を考えても、本作が特別優れているとは思わなかった。もちろん悪い映画ではないのじゃが……加害者と被害者の関係性については様々な作品で語られていることでもあるからの。

 あとはサスペンスということで犯人探しなどに注目すぎたかもしれん。そういう映画ではない」

カエル「もしかしたらイスラム教やセールスマンの死について知っていると印象もまた変わるかもね」 

 

以下作中に言及あり

 

 

 

 

2 本作の事件の見せ方

 

カエル「ここはイスラム教ということもあるのかもしれないけれど、ある意味ではヒッチコックの『裏窓』などのサスペンスの常套手段のような作り方もしていて面白かったなぁ」

亀「夫婦の間で引っ越した先で重要な事件が起きるのじゃが、ここは明確に見せることがない。何かが起きたことはわかるし、なんとなくどのような事件が起きたのかはわかるのじゃが、その様子というのは想像させるにとどまっておる。

 そして被害者の奥さんも記憶を失っており、実際にはどのようなことが行われたのかは被害者もわからんのじゃよ。もちろん防犯カメラもなく、目撃者もない。あるのは状況証拠だけじゃ。

 しかも警察に届け出ることもなく全て憶測で動くことになる。これがもしかしたら第1のトリックなのかもしれんの

 

カエル「……トリック?」

亀「わしらは夫の目線でこの映画を見ておる。与えられた情報は夫と一緒であり、近所の住人の証言であったり、奥さんの証言や多くの物証から何が行われたのかを想像しなければいけない。

 ここで警察が出てきたら科学的で客観的な捜査も行われるのじゃろうが、おそらく男尊女卑の激しいらしいイラン警察じゃからまともに取り合ってももらえないじゃろう。そこもまたうまいといえばうまい。この手法によってもしかしたらわしら観客は、夫の想像に騙されておるのかもしれん

カエル「……ああ、そうか。どんな事件なのかは誰にもわからないわけだ」

 

亀「おそらく女性の人権を根底から否定するようなことが起きたのかもしれんという想像はできるが、本当にそんなことが起きたのかはわからん。おそらく他人が入ってきたことは間違いないじゃろうが……その後にどこまであったのか、何があったのかということは誰にもわからんわけじゃ。奥さんも恐怖もあるのか、頭を打ったからなのか記憶をなくしておるしな。

 そうなると加害者の証言が重要になるが、これも二転三転としてどこまで信用すればいいのかわからない。もしかしたら本当に……ただ入って驚いて出て行っただけなのかもしれん」

カエル「イスラム圏であったらシャワー中の裸を見られただけでも、女性からしたら信仰を否定されるような重要な事件かもしれないもんね……」

亀「日本で言うところの単なる覗きやラッキースケベとはわけが違うわけじゃからな。そのように事件の全景を見せない作りというのは、こちらの想像力を刺激してきて面白いものであるの

 

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この夫婦に悲劇が訪れる

(C)MEMENTOFILMS PRODUCTION - ASGHAR FARHADI PRODUCTION - ARTE FRANCE CINEMA 2016

 

信仰と迷い

 

カエル「やっぱりこの作品って信仰についても触れているよね?」

亀「そうじゃの。劇中劇の『セールスマンの死』のリハーサル中に女性が『馬鹿にされた!』と怒って出て行ってしまうシーンがある。コートを羽織っているのに、裸のまま外に出されるという演技を笑ったものじゃが、これを侮辱と受け取ってしまうわけじゃ。

 これは2つの意味での笑い……というか、誤解というべきかの? まあ、そんなものがある。

 1つはコートを羽織っているのに『裸で外に出すなんて!』という滑稽さ。

 もう1つは娼婦の役を演じているという嘲りじゃな

 

カエル「どちらもイスラム圏であったら重要な問題で、もちろん娼婦は職業的に被差別的なものなのはどこの国でも似たようなものだろうけれど、イスラムであったらもっとその差別はきついんだろうね。

 そして女性は肌を一切露出できないからコートを羽織っているのに、それを馬鹿にするような言葉を吐かれたら自分の信仰を馬鹿にされたようでカチンとくるのかも……

亀「本作はやはりイスラムの常識の上になりたる物語であるというのが強く印象に残ったの。もちろん、イランではそれが当たり前だから特別強調することもない。

 やはりうまい監督なんじゃろうな。サラリとしているようでありながら、とても重いテーマでもあるが、それでも強調しすぎて下品にならないようにしっかりと練られておる。熟練した技じゃの」

 

 

最後に

 

カエル「う〜ん……語ることがあんまりないねぇ」

亀「このテーマ自体もなかなか悪くはないのじゃが、加害者と被害者の関係性でいうと『顔のないヒトラーたち』などの方が歴史的事実に基づいていて衝撃はあったかもしれん。とても当たり前のことを描いた作品でもあるのじゃが、それがわしには当たり前すぎるように思えてしまった。

 ただ、それがアカデミー賞の選考委員には受けたのじゃろうな。悪の枢軸国と呼ばれて、様々な負のイメージが選考しがちなイランにも色々な事情があり、同じ人間であることは変わらんということを描いたのも大きいかもしれん。

 しかし、冒頭の倒壊しかけたマンションも色々とその後のことなども考えるとうまい手ではあるのじゃが……なんというかの? そこまでする必要があったのか? という思いがあるかの」

 

カエル「マンションがあんな風に倒壊しかけるって日本だともうそれだけで映画になりかねない大事件じゃない? だけど、イランではまるでそういうことが時々あるかのように、大事件としては描いていなくて……その差にびっくりしたというのもあるのかな?」

亀「悪い映画ではないが、やはりそこまで絶賛するほどでもない、という気持ちが先行してしてまうのぉ……」

 

 

アーサー・ミラー〈1〉セールスマンの死 (ハヤカワ演劇文庫)

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