物語る亀

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物語愛好者の雑文

書評『蜜蜂と遠雷』感想 本屋大賞と直木賞のW受賞も納得! 恩田陸の集大成にもなる作品では?

亀爺(以下亀)

「それでは、久々に書評と行くかの」

 

ブログ主(以下主)

「ここ最近は全く書いていなかったかなぁ。映画ばかりで小説を読む頻度も減っていく一方だし」

 

亀「発売からだと半年以上、直木賞も本屋大賞も当の昔じゃからの。旬もとうに逃しておる。全く、勿体無い話じゃの。

 しかも購入したのも1月の寒い時期じゃったと記憶しておるから……すでに半年は読み終えるのにかかった計算じゃの」

主「ほら、映画を見るのに忙しかったから!

 ブログを書いたりさ、色々とやることが多かったんだよ!

亀「そうやって時期を逃していき、いい作品を語る時期を逃してしまうわけじゃな。

 しかも直木賞と本屋大賞のW受賞というこれ以上ないくらいの話題作であるはずなのに……」

主「これを機に映画レビューサイトから書評サイトへと変化するか!」

亀「その読む時間がないから2時間で確実に終えることができる映画を論評している記事が多いのではなかったかの?」

 

主「本作は読み終えるのにかなりの月日が必要としたしなぁ。

 元々ノベルス形式は好きなんだけれど、ちょっと読むのに時間がかかるからね……」

亀「元々長い作品じゃしの。

 2段組のノベルス形式でもあり、それが500P以上となったら読み終えるのに時間はかかるのもわかるんじゃがな。それにしても半年はかかりすぎじゃな」

主「いい作品だから一気にまとまった時間をとって読みたかったんだよ! だけど、それだけの長さを読み切る時間がなかなか取れなくてさ……そんなこんなを繰り返しているうちに、かなり時間が経ってしまった。やっぱりあれだね、読める時に読んでいかないと読まなくなるね」

亀「では半年かけた作品の感想をこれから書いていくかの」

 

 

 

 

蜜蜂と遠雷 (幻冬舎単行本)

 

1 感想

 

亀「それではまずは、余談から始めようかの」

主「……いや、それって余談ってなんだっけ? って話だけどさ……まあいいや。

 自分はちょっとした特殊能力があってね、いい小説というのは見ただけでわかるんだよ

亀「……何を言い始めたのかの?」

主「例えば平積みになっている本があるでしょ? その表紙を見た瞬間に『あ、これはいい本だ、自分の人生で屈指の作品になるぞ』っていうのが勘でわかるの。見た瞬間にビビッときて、手に取った瞬間にすでに今年のNo,1だなって予感がする。

 で、実際読んでみるとほぼ多くが自分にとって名作になっている。

 あれだよ、ドラマとか映画である運命の相手とは触れ瞬間に静電気が走るみたいな感覚。あれがあるの」

 

亀「……それならそういう感覚がきた本だけを読めばいいのではないか?」

主「いや、名作がそんなにゴロゴロしているわけないでしょ? 

 運命の相手がそこいら中にいないのと同じように、1年に1回もそういう感覚に陥ってないよ。この作品が数年ぶりだったし、もう既にその勘は失われたと思っていたし。

 でもこの作品を……直木賞候補になった時に読んでみようと思ったけれど、見た瞬間にわかったね。ああ、これはいい作品だって。直木賞を取った時もそうだろうなって思ったし、本屋大賞にノミネートされた時も多分この作品だろうなって思っていた

亀「それは読後も一緒なのか?」

 

主「そうだね。

 今年1冊しか本を読めないって人がいるなら……あくまでも仮にね? そんな人がいるなら、自分は本作をオススメする。

 直木賞と本屋大賞を同時受賞したことが色々言われているし、確かに他の作品を読むことがほとんできていないけれど、それでも、それだけ評価される作品だというのはすごくよくわかる。

 もちろん純文学のように小説表現の最先端の作品だとか、100年先も残る名作だとまでは言えないかもしれないけれど……エンタメ小説としてはとてつもなく素晴らしい作品。恩田陸の集大成でもあり、エンタメ小説界に残る、今後間違いなく映画化やドラマ化されるであろう大傑作だね

亀「……小説でそこまでの評価を下すのは初めてかもしれんな」

 

六番目の小夜子 (新潮文庫)

恩田陸作品で印象深いのがこのデビュー作

鈴木杏、栗山千明、山田孝之、松本まりかなどの超豪華キャストのドラマも大好きでした

 

音楽を言葉にするということ

 

亀「本作はピアノのコンクールを舞台にした物語となっておるの」

主「小説というのは表現できる幅が広い……例えば異世界ファンタジーだろうが、宇宙の果てだろうが、逆に日常のほんの小さな出来事でも言葉にすれば表現することができる。

 変な話だけど『アリよりも小さな惑星のような象』という矛盾に満ちた存在すらも言葉にすることができるわけだよ。つい最近、ヴィルヌーブの『メッセージ』という映画が公開されたけれど、本作の原作である『あなたのための物語』は宇宙人の独自の言葉を小説という文字表現で表現していた。

 そのこの世のどこにも存在しないもの、全く新しい言語を映像化するということに成功したこと、これが『メッセージ』がどれほど素晴らしい作品なのかを如実に物語っているわけだ

 

亀「それはそうかもしれんが、それが今作にどのように繋がってくるのじゃ?」

主「人間の五感に関すること、味覚や匂いなどは文字表現で表すのは難しいんだよ。

『百聞は一見にしかず』という言葉があるけれど、これは小説にとって1番の欠点を指摘した言葉とも言える。例えば『東京タワーから見る夜景が綺麗』って100回聞いたり、美しい言葉で修飾するよりも実際見た方が伝わりやすい。小説は情報量がどうしても制限されてしまうわけだ。

 これが音楽や料理などの感覚に強く依存して、さらに複雑な要素が入り混じるものになるとさらに難しくなる

 

亀「『美しい音』や『美味しい味』なんて単純な言葉では言い表すことができないものじゃからな。そんな言葉を重ねらば重ねるほどに陳腐になってくるの」

主「だから音楽を小説にするっていうのは結構難しいんだよ。しかも、本作はそれが1シーンだけじゃない上に、それが1番の注目を集める重要な場面のわけだよ。ここで嘘をついたら全てが台無しになってしまう。

 さらに言えば、本作はコンクールを勝ち抜くような天才たちなわけだ。下手な言葉だけで修飾してしまっては作品は強度を失っていく一方だよ」

 

亀「しかし、それをうまく表現してしまったわけじゃな」

主「素晴らしいよ。既存の音楽をテーマにしているわけだけど、自分はクラシックには全く明るくない。せいぜいドピュッシーの月の光とか、ああいう大メジャーな曲しかわからないような人間だよ。

 だけど、そんな人間でもこの小説を読んでいると頭の中で音楽が鳴り響くわけだ!

 作中では月の光を演奏する素晴らしいシーンがあるんだけど、そのシーンはもう感涙ものでさ!

亀「これはジャズを扱った漫画の『BLUE GIANT』であったり、それから津軽三味線を扱った漫画である『ましろの音』を語った時でも語ったが、本来音が流れてこないはずの漫画や小説などの媒体において音が流れ出す、というのはよほど卓越した演出や画力、筆力がないとできないことじゃからな。

 その時点で音楽を扱った作品としては合格点をつけていいのではないかの?

 

 

 

 

2 構成について

 

亀「それでは少し構成について話すかの」

主「まあ、擬音を多めにして話すと……シュッと入って、ブアってなって、シュンと萎んで、ドカンと爆発した後にスッと抜けていくラストだよ」

亀「……何を言っておるのかの?」

主「本作はエントリー、一次予選、二次予選、三次予選、本選という5つのパートに分かれていて、各話にそれぞれの面白みがあってメリハリがあるんだよ。その度ごとに音楽も変わるし、登場人物も成長していく。

 エントリー段階では登場人物のバックボーンの紹介であったり、今回のピアノコンクールがどのようなものなのか? 世界的なピアニストの隆盛などについて語っている。まず、この説明の時点でもある程度面白いよ」

 

亀「その中でもメリハリがうまくいっておるのじゃな」

主「どこまで語るか、というのも難しいところだけど……やっぱりエントリーしている人数は予選が上がるにつれて減っていくわけだよ。そうなってくるとモブは次々と減っていくわけだし、演奏のレベルが上がっていく。それが文章でもはっきりとわかるんだよね。

 だから一次よりも二次、二次よりも三次と文章と内容のクオリティは上がっていく。そこで1つのエンタメとしての爆発を迎えるわけだ。

 だけど、コンクール自体は1日で終わらないからその間にインターバルがある。こでさらに広がった爆発を鎮める、静かだけど美しい場面があって……そこが作品に深みを与えているわけだ

 

亀「なかなか言葉にしづらいの」

主「簡単に言えば入り口から徐々に膨らんでいって、ボン、キュ、ボンと山と谷のメリハリがあって、最後はスッと後味爽快に抜けていくってことだよ。

 下手にベタベタすることなく、語りすぎることのないラストなども個人的には評価が高いね」

 

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キャラクターの描き方

 

亀「本作の面白さというのは音楽以外ではどういうところにあるのかの?

 やはり特徴的な登場人物かの?」

主「それはあるよね。各分野の天才的な登場人物たちがたくさん出てくるわけだ。

 

 全てを破壊し、それまでの常識を覆す風間塵

 かつて天才であった栄伝亜夜

 正統派の天才であるマサル・カルロス・レヴィ・アナトール

 普通の人であり社会人をしながらもコンクールに出場する高島明石

 

 基本的位はこの4人の物語となっている」

亀「明石を除く3人はまだ10代から20歳という若者であり、その意味ではラノベ的なキャラクター設定とも言えるの」

主「だけど本作がラノベのエンタメ性を獲得しながらも、軽くなりすぎていないのはこの明石の存在だと思うわけだよ。

 28歳、家族もいてコンクールに出場するには歳が行き過ぎているベテランでもある。だけど、それでも大好きなピアノを弾くためにコンクールに出場する。他の登場人物がピアノにおいて天才でもあり、キャラクター性も非常に濃い中で普通の人である明石がいるからこそ、本作は軽い物語にはなっていないと感じたなぁ」

 

亀「天才たちだけの物語だとしたら、それはそれで面白いんじゃろうがの」

主「でも天才たちだけの物語だとしたら過酷さ、コンクールという舞台の非情な側面などは失われてしまったんじゃないかな?」

 

 

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精神的なつながり

 

亀「さらには男女のお話だけあって、様々な結びつきのシーンもあるが……」

主「自分が本作を絶賛したのは……言葉があれかもしれないけれど『精神的なセックス』を描けていたからだ」

亀「……う〜む、割とプラトニックな話であるが」

主「男女として出会った時に重要なのは『その2人が惹かれあう』という描写なんだよ。恋愛映画だったら出会いを描き、肉体的セックスの描写で2人がどれほど求め合ったのか、などということを描けるかもしれない。

 本作が素晴らしいのは……ある意味では亜夜を巡る風間塵とマサルの三角関係のお話ということもできるけれど、亜夜と塵という2人の天才が巡り合った瞬間にお互いの才能という、何も取り繕うことも誤魔化すこともできない部分がどうしようもなく惹かれ合い、そして昇華されていくことがわかる。

 才能と才能がぶつかり、高め合い、惚れ合うわけだ。

 ここの描写が本当に素晴らしい! ドピュッシーの月の光を弾く場面は静かながらも本作の最大の見せ場の1つだろう」

 

亀「その結びつきが精神的なセックスということかの」

主「天才のお話だけれど、その才能によって振り回された人たちが如何にして惹かれ合い、高め合い、そして自分に匹敵する、あるいは凌駕する才能に出会った瞬間の衝撃を見事に描くことができていた。

 本作は常識を覆す風間塵に対するそれぞれの反応が1つの見所でもあるけれど、そのような畏怖すべき才能と出会った瞬間の恍惚と恐怖、そして自らが強制的に変えられてしまう化学反応……そういったものが文章として出ていたんじゃないかな?」 

 

 

 

 

3 表現のお話

 

亀「本作は明らかに表現について語った作品でもあるの。

 音楽をテーマにしてはおるが、この音楽を小説に変えても通用する部分が非常に多い。このコンテストは小説の新人賞の賞レースのようなものだということもできるしの」

主「例えば104Pの『弾けるのと弾くのとは似て非なるものであり、両者の間には深い溝がある』という文章もそうだし、あるいは223Pで

『本当の意味で音楽を外へ連れ出すのはとても難しい。〜中略〜音楽を閉じ込めているのは、ホールや教会じゃない。人々の意識だ』などという言葉がある。

 この辺りは小説論、あるいは映画論としてもよく分かる」

 

亀「弾けると弾くの違いは、書けると書く、撮れるのと撮るの違いということもできるからの。確かに出来るという受動的なことと、書くというある種のチャレンジ精神も感じること能動的な態度では全く違う。

 そして後者の『音楽を閉じ込めているもの』というのは、音楽はこうあるべき、小説や映画はこうあるべきという固定概念に縛られているのではないか? ということじゃな

主「そういった表現に関するお話が山のように書かれている。どこを切り取っても、どこのページを開いても全て表現のお話なんだよ。

 大ベテラン作家であり、エンタメ作家の巨匠でもある恩田陸が語った小説などの表現論の集大成とも言える小説なわけだ。そりゃ面白いに決まっている」

 

亀「表現について語った作品は作者のそれまでの人生で取り組んできたことが全て詰め込まれるから、全力投球になるのは当然でありつまらないはずがない、ということじゃの」

主「その意味では恩田陸の集大成にもなったんじゃないかな?

 自分はそこまで読んだ作家ではないけれど……というか、多作でスランプのない、コンスタントに毎年のように新作を発表する作家だから追うのも大変だけれど、このような作品は代表作であるのと同時に集大成になるはず。

 それだけの力を魅力が詰まった1作なのは間違いない」

 

 

 

 

最後に

 

亀「というわけで最後じゃの」

主「本作が直木賞や本屋大賞に輝いたことに賛否があるし、直木賞はともかく本屋大賞の当初の意義を考えるとおかしいよね、ってことは理解できる。だけど、本作はそれだけの力に満ちた作品だよ。

 多分自分は年間1位で間違いない

亀「まあ、年間1位を決めるほどたくさん本を読んでいるわけではないんじゃがな」

 

主「昔は理解できなかった『歳をとると本を読む体力がなくなる』って言葉、今になってよく身に染みるよ……

 意味わからなかったけれどさ、体力を使うわけじゃないのになんで本を読めなくなるの? って思ったけれど、確かにそうだわ。今は本を開くのも億劫になってきた」

亀「あとは移動時間などの空き時間にスマホなどを弄りすぎじゃの」

主「ゲームが面白すぎるのは問題だよねぇ。

 一昔前は電車やバスで本を読む人も多かったけれど、今は圧倒的にスマホばかりだし……学生が本を読んでいる姿なんてレア中のレアになってきたんじゃない?

 ラノベでも読むだけで素晴らしいと激賞してしまうかも。スマホによって小説文化は駆逐されてしまうのかもね……」

亀「ビジネス書や自己啓発書などは相変わらず売れているようじゃがの」

 

 

蜜蜂と遠雷 (幻冬舎単行本)

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