物語る亀

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物語愛好者の雑文

HUNTER×HUNTER 34巻感想 冨樫義博の卓越した漫画力について考えてみた

 最近連載再開も果たしてハンターハンターの話が多いので、私も便乗して書いてみようかなぁ、なんて思いながらパソコンを叩いている。

 連載も再開し、ようやくクラピカの戦いが再開されたことは嬉しいのだが、それまでの流れを忘れてしまっていたので、このタイミングでの発売は嬉しいものだ。 

 作中の様々な思惑だったり、共闘説などの憶測が読者によってネットを中心に考察されているが、大体出揃っているようなので今回は個人的に『作品として』感心した点について書いていこうと思う。 

 

 

 

HUNTER×HUNTER 34 (ジャンプコミックス)

HUNTER×HUNTER 34 (ジャンプコミックス)

 

 

 

 情報量について

 

  今回のヒソカVSクロロで唸ってたのは『情報量の操作』である。

 例えばハンターハンターやワンピースなどの『特殊能力系バトル漫画』というのは、ある程度の説明描写がなければ読者が戦闘シーンについていくことができない。これがドラゴンボールであれば、相手の打撃の力強さであったり、気の大きさなどで数字的にも表現できるので絵の演出だけで理解することができる。

 

 だが、特に今回のクロロVSヒソカ戦などはクロロが色々な念を強奪し、使うことができるというチート能力に加えて、さらに違う能力が次々と登場してくるために、一つ一つ説明を加えなければいけない

 元々ハンターハンターのバトルの売りは念を使った『頭脳戦』の要素もあって、単純に力が強いものが勝つ、というものではないことはクラピカVSウヴォーギンの戦いでもはっきりと示されている。おそらく、あの戦いも全く無知の状態からぶつかったら力で勝るウヴォーギンが勝利したかもしれないが、クラピカが念入りに調査し、作戦を組んだ上での戦いにより勝利することができた。

 

 今回のクロロの能力は一部(ギャラリーフェイクとかブラックボイスなど)はすでに説明されていたが、サンアンドムーン、オーダースタンプ、栞などといった能力が今回が初登場で、それらはバトルの根幹に関わるから説明しなければいけない。そうでないとなぜそんな結果になるのか、読者が理解できないからである。

 

 

 まあ、ここが長い上にこんがらがりやすくて、読みづらいわけですわ。

 

 多分、この説明を一回で理解できた人は半分もいないんじゃないか? 単行本発売前のジャンプ本誌での連載中も何度か読み返したり、ネットの解説であったりを読んで理解したと思われる。なんでこんなにわかりにくい会話を使って能力の説明をしたのか? というのも連載中に聞こえてきた意見だった。

 情報量の多さに関してはその設定だけではなく、セリフの分量も多ければ群衆の数も多いし、ヒソカに向かってくる敵も多いわけで、絵も腰痛だから書き込めないタイプの富樫であっても見づらいなぁ、と思わせるギリギリのラインを攻めていたように思う。

 

 そこまで情報量を詰め込んだ、その理由は作中においてはヒソカを、そしてメタ的には読者を困惑させるためだったと私は考えている。

 

 連載中の漫画の痛いところは、伏線を張ってもそれが読者に看破されてしまうと修正ができないところであり、今はネット社会だからその伏線が一気に広まってしまう。すると伏線を発見した人物はただ発見しただけだとしても、別の人物がその伏線をどのように回収するか考えてしまい、一気にネタバレされてしまう。

(いい例がコナンで、作者は誰もボスにするのか、非常に苦労しているだろう)

 

 多分、戦闘シーンの話数を考えても情報量の多さで幻惑させるにはギリギリの分量で、これ以上多くなると読者が飽きるしついてこなくなるが、これ以上少ないと情報量を詰め込む意味がなくなってしまう。

 この天空闘技場の話数もしっかりと考えられているように思う。

 

 

情報量の少ない演出

 そして情報量の操作というと、富樫の最大の強みは『情報量の少ない演出』にあると思っている。

 今回の話でいうと、ヒソカが旅団狩りを決意したのはおそらくネット上に流れている『共闘説』を確信したからなのだろうが、生き返った直後のヒソカの表情であったり、セリフなどから、この時点ではまだ共闘説に考えが至っていないと思われる。

 だが、マチの不用意なセリフ「今度からは戦う相手と場所は選びな」の直後にその言葉の裏に意味を理解した時の表情というのが、印象的である。

 ここにおいて「ヒソカはその時理解した!」なんてモノローグを入れるのは下策であるが、普通の漫画家や創作者は「そうか!」というセリフであったり、真相に気がついたような行動を書いてしまうものである。

 

 だが富樫はそのヒソカの感情を一瞬で、絵だけで、見事描ききった。ここが非常にうまい。

 情報量の多い作品は設定や強さ比べなどをする際に役にたつが、語りすぎると読者に想像する余地を奪ってしまう。そこをあえて情報量を少なくすることによって、このように考察する楽しみを与えてくれているし、さらに漫画として一段違ったものになっている。

 

 あとはシャルナークの瞬殺も、週刊漫画ということを考えたら357話の引きはコルトピの最期を描き、358話でシャルナークVSヒソカになってもおかしくはないのだが、この二つのお話を一週で片つけてしまうという省略の技術も素晴らしい。

 これでニューヒソカの恐ろしさも伝わってくる。

(357話はヒソカの死からの復活、マチの不用意な一言で察するヒソカ、強化するヒソカ、そしてコルトピ、シャルナークの死など非常に密度の高い物語になっている)

 

 今回も若干絵のクオリティなどが怪しくなってきていたが、そのラフな絵柄でここまで描ける富樫が天才と言われる所以であろう。

 

 

暗黒大陸編へのつなぎ方

 

 33巻において一気に読み終えた直後、私が思ったのは「天空闘技場なんてどうでもいいから、早く暗黒大陸と王位継承戦を見せてよ」というものだった。多分、多くの読者が同じことを思ったのではないだろうか?

 だがここで、この話を入れることによってキメラアント編において、話に絡むことができなかった幻影旅団、ヒソカも絡んでくるし、おそらくカルトがいることからキルアの実家も絡んでくるだろう。

 ここでヨークシン以降止まっていたクラピカVS幻影旅団の戦いも再開されることとなり、いよいよオールスター感が増していく。

 このようにキャラクターを巻き込む流れ、脚本の妙も楽しませてもらった。

 

 

旅団の株

 

 キメラアント編はハンターハンターのインフレ一気に加速してしまったというのは、ほぼすべての読者共通の思いだろう。

 特に王VSネテロなどは力VS力の戦いの最高潮であって、それまでのキャラクターの念など非常に拙いものに見えてしまった。その影響を一番食らったのは幻影旅団だろう。

 何せ恐ろしい犯罪者集団という触れ込みがありながらも、念能力がほとんど明らかになっている今とあっては、キメラアントに劣るように見えてしまう。

(キメラアントが後出しだから当たり前だが)

 

 だが、コルトピとシャルナークの念能力を使ってヒソカを追い詰めた天空競技場の戦いを見れば、単体として微妙な能力であろうとも組み合わさればヒソカすらも追い詰めることができるという、頭脳戦の戦い方に引き戻した。

 結構前の描写でヒソカが「クロロはいつも誰かを引き連れている」と言う場面において、コルトピとパクノダという明らかに戦闘要員ではなくヒソカであれば一瞬で倒せそうな護衛であったにも関わらず、襲えなかった理由が天空競技場の戦いをみえばわかるが、複合するとコンボを決められるからということだったことがわかる。

 

 それからヒソカにやられたの相手がシャルナークという旅団の中では比較的温厚派で知性派だったのもこの先影響がありそうだ。他のメンバーを考えた場合、クロロを除くとと知性的に思われる人物はせいぜい冷静そうなフランクリンくらいしか思いつかないし。

 

 

 他の作品と違って長期休載をしていたりと、条件は違うもののこれだけの展開を生み出したことに関しては「見事!」の一言に尽きる。

 あとの懸念は連載スピードだけなので、楽しんでこの先を待っていきたい。

 次は……来年に新刊が発売すればいいなぁ……