物語る亀

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物語愛好者の雑文

映画『帰ってきたヒトラー』感想 毒の強いコメディー映画! ※途中からネタバレあり

 ここ最近に限った話ではないものの、ナチスドイツを扱った映画がまた多くなってきているように思っている。おそらくこれは世界情勢の不安定化と、『我が闘争』がドイツ国内で著作権が切れた関係により、出版されたことでまた注目を集めているのだろう。

 数ある戦争映画の中でも『ナチスドイツ』を扱った作品というのはそれだけで一大ジャンルを築けるほどに多く、同じ第二次世界大戦の作品でも戦う相手が日本の作品よりも多いかもしれない。

 

 今回はそんな『ナチスドイツ』ものの中でも、現代にヒトラーが蘇るという一風変わった設定の作品『帰ってきたヒトラー』の感想を書いていく。

 

 

 

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1 ナチスドイツもの

 近年ナチスドイツものが増えてきているように思うと先にも書いたが、過去にもチャップリンの『独裁者』であったり、『ヒトラー ~最期の12日間~』であったり、『シンドラーのリスト 』などの名作もたくさんあるし、また少し変わったものではビリーワイルダーがコミカルに描いた『第十七地区収容所』や、それを昇華した『大脱走』などもナチスドイツが相手の作品である。

 

 近年でも学校で全体主義が流行っていく過程を描いた『THE WAVE』や、『顔のないヒトラーたち』アカデミー賞に輝いた『サウルの息子』などの良作、名作が次々と誕生している。

 特に私は『顔のないヒトラーたち』はお気に入りで、戦争犯罪を裁くということ、そしてその特殊な環境下に生きた人を裁くということが、どれほどの覚悟を持って行われるかという見本であり、是非とも鑑賞してもらいたいオススメの一本となっている。

 

 そんな中でも本作もまた、現代劇ではあるのだが非常に特徴的な構造を持つ一作となった。

 正直な話、これが映画なのかは疑問符がつくが(半分弱くらいはドキュメンタリーの要素が含まれている)その強烈なメッセージ性というのは現代のドイツで撮影されたということが非常に重要であり、これから先の未来を考える上で、日本も他人事ではいられないのである。

 

 

 注意

 ここから先は本作の性質上、政治的、歴史的なことに言及していきますが、特定の政党や政治思想を賞賛、揶揄するものではありません!!

 

 

2 民主主義が生んだもの

 本作でも語られていることであるが、第二次世界大戦の大重要人物であり、現代における悪魔とされている『政治家、独裁者ヒトラー』を産んだのは果たして誰だろうか?

 答えは簡単。

 『ドイツ国民』であり、『民主主義』である。

 

 アメリカをはじめ西欧諸国は民主主義こそ絶対の統治方法という思想の元、世界中にその教えを広めようと日々尽力しているのは誰もが存じていることだろう。その結果、『アラブの春』と言われた革命運動の果てに待っていたのは、政治的混乱と相次ぐ内戦だったというのは、今更言うまでもない。

 イラクにおいてサダム・フセインが自国民を虐殺しているという情報も流れたが、フセインに『正義の鉄槌』を下した後に待っていたのはISによるさらなる混乱であり、フセインの行動は決して正義と言えるものではないにしろ、必要悪だったのではないか? と世界中が疑問を生じさせる結果となった。

 

 「いやいや、それは民主主義が未発達な国だからでしょ?」

 なんていわれるかもしれないが、民主主義の大本山であるアメリカではご存知の通りトランプ旋風が巻き起こり、一方のロシアでは絶大な権力と支持率を持つプーチンが殆ど独裁者のようにトップに座っている。

 日本においてもそれぞれの立場において賛否はあるだろうが、鳩山由紀夫や安倍晋三を選んだのは紛れもない『日本国民』であり、『民主主義』の結果である。もちろん他の議員、例えば舛添であったり、猪瀬であったり、山本太郎、橋下徹などを選んだのも『民主主義』によるものである。

(人選に何の意図もありません)

 

 もちろん、彼らをヒトラーと同様に扱うつもりはないのだが、ヒトラーやナチスドイツの台頭を望んだのはあくまで『ドイツ国民』であることは、我々日本人も教訓として忘れてはならないのである。

(かといって民主主義以外に政治家を選ぶ方法がないのも事実だけど)

 

 

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世界情勢と『右傾化』

 

 現代の世界情勢はどの国も右傾化しているのは指摘するまでもない。

 ドイツを初めとしたEUは難民問題において分裂の危機を迎えているし、アメリカも先に挙げたトランプ旋風が巻き起こっている。中国、韓国は言わずもがな、日本だってネトウヨをはじめとした右寄りの人たちが最近元気になっている。

 これは仕方ないことで、どの国も他人(他国)に構ってやれるほどの余裕がもうないことを示している。先進国が少しずつ力が衰えていき、新興国は先進国が行っていた世界に対する支援ということができていないことを考えれば、世界中がジリ貧になるのは自明の理である。

 

 そんな中でやはり怖いのはヒタヒタと聞こえるヒトラーの足音である。

 今作はそんなヒトラーの姿を、実際にドキュメンタリーを交えて映すことにより、独特の存在感を手に入れた。

 

 

 

以下ネタバレあり

 

 

 

 

3 ドキュメンタリーを交えた映画

 

 本作は当然ながらフィクションである。

 ヒトラーは1945年に死んだし、トンデモ話を信じて南極に逃げたとしても寿命でこの世にいないだろう。そんなことは子供でもわかる。何せ、戦後70年だ。

 そんなドイツにヒトラーが再び現れても、みんな芸人や何らかのテレビの取材だと思うし(実際に映画の撮影だし)本物が来たとは夢にも思わない。本作はそんな人々の認識をうまく利用した作品である。

 

 この作品、非常に毒が強い。

 かつてのナチスを扱った映画の一場面を次々と切り取理ながら「素人たちが」という台詞が流れるし、メルケル首相をはじめとした政治家や活動家を馬鹿にし、既存の政党の多くを声高らかに批判するわけである。

 さらには町の人々と交流する場面があるのだが、そこに出演しているのは素人であり台本はないだろう。それぞれ現代に甦ったヒトラーをそういう趣向のインタビューだと思い、それぞれの言葉をマイクに向ける。

 中にはその趣向はどうかと思うと苦言を告げたり、衝突する場面もあるのが(顔を隠すためにモザイクや目線が入っている人もいる)多くの場面では和やかにインタビューは行われていた。

 

 ヒトラーは右寄りの団体の元へも行くのだが、さすがにそのシーンではあまり煽るようなことをせずに、彼らの覚悟を問う内容で終わっていた。特にヒトラーの政治的信条を受け継いだ党に至っては、発言する機会すら与えずに一方的に捲し立てて終わった。危ない橋を渡っているが、それなりの良識を持って描かれているのがわかる。

 

 

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映画としての評価

 

 ではそのメッセージ性などはとりあえず置いといて、映画としてどうなんだ、というと正直辛い評価になる。いや、確かにコメディ満載で笑えるし、面白いんだけれども、これが『映画』かと言われると……う〜ん……

 こんなお話だから脚本も「おお!」となる場面は少なく、おそらく原作に沿ったと思われる後半以外はヒッチャカメッチャカな部分もあるし、私からすればメッセージ性が強すぎる。

 チャップリンの『独裁者』のラストの演説は確かに素晴らしいし、教科書に載るのも納得だが、では映画とした見た場合はチャップリン演じる浮浪者ではなく、チャップリンその人になってしまっており、流れが一気に変わってしまっている。あの演説は高く評価するが、映画としてみた場合には評価しづらい内容になってしまっている。

 

 本作もそれと同じで、場面場面は面白いし、ヒトラーを現代によみがえらせるドキュメンタリーとしては面白いが、結局どれだけ熱演してもオリヴァー・マスッチが演じていることは明白であり、インタビューを受けている人達のほうが事実としては正解である。

 映画だったら本物のヒトラーに見せなければいけないのに、メタ的に『ヒトラーが現代に甦ったらってお話だよ』とずっと語りかけられているようで、どうにもチグハグな印象を受けてしまった。

 

 『ナチスと教育』がテーマの映画はこちら。

 ちなみに、この映画の評論としては、どこよりも『尖って』います。

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4 後半の展開

 

 それでもある程度のドキュメンタリーが終わった後半になると、映画的な作りが始まっていくわけである。

 今作のヒロインであるクレマイヤー家の真実からラストに向けて話は一気に動き出す。(余談だがクレマイヤー、可愛いかった。顔立ち云々ではなく、あのファッションが個人的にお気に入り)

 

 まあ、ぶっちゃけご都合主義みたいなところも多々あって、あまりにも上手く行きすぎなところもある。新局長になった瞬間落ちまくる視聴率とか、とんとん拍子に上手く行きすぎだったりと何かとご都合主義の連続なのだが、意外にも元々トンデモ設定だからかそこまで気にならない。

 演説のシーンも中々の迫力があり、何となく人がついていくのがわかる気がする。

 

 ヒトラーといえば何と言ってもアウシュビッツの残虐な行為が注目されてしまうが、まさかの有能な秘書であるクレマイヤー家がユダヤ人だと知って驚きを隠せない。だが、もはや血が薄いだろうからと、クレマイヤー家は別枠で扱う。あれだけお婆ちゃんが反対しても認知症の老人の戯言だと思ったのか、クレマイヤーはそのままヒトラーの手助けをして、ユダヤ人であろうともヒトラーに手を貸すという皮肉な展開になっていた。

 そしてヒトラーを見出したザヴァツキは彼が本物のヒトラーだと確信するのだが、それを告げようと走った時にはすでに遅く、誰も信じてくれずに精神病棟に入れられてしまい、ヒトラーの暴走が始まるのだった……

 

 

 

 

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ヒトラーのメッセージ

 

 『THE WAVE』もラストはヒトラーはどこにでもいる、というメッセージだったし、「現代においてヒトラーが仮に生まれても、投票するドイツ人はいない」という常識を覆すような映画が次々と生まれている。

 社会情勢を鑑みた場合、ヒトラーの誕生を少しでも憂慮をしないといけない時代になったのだろう。日本においても都知事選において在特会の会長だった桜井誠が出馬するが、当選は難しいだろうが票はそれなりに集めるような機運がある。

 日本に限らず、世界中どこでも極右の政権が生まれてもおかしくないのである。

 

お気に入りのシーン

 

 お気に入りのシーンとしては副局長だったゼンゼンブリングが出世したものの、視聴率の急落によりニッチもサッチもいかなくなるシーンがあるのだが、そこで『ヒトラー最後の12日間』の名シーンをオマージュしたシーンは劇場も爆笑の渦が巻き起こっていた。

 その笑いの中にも、それまでアンチヒトラーであり、ナチが大嫌いのゼンゼンブリングが映画作品とはいえヒトラーの真似をして、ヒトラーを受け入れるという皮肉に満ちたシーンというのは、メッセージ性もあってよかったと思う。

 やはりコメディーの中に政治批判を含ませるのであれば、毒をもう少し笑いの中に隠せたらよかったかな。あまりにもストレートすぎるのが気になった。

 

 

最後に

 

 この映画が今ドイツで撮られて、日本で公開されるということは、やはり民主主義による暴走が再び巻き起ころうとしているのかもしれない。

 第二次世界大戦の指導者達はどれも選挙で選ばれた、言うなれば『民意の元に始まった戦争』であった。第三次世界大戦は起こさないためにも、一人一人の有権者がしっかりと考えて投票することの大切さを、この映画は教えてくれている。

 

 

 監督 デビット・ベント

 制作 クリストファー・ムーラー

    ラース・ディートリッヒ

 制作総指揮 オリバー・ベルミン

       マーティン・マスコウィック

 

 

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