亀爺(以下亀)
「いよいよ、湯浅政明の新作映画が公開されたの」
ブログ主(以下主)
「久々の湯浅作品だからね! 期待度もすごく大きいよ!」
亀「アニメ監督としての湯浅政明といえば、独自の立ち位置にいる監督でもあるからの。『ピンポン』以来のはずじゃから……ざっと3年ぶりの新作ということになるのか?」
主「さらに来月には『夜明け告げるルーのうた』の公開も控えているし、名作『デビルマン』の原作をアニメ化する際の監督に就任したりと、本当に色々な話題が尽きない人だよねぇ」
亀「ちなみに、今月もたくさんの映画が公開されるがの、本作が今月1番の注目作なんじゃったな」
主「湯浅政明に間違いなし!
自分が敵視している……というと変だけど、あんまり認めたくない言葉がいくつかあって、その中の2つが『百聞は一見に如かず』と『考えるな、感じろ』なんだよね。
ブログもそうだけど、文字表現というのは『読ませるメディア』だからさ。だから百聞は一見に如かずというのは、文字表現をしている身からすると敗北宣言でもある話だよ。1ブロガーとしては『一文は百見に勝る』でないといけないから」
亀「とにかく観て欲しい! という気持ちは変わらんが、その映像に負けてはブロガーとしての敗北をしないようにしたいからの」
主「そして『感じたことを言葉にする』という作業が重要だから『考えるな、感じろ』という言葉にも反感があって……『感じたことを考えろ』というのを主張したい。
だけど!
湯浅政明作品に関しては、残念ながらその魅力が言葉になりづらいんだよ! だからこそ素晴らしい作家であってさ……」
亀「その辺りの熱い思いを記事にするかの」
1 簡単な感想
亀「ではまずは簡単な感想から入るが、今作は『四畳半神話体系』や『有頂天家族』などでも有名な森見登美彦の代表作をアニメ映画化した作品じゃの。
この組み合わせではノイタミナで放送された『四畳半神話体系』のアニメでも傑作を生み出しておったわ」
主「四畳半神話体系が好きな人だったら絶対面白いと思うよ! 嫌いな人は……どうだろう? やっぱり無理かもしれない。
予想通りといえば予想通りなんだけど、原作の魅力を120%発揮しながらもそこに湯浅政明の作家性を組み込んでいて、もう最っっっっっ高の映画に仕上がっている!」
亀「もともと『ピンポン』がノイタミナ史上最高傑作と言っておる、湯浅政明ファンの意見になるが……やはり抜群に面白いの」
主「湯浅監督の作家性も強く出ているから、それが苦手という人は無理かもしれない。
特に中村佑介のキャラクターデザインも小説の表紙のような1枚絵だと最高だけど、アニメとして動くとなると、最近のアニメーションとは違過ぎてちょっと……という気持ちもわからないでもない。
でもテンポも抜群にいいし、もちろん森見作品だからキャラクターも素晴らしい! 展開もわかりやすいけれど、アニメーションとしての素晴らしさも兼ね備えていて……文句のつけようのない1作に仕上がっている!
子供と一緒に見いくような映画ではないけれど、デートムービーとしてもおすすめだよ!」
亀「当然のことながら原作を読んでおく必要もないの。
若干改変された部分も目につくが、それも一切気にならん。アニメの力が最大限発揮された、最高の1作に仕上がっておる」
ゆっくりと歩くシーンの多い乙女。非常に可愛らしい女性です
湯浅政明監督について
亀「では、ここいらで湯浅監督について少しお話ししておくかの」
主「いろいろなアニメ監督がいて、それこそ昨年大ブレイクした新海誠だったり、今年も話題の神山健治などもいるけれど、湯浅監督はその手の人たちと一線を画している。年代的には神山健治と同じくらいで、アニメ監督として円熟味を増してきて脂の1番乗り切った時期であり、たくさんのアニメ監督が名作を作り出して行ったくらいの年頃だね」
亀「そして最大の特徴は何と言っても他の作品とは比較にならない圧倒的な絵の力じゃの」
主「もともとはクレヨンしんちゃんの初期の映画やちびまる子ちゃんのEDなどを担当していたけれど……そうだな、例えるならば岡本太郎のような原色などの多い使い方や、輪郭が怪しい人物や背景などが他のアニメと全く違うものになっている。
その作画を持って『ドラッグ作画』なんて呼ばれたりしている。
だからこそ賛否ははっきりと分かれそうだけど、一度ハマってしまうとトコトンハマってしまうという不思議な魅力に満ちていて……唯一無二の作家だね」
亀「今作もそうじゃが、盟友伊藤伸高も忘れてはいかんの。
湯浅作品の多くに参加しており、今作でもキャラクターデザインや総作画監督などを担当しておる」
主「この湯浅、伊藤コンビが織りなす不思議な世界観こそが人気の秘密だよ」
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脚色のうまさ
亀「そして湯浅作品で注目したいのは、この脚色のうまさでもあるの」
主「原作付きの作品を多く担当するけれど、結構思い切って原作と改変してくるんだよ。だけど、それがすごく思い切ったことをしているのに、原作の方向性や面白みを減らす結果になっていない……むしろ作品性を増しているんだ!
今作もそれは同じだった」
亀「例えば……メディアミックスの成功例である『ピンポン』を例に挙げるかの」
主「ピンポンは松本大洋原作の大ヒット卓球漫画だけど、映画もアニメもヒットしている。だけど、そのメディアに合うように原作を再編集されていて……その差がとても面白いものになっている。
簡単にまとめると
原作……ペコを主人公として才能の物語
映画……ペコとスマイルの2人の天才の物語
アニメ……才能と卓球を愛する5人の男の群像劇
という風になっている」
亀「映画はその尺が少ないためにペコとスマイルの関係性に終始して、ドラゴンなどの出番をがっつりと減らしてしまった。これはこれで正解じゃがな。
一方のアニメでは原作にないオリジナルシーンが多いのじゃが、それがアクマやチャイナなどの相手となる人物の描写が増えたおかげで、ペコとスマイルの物語というよりも群像劇としての魅力に溢れておった」
主「同じ原作だけどこの切り取り方で物語の内容が違う印象を与えることができる。
そのアレンジが大胆だけど、原作の意図に沿ったものであるのが湯浅作品の特徴の1つでもある。クレヨンしんちゃんの映画があれだけハチャメチャだけどしんちゃん要素を失っていないのは、初期の映画を監督した湯浅政明の功績もあると思うけれどね。
その脚色のうまさは今作でも発揮されている。それも後々に説明するよ」
2 声優陣について
亀「それでは賛否もありそうな芸能人声優についてじゃが……」
主「湯浅監督の別作品では『マインド・ゲーム』という作品で吉本の芸人をたくさん声優に起用している。芸人は舞台演劇ということもあって、演技がうまい印象があるけれど、マインド・ゲームの独特な雰囲気を作るのに一役買っていた。
で、今作もそれは同じで芸能人声優とアニメ声優が一緒になって演技しているけれど、不思議なことにほとんど気にならない!」
亀「いつもはこの手の一緒に演技をするとどちらかが浮くのにの」
主「おそらく、絵の力や演出の力によって……言葉が悪いけれど『ごまかされている』部分も多くあるのかもね。もちろん、芸能人声優の演技力もあるんだろうけれどさ」
湯浅作品のドラッグ作画が楽しめる1作!
星野源
亀「さて、今では大人気俳優の仲間入りを果たし、歌も歌えばエッセイも発売という星野源であるが」
主「違和感がまったくないといえば嘘になる。だけど星野源の声優初挑戦の役である『ちえりとチェリー』の時も思ったけれど、低くていい声をしているんだよね。演技に関しては少し思うところもあるけれど、その朴訥とした声が本作にぴったりと合っている」
亀「先輩のキャラクター性にも見事に合致しているしの」
主「星野源がこれだけ人気を集めるのって、この『ちょうどいい感じ』だと思うんだよ。イケメンすぎず、アクティブすぎない。どちらかというと草食系のようで、しかもオタクで優しそうで……それでいながらたくさんの知識もある。
オタクとサブカルのハイブリッドのような存在。
しかも適度にアホも理解しているし、今作のようなノリもよくわかっている。神木隆之介と星野源は時代にマッチした役者だと思うよ」
亀「先輩も京都大学がモデルの大学に通うということを考えると頭は非常にいいが、しかし馬鹿でもあるからの」
主「そういうキャラクターを演じる上ではベストな配役だったね」
乙女とは違い走るシーンが多い先輩
花澤香菜
亀「もはや説明不要、現代では間違いなく1番人気の女性声優であり、男女ともに愛される花澤香菜がヒロインを演じておるの」
主「本音を言うと自分は花澤香菜の初主演作品の『スケッチブック』ぐらいの演技が1番好きなんだけど……それはいいや。
花澤香菜の声ってなんだろうね? 何をやっても合っている気がするし、黒髮の乙女の声と思わせるような可愛らしい中に清らかさがある。だけど、さらにその中にユーモアを感じさせる何かが合って……もう色々複合的な魅力に溢れた声優だよね」
亀「今作の乙女も決して可愛いだけの存在ではなくて、たくさんの危機が訪れるが、どんな苦難もきにすることもなく突き進んでいく芯の強さもあるからの。そう言ったものがすべて詰め込まれておったわい」
主「完璧なんだよねぇ。
この映画が傑作になっているのは、花澤香菜の演技も相当大きいと思う。ファンなら絶対に見に行かないと!」
その他の声優について
亀「芸能人声優ではロバート秋山やロッチなども参加しておるが、こちらも全く違和感がないの。特にロバート秋山はそもそもの芸人としてのイメージがパンツ総番長とぴったり一致しておるから、見事な演技じゃったな」
主「ロッチは四畳半の時も参加していた気がするけれど、ちょっと辿々しい演技も味として機能している。絶妙な配置なんだよ。
そして今作のMVPをあげろと言われたら……やっぱり神谷浩史になるのかな? あの変幻自在の演技は原作を読んだのが10年以上前だということもあって、細かいことを忘れていたこともあるけれど、すっかり騙された。
違和感がなかったからね」
亀「さすが人気No,1男性声優じゃの」
主「強いて言うならば羽貫さんが変わらず甲斐田裕子が演じているけれど、樋口師匠は中井和哉になってしまったのが残念というか……仕方ないけれど、やっぱり藤原啓治の樋口師匠が見てみたかった。
もちろん中井和哉でも違和感はないけれど、四畳半が大好きだったからね」
亀「元気になって復帰してもらいたいものじゃな」
以下ネタバレあり
3 今作の脚色
亀「ではここからは作中のお話に言及していくがの……
まず、最大の変更点となるのが『たった1晩の物語』ということかの。原作では四季に沿って4つの季節をめぐる連続短編、つまり1年間の物語になっておったが、今作ではそうではなくて、たった1日の間に起こった出来事ということになってしまった」
主「すごいよねぇ。普通だったら整合性が欠片もなくなってしまって、時間軸や季節がメチャクチャになってしまう悪手のようでもあるけれど、本作の持つ『お祭りムード』というのがこの脚色を良しとしている。
森見登美彦の恋愛作品て全部『運命だからくっついた』みたいなところがあるけれど、それも本来はご都合主義になりそうだけど、ここまで馬鹿馬鹿しいとそれも違和感なく受け入れることができる」
亀「作中でもそれぞれのキャラクターの持つ時間は違うということを明かしておったから、おかしな話ではないしの。そもそもが不思議なことばかりが起こるファンタジー作品じゃから、より不思議な世界であるという……ある種の『不思議の国のアリス』のような面白さが増しておった」
主「そして何よりも素晴らしいのが、この脚色によって引き立った部分なんだけれど……この演出によってこの映画は1つのメッセージ性を獲得している」
亀「ほう……」
主「本作の主人公は誰? という話でもあって……当然のように『先輩が主人公』と思うかもしれない。だけど、実はそれは正解でもあるけれどある意味では不正解で……
本作のタイトルは『夜は短し歩けよ乙女』なわけだ。
これは昭和歌謡曲でも代表的な作品である『ゴンドラの唄』から引用している。自分なんかは黒澤明の『生きる』で象徴的に使われていたのが印象深いけれれどね」
亀「本作の主人公はというと……やはり黒髪の乙女ということかの?」
主「そうなんだけど、それだけではない。
今作の主人公はやっぱり『乙女』なんだと思う。
それは黒髪の乙女だけでなくて、羽貫さんや須田さんも含めた女性たち、全員なんだよ。
たった一夜の物語とすることで、この物語全体が『夜は短し恋せよ乙女』というメッセージを発することに成功しているんじゃないかな?」
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冬の正体
亀「ここでは何を話すんじゃ?」
主「じゃあ、ちょっと小ネタみたいなことを話すとすると、亀爺はあの『風邪の正体』って何だかわかった?」
亀「? 原因不明のウイルスのようであったがの……」
主「あれって『恋の病』なんだよ。人寂しくして、恋をしているからこそひいてしまう心の問題。発端は李白さんからだけど、その次に感染したのは羽貫さんでしょ? これは四畳半を見ていればわかるけれど、羽貫さんは樋口師匠に恋をしている。だけど、あの朴念仁はそれを知ったか知らずか飄々と振舞っているわけだ。
リアルな作風だったら向き合うのが怖いとか色々言えるけれど、樋口師匠の場合は本当に何を考えているのかわからない」
亀「ふむふむ……」
主「李白って嫌な人のようだけど、友人もいないし寂しい存在なんだよ。何でも持っているけれど、実際は何も持っていない人。だからあれほどまでに強烈な風邪になった。
そしてそれは先輩も似たようなもので……黒髪の乙女に対する恋心などが強烈な思いとなってあれだけの暴風雨となった」
亀「しかし乙女だけは風邪を引かなかったの」
主「乙女は『恋とはどんなものかしら?』という状態だからね。何も知らなかったからこそ、風邪を引かなかった。彼女の周囲は人が多いし、会えない苦しみなんてないからね。
だけど最後において彼女も少し顔を赤らめて風邪を引き始めてしまう。もちろんこれは恋をしたからこそそれをごまかすためでもあり……そして恋を知る、というものでもある。
だから本作を1晩の物語とすることで作品全体で『夜は短し恋せよ乙女』というメッセージを発している。これこそが1年の物語にしなかった、最大の理由であり、この映画化の見事な脚色だよね。
原作よりも1つの作品としての繋がりが出たし、それは空に舞い上がる鯉や、ラ・タ・タ・タムがキーアイテムとして機能していたり、脳内詭弁論なども最後のカタルシスへの溜めになっていた。
原作の魅力を120%引き出し、さらに新しい物語を提示する……素晴らしいよね」
最後に
亀「少し短めじゃが、この辺りにしておこうかの」
主「本作は自分の好きなポイントがたくさん詰まっていて『この世の本が全て古本として繋がっている』とか、出てくる本も素晴らしい!
しかも歌もあってゲラゲラ楽しめるコメディもたくさんあって……絵としての力もすごくある。
ちょっとだけ触れておくと階段を上るシーンは『オトナ帝国』オマージュだったけれど、確か最後のクレジットロールに末吉裕一郎の名前があった気がする。この人はオトナ帝国の階段シーンを作画した人だから、同じ人を起用してそのシーンをオマージュしたのかな?
その意味でも過去の湯浅作品とつながりのある作品を連想させる描写が多くて……集大成とまで言えるのかはあれだけど、でも『湯浅作品らしい湯浅作品』だと思ったなぁ」
亀「多くの人に見て欲しい傑作アニメじゃったの」
主「是非とも大ヒットして欲しい!
ちょっと公開規模は小さめだけど、オススメできる1作なので是非劇場で見てね!」
亀「……この記事を見るのは大体見終わった後のような気もするがの」
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