物語る亀

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物語愛好者の雑文

アニメ『3月のライオン』全22話(1クール最終話まで)感想 『零』の手の中にあるもの

カエルくん(以下カエル)

「とりあえず3月のライオンのアニメもこれで1区切りってところだね。結構いいところで終わったんじゃないの?」

 

ブログ主(以下主)

「だいたいここいら辺で1区切りというのは他の媒体でも変わらないんだな」

 

カエル「2期目も決定しているし、それもすごく楽しみだよ!

 ここから零ちゃんがどのような旅を始めるのか……実写映画もあるし!

主「映画も前半の感想記事を書いたけれど、メディアミックスの成功例となるんじゃないか? と思うくらい良かったしな。少し思うところはあるけれど、3月のライオンという作品のキモをきっちりと抑えた良作だった。

 世間評価も結構高いし、そこまで酷評する人もいない……はず。これも全部羽海野チカが生み出した物語の骨格が非常に力強いところに由来しているんだろうな」

 

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カエル「それじゃあ、3月のライオンの全22話、1クールの分の感想記事を始めていくよ!」

 

 

 

 

 

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1 零から得ていったもの

 

カエル「こうやって映像化してくれると、漫画を読んでいても新しく見えてくるものがいっぱいあるね

主「特にあの1話はやはり素晴らしかったということがはっきりとわかった。

 1話において零はほとんど何も喋らなくて、彼の生活と描写を淡々と描いていくだけだったけれども……それが『何も持たない桐山零』という人間を何よりも雄弁に語っていた。

 それはアニメ版も同じで、1話において音楽こそあるけれど、冒頭から長く喋らせなかったんだよ。あったのは生活音と音楽のみ。これは漫画もアニメも思い切ったよ」

 

カエル「当然初見の人もたくさんいる中で『どんな物語が始まるんだろ?』と思って注目している中で、本当ならば色々と説明を入れたいけれど……そこを香子の『何もないじゃない』というセリフと、将棋と絵だけで説明するというのは表現技法としてはよくわかるけれどなかなかできないよね」

主「会話を入れれば入れるほどに、この物語は安っぽくなってしまう。

 零の孤独は言葉にできるような軽いものではない。それがよく出ていた。

 それから、あの1話を見返すと思うのはこれは映画も同じだったけれど、東京という舞台も結構重要な役割を果たしているじゃない? 下町の、佃島とか勝鬨橋、築地などの周辺だろうけれど、この舞台をしっかりと魅せてくれたのも評価が高い」

 

カエル「元々現実的なお話だからそんなに説明が要らないとはいえ、こうした『無言の語り』というのはすごいことだよねぇ」

 

 

 

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川本家の暖かさ

 

カエル「そして一転して川本家はきちんと暖かい、柔らかい光の配色なども使われていて、孤独に暮らす零ちゃんとの対比になっているんだよね

主「それがすごく良かった!

 ニャーたちとの笑いもあって、ドタバタもあって、決して静かな場所ではないけれどホッとするような『家族』がある。川本家は両親がいなかったりと重い設定があるけれど、基本的には平和で落ち着いている場所でもあって。

 零ちゃんがお弁当を持って暗い橋の上を寒そうに渡るシーンとかあったけれど、それでも川本家の象徴であるお弁当は暖かそうだったり、そういう描写の1つ1つがすごく胸に来るんだよ

 

カエル「だからこそ零ちゃんが救われていく姿、苦しむ姿、悩む姿がより視聴者にも伝わってくる。だけど、ただそれだけでもないくてさ!」

主「棋士であり、プロである以上は暖かい場所で匿われるだけではダメで、将棋にきっちりと向き合い戦わなければいけない。その上で辛いこともたくさんある。

 将棋においては川本家は何もできない。結局は零が孤独に歩んでいくしかないわけで……だけど、孤独に歩むからこそ川本家の暖かさ、ライバルたちの優しさなども表現されている、

 こういう『絆』をテーマにした作品ってアニメ、漫画、映画のみならずたっくさんあるけれど、それをここまで物語として魅せてきた作品は稀有なものになるんじゃないかな

 

 

 

 

2 それぞれの役割

 

カエル「そして島田さんや宗谷名人と出会っていくという……」

主「この作品って不思議なくらいに『家族』がいないんだよ。もちろん、描写していないというのもあるかもしれないけれど、明かされている設定を見るに、1クール目の登場人物全員家族関係には恵まれていない。

 島田も独身、宗谷はお婆ちゃんと2人暮らし、林田先生も独身、後藤は奥さんが病気療養中で意識があるのかもわからない……はっきりと家族がいると描写されたのは、それこそ9話の松永ぐらいじゃないかな? 

 あとは安井も家族がいたけれど、それも別れてしまったし……」

 

カエル「これって羽海野チカの計算なのかな?」

主「いや、多分明確な計算はないと思う……というか、計算して描くことができるタイプではないんじゃないかな?

 もっと計算して描く人はテンポだったり、キャラクター自体に明確な役割があって、それが大体の場合は透けて見えてくる。そういう作品は自分も感想を書きやすいんだよ、その計算を読み解けばどのような物語で、作者が何を考えていたのか何となくわかりそうだから。

 だけど、3月のライオンはそういう計算がおそらくない。だからこそこの作品は独特の『日常感』が詰まっているんだと思う」

 

 

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零と宗谷名人

 

カエル「その中でも零ちゃんと1番近い対象として、宗谷名人がいるのは間違いないよね」

主「宗谷も何も持たない人だからな。零という名前に対して、宗谷冬司という寒々しい名前を持つという……

 宗谷岬って日本の本土最北端でもあり、そこの『冬』を『司る』わけだから、現実にいたらビックリするくらいの名前だよね。それこそ零とあまり変わらない孤独の意味を持つ名前でもあって……

 だからこそこの2人は対称的に、美しく感覚的に共鳴し合うのかもしれない

 

カエル「神様の子供に選ばれた子供だもんね」

主「だけど……自分は、宗谷と同じ道を選ばない方がいいと思う」

カエル「え? 何で?」

主「宗谷名人は音すらもない真の孤独の世界で将棋に向き合ってきた人だからこそ、あの『人間ではないのかもしれない』と言われるほどの境地へと辿り着いた。おそらくあの人もスタートは『将棋しかなかった』人なのかもしれないし、その上では同じだよ。

 だけど、宗谷名人は本当に『将棋しかない人』であって、いまだに孤独なんだよ。今の零の未来の姿としてこれほどの美しい存在がいるけれど、でも川本家などの存在があるのだから、宗谷みたいな孤独な存在になることはないと思う」

 

 

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零と島田と林田

 

カエル「一方ではこちらも零の師匠であり、さらには憧れの対象としての島田さんもいるわけだけど……」

主「島田もまた孤独な存在で、婚約者とも別れて独身だけど、宗谷とはぜんぜん違う。何せ山形には期待してくれる人がいて、弟子もいるわけだから、その意味では孤独ではないんだよね。

 これもまた零の未来の姿、対称的な姿として存在しているような気がする。ほら、素人ではあるにしろ、零にも指導すべき相手が見つかったわけじゃない? 部活の人たちにさ。

 言葉にするのがすごく難しいけれど……零に歩める未来の可能性の姿とでもいうのかな?

 

カエル「棋士としての実力もあって、基本的には幸せな人生だもんね」

主「林田先生も当初から零と付き合ってきた先生でさ、将棋はアマチュアだけど、人間としては魅力もある先生で。

 そう考えると島田と林田って対照的なキャラクターだと思うんだよね。島田が将棋の先生だとしたら、林田って人生の先生であって……この2人がセットになることによって零は成長していくというね。

 あー明確な言葉にならないな!」

カエル「言葉にならないものを描いた作品でもあるし……」

 

主「さらにその先にある、将棋を突き詰めて全てを捨てた先にいるのが宗谷であってという、今の零には3人の大人の姿があるわけだ。

 じゃあ、零はどの大人の姿を選ぶのか? ということだよ。まだ17歳なわけだから、それこそ将棋以外の道もあるわけで、これから林田ルートだってある。まあ、それは現実的ではないにしろさ。

 零の伸び悩みってそういうことなんだよ。

 明確に何になりたいのか全くわかっていない。将棋を頑張りたいのか……名人になりたいのか、他の道を探したいのか、それとも家族が欲しいのか。だから転職情報誌を読んだりしている。

 だけど零には今、すごくいい見本が3人もいて、その中でさあ誰を選ぶか? というところに来ているんじゃないかな?

 

 

 

 

3 零と香子

 

カエル「そして主が1番好きなキャラクターである香子について語っていこうか」

主「香子という人間の役割が何かというと、これは間違いなく『零と対照的な存在』ということになると思う。

 新しい家に来て将棋の道に突き進みプロになった零と、

 家族はいるけれど将棋の道を諦めざるを得なかった香子。

 香子が本当に将棋が好きだったのかは実はよくわからなくて……零と同じような理由で続けていた可能性だってあるわけじゃない?」

 

カエル「零ちゃんは生きるため、嘘をついてでも……という話だよね」

主「で、香子は父親に愛される唯一の手段として将棋しかなかった。だけど、その父親から将棋を取り上げられたわけじゃない?

 これって香子にしてみると『親からの愛の剥奪』にも思えたんじゃないかな? だからこそあれだけ反発した。

 幸田父が言った『将棋以外の人生もある』という言葉をその論理で読み解くと『父以外の男もいる』ということにもなりかねなくて……それって明確な拒絶だよね。もちろん父にはそんな気が無かったかもしれないし、父親として娘や息子に愛情を注いでいるつもりかもしれなかったけれど、肝心の子供たちはそう受け取っていない。

 だからこそ後藤の元へ行ったんじゃないかな? というのが自分の解釈」

 

カエル「零ちゃんと香子ってどういう関係なんだろう? 共依存なのはわかるんだけど」

主「難しいよね。恋愛関係にも思えるし、愛憎入りまじりというのが1番近いのは間違いないけれど……

 何回も語っているけれど、香子はファザコンだし、将棋の強さが男の価値みたいなところもあると思う。そうなると1番香子を打ち負かした男って、おそらく零なんだよ。だけど父親の愛を奪ったのも零で……すごく複雑な関係。

 零にしてみると実は憎しみであっても、1番感情をぶつけてくる存在は強固なんだよ。

 だから、この2人は切っても切れない関係にあるわけで……ある程度零の救済が終わったら、それと同時に香子についても結論を出すんじゃないかな? 本当の意味で零が救われるには、香子になんらかの救いがないとダメどと思うね」

 

 

 

 

4 案ずるより産むが易し

 

カエル「林田先生の最後の言葉だね」

主「まるで林田先生が死ぬみたいに言うなよ! そうなったら超展開だけど!

 だけどやっぱりこの物語って零が様々なものを獲得していくのがテーマだけど、その多くが『案ずるより産むが易し』から始まっている。

 最初に家を飛び出したのも、川本家に拾われたのも、学校に入学したのも、すべてそうじゃない? 色々とウダウダ考えていたら何も始まらない」

 

カエル「この言葉って零ちゃんにとってはすごく楽になる言葉だよ」

主「そう。だけど、ここで林田先生は『8割方は』って言っている。じゃあこの2割ってどんなこと? という話だけど……

 それって、やはり『零の嘘』だろう。すべての零の苦しみは事故からの『将棋が好きか?』に対する嘘から始まっているわけだ」

カエル「だけど、あの状況ではノーと答えることが必ずしも正解だとは言えないじゃない?」

 

主「そうなんだよね。だからこそ『8割は』という言葉に行き着くのではないか?

 だけど、自分は『嘘から出た真』って絶対あると思っていて……どんな嘘であろうとも、それを言葉として発した時からそれを本当のものにしていく戦いがあると思うんだよ。

 その戦いをしているのが零であり、羽海野チカなのかもしれない」

カエル「もしかしたら『案ずるより産むが易し』って本当に羽海野チカが思っていることなのかもね」

主「そうでしょう。これから先どうなるのか、作者自身でもわかっていないと思うよ。キャラクターが勝手に動き出すタイプらしいけれど、だからこそ制御ができない状況もある。

 だけどそれをグダグダと考えるのではなく、とりあえずやってみるというのが大事なわけで……それを伝えた言葉なんじゃないかな?」

 

 

 

最後に

 

カエル「さて、これで3月のライオンのアニメは一段落したわけだけど……」

主「どう語っても的を得ているし、外している物語だよ。誰の視点から語るか、どのような人生を辿ってきたかによって意味合いは大きく変わる物語。

 いろいろ語ったけれど、本作の面白さってこう言う『言葉にできること』にはなくてさ……その言葉と言葉の間、表現と表現の間にある『感情』こそが、本作を最大限魅力的にしている

 

カエル「こう言う物語を作ることができるわけだから、羽海野チカはすごいよね」

主「頭で考えずに魂を削って、込めていく漫画家なんだろうね。だからこそこれだけ骨太な物語ができる。

 だからこそ、この作品を扱う人達はすごく大変だっただろうな……どんな切り取り方をしてもいい分、摑みどころに困る作品でもあって。大変だったと思うよ」

カエル「特徴的な演出の多いシャフトがこの作品を映像化したのも、同じように『頭で考える作品』とは違う作品が多いアニメ会社だからかもしれないね」

 

主「相性も良かったと思うし、すごく丁寧にやってくれて、一ファンとして大満足!

 しかも最後にちゃんと短編漫画であり、BUMPへのアンサー作品でもある『ファイター』のお話を入れた後に、『ファイター』を流すというね。これだけで満足だよ!

 6分間で3月のライオンの全てが表現されている曲だしね。空っぽの鞄とか、本当にBUMPは物語の本質をうまく歌詞にすると驚愕するよ。

 まだ登場していない山崎を入れたことも◎! ここは勇気が必要だったと思うけれど、やはり素晴らしかった!」

カエル「2期も楽しみにしようか!」

主「まずは映画とライオン熱は続くぞ!」

 

 

 

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