アカデミー賞でも話題になった作品の登場です!
実際のスキャンダルをアメリカがどのように描くのか、楽しみだな
カエルくん(以下カエル)
「やっぱり、ちょっと重い物語になるのかな?」
主
「どうだろうな……トーニャ・ハーディング事件って自分は今作で初めて知ったけれど、トンデモナイ大問題なわけで、それを映画化するわけだから……日本だとほぼ重い話になると思う。
しかもアカデミー賞の色々な部門にノミネートされているわけで……」
カエル「予想を裏切ってエンタメとして面白い作品だったら嬉しいよね」
主「では、感想記事の始まりです」
1 感想
では、まずはTwitterの短評からスタートです!
#アイトーニャ
— 井中カエル@物語るカメ/映画・アニメ系VTuber(初書籍発売中!) (@monogatarukame) 2018年5月4日
控えめに言って超面白い
事件自体はスキャンダラスな暴力事件だけれど語り方がめっちゃうまい上に笑える
オリンピックで勝つためにいい努力も悪い努力もここまでやるのか……と恐れ入った
これはオススメしたい作品! pic.twitter.com/zVlt6N7C0p
エンタメとしてめっちゃ面白い作品だったね!
主「基本は実話ベースの物語なんだけれど『こんなこと本当に起こったのか?』と言いたくなるようなことがたくさんあった。
まさかの事態が多く発生したバイオレンスな事件であるはずなのに、コメディベースにすることで笑ってしまう作品に仕上がっている。
それでいながらも映画としての作りは見事と言うほかはなくて、文句のつけようがない!」
カエル「もちろん、事件を追うサスペンス風味の強い映画ではあるし、そこも面白いんだけれど……それ以上に人間模様であったり、なぜこんなことになってしまったのか? と言う気分にさせられる作品だったね。
そしてフィギュアスケートの描写も見事!
まるで本当の試合を見ているような臨場感に溢れていて、20年前のフィギュアスケートとはいえ、とても見所に溢れた作品だった!」
主「そしてオリンピックという舞台に向かうアスリートたちの様々な本音であり、さらには家庭環境などの影響なども考えると、色々と考えさせられることが多い上に、強烈なメッセージ性を内包している。
演出という意味の魅せ方、アプローチという意味での魅せ方でも、文句のつけようのない傑作だったといえるでしょう」
フィギュアスケートシーンは圧巻の上に何度も描かれています!
ここだけでも観る価値大!
役者陣の名演技
カエル「本作は実在の人物をモデルにした作品であり、基本的にはインタビューを基に再構成した再現ドラマという形式なんだよね。だから、物語としてはちょっと異例で、作中のキャラクターが直接観客に話しかけてくるメタ演出なども溢れているけれど、それもまた魅力の1つになっていて。
何と言っても再現度がすごい!
映画の中でも実際の人物たちが登場するけれど、全く違和感がないくらい!
まるで本人たちを使って撮影されたのかな? と思うほど!」
主「特に何と言っても圧巻なのは、アカデミー助演女優賞に輝いた母親のラヴォナ・ハーヴィングを演じたアリソン・ジャナイ!
この母親はヴィジュアルを見るだけでも強烈だけれど、その性格もまたとんでもなくて、もしかしたら全ての元凶はこの母親ではないか? と思わせるものがある」
カエル「まあ、お母さんだしとても強い影響は受けているよね……」
主「でも、人によっては彼女の愛を感じる、という人もいて……自分はただの毒親だと思ったけれど、それだけ色々な人間性を宿した演技だったとも言える。
この強烈な人間をヴィジュアル面でも演技でも見事に演じきったのは圧巻の一言」
カエル「もちろん、他の役者もとんでもなくて……本作は登場人物たちが全員バカで、しかも個性も強いけれど、その魅力を遺憾なく発揮してたね!」
主「トーニャを演じたマーゴット・ロビーの強烈な性格とあがきの演技、ジェフを演じたセバスチャン・スタンの両面性の演技、そして何よりもトンデモナイ奴であり、デブのショーンを演じたポール・ウォルター・ハウザーのヤバイ演技……
他にも『ギフテッド』などでも天才っぷりを発揮した子役、マッケナ・グレイスなども素晴らしい!
これは役者の力と演出がピタリと一致した、見事な映画だと言えるな」
以下ネタバレあり
2 本作の特殊な演出
真実とは何か?
ではここからはネタバレありで語っていきます!
今回はこの構成が見事にハマった印象だな
カエル「それぞれのインタビューを基に再構成されていて、はじめに『実際に事実を基にしています。嘘みたいな話だけれど、嘘じゃないよ』というテロップが流れるけれど……本当に嘘みたいなお話だからしょうがないよねぇ」
主「コメディの掴みとしてもうまいスタートだよね。
この一人一人の証言が真実を見つけようとするけれど、それがうまくいかないというと、やはり黒澤明の名作『羅生門』を連想する。
まあ、実際には藪の中なんですけれど」
カエル「平安時代を舞台に、盗賊と武士と武士の奥さんの3人が証言をするんだけれど、みんな言っていることが違うんだよね。その現場を目撃していた木こりもいるけれど、実際のところは藪の中というお話だ」
主「つまり、人間というのは自分にとって都合のいいように物事を解釈するし、そのように真実を捻じ曲げていくという物語だな。
自分なんかは特にそうでさ、このブログに記事を読んでもらってもわかるけれど、自分の解釈で色々と読んで書いているけれど、他の人は全く違う解釈であることも結構多い」
カエル「ロールシャッハテストみたいなものだよね。同じものを見ているはずなのに、人によって全く違う反応になるという……」
主「それは実際の事件でも同じで、加害者と被害者の目線では全く違う印象なのは当然だけれど、加害者の中でもどのような役割を果たしたのか? ということで全く違うことがわかる。
自分の行動すらも都合のいいように人間は解釈する……それが面白い形でハマった印象だな」
オリンピックにかける思い
カエル「この事件で連想するのが、最近だと『カヌー薬物混入事件』だよねぇ……」
主「特にオリンピックほどの人生をかけた舞台になれば、当然自分の人生すらも変わってくる。
そのためにはライバルに対する嫌がらせだって、やりたくなるだろう。
例えばサッカーや野球などのホーム/アウェイなどだって、相手がやりづらくなるという意味では心理的に有利に働く事態になる。
その上で……例えば応援団がサインを伝えたりとか、レーザーポインターで選手を狙い撃ちにするなど、ファンが妨害してしまう事態もある。
勝敗に自分の人生が絡まないファンですらそうなんだから……当事者の選手からしたら、その誘惑はとても強いものと言えるだろう」
カエル「悪いことだけれど、でも自分の人生が大きく変わることがわかっていたら、僕もやってしまうかもしれないなぁ……それこそ、映画内でも語られているように金と銀だけでも扱いが大きく変わり、3位と4位のようなメダルと入賞の違いになるとスポンサーなどの問題にもなるし……」
主「この映画はコメディであり、サスペンスでもあるけれど……今もアメリカや日本でも起きているであろう、世界を舞台に戦うアスリートを支援する体制が整っていない事実をも露わにしている作品と言えるだろう。
これが大きなメッセージ性の1つにもなっている」
曖昧なフィギュアスケートの採点
確かにアーニャがやったことは擁護はできないけれど、気持ちはわかるかなぁ……
採点競技の難しさが如実に出た映画だな
カエル「日本でも近年大人気で、もはや国民的な関心を集める競技になったと言っても過言ではないけれど……実際問題として、フィギュアスケートの採点に対して疑問の声がある場合も存在するのは、その通りなんだよね」
主「結局は審査員1人1人の趣味の問題も絡んでくるし、アーニャが憤ったように『家族像』まで要求されたらどうしようもない。
明確なタイムで全てを黙らせることができるような競技とは違い、芸術点などが絡んでくるという特性上、審査員の主観による採点が大きな問題となってくる」
カエル「……これも『才能』の問題になるのかもしれないし、どのスポーツも同じだと思うけれどさ、手足が少し短かったり、ずんぐりむっくりした体型の選手がどんなにうまく、高く、何回転も飛んだとしても、芸術点で下に見られてしまうスポーツというは、悲しい事実でもあるよね」
主「今は体重制限のために拒食障害が発生してしまうことが問題になっているし、また成長期によって体のバランスが崩れてジャンプがうまくできなくなってしまうこともある、シビアな競技ではあるけれど……いくらオリンピックのためとはいえ、まだ10代の体をそこまで無理な節制を促していいのだろうか? という疑問も出てくる。
それを言い出したらボクシングや他のスポーツも似たようなものかもしれないけれどね」
カエル「生まれ持った環境が決して恵まれているとは言えないアーニャはどうしたらいんだろう? という考えさせられる部分もあったなぁ」
果たして誰が本当のことを話しているのか?
そもそも、何が本当なのか?
アメリカ社会が望んだ『悪役』
カエル「この作品でもっとも印象に残った言葉かもしれないね。
『アメリカは悪役を欲している』というのは……確かにその通りかもしれない」
主「日本も同じだよねぇ。
何か問題があったり、スポーツなどでも明確な正義と悪を描きたくなる。エンタメとして、そして報道する上ではそれが1番楽なやり方だからだろうけれど……それに巻き込まれた方は溜まったものじゃない。
そしてその悪役のレッテルは簡単に剥がすことができず、ずっとついて回ってしまう」
カエル「プロレスでは『ヒール役の人は実は優しい』という噂もあったりして、悪役を演じていることが却って評価に繋がったり……ブーイングを多くされるほど、人気があるという証明にもつながってくるけれど……でも、そういう特殊な状況でもない限り、誰だって悪役にはなりたくないよね」
主「今作はメディアの報道のあり方も疑問を抱いている。
明確な善と悪があるように報道し、それによって特定の人物を叩き始める。そのストレスによってその人の競技人生どころか、全てを変えてしまう部分もある。
……フィギュアスケートでいうと、最近では安藤美姫などが連想されるんじゃないかな」
カエル「浅田姉妹が仲が悪いというのも、本来はプライベートな話で報道する必要がないわけで……そんなことを言われたら、どれだけ仲が良い姉妹(兄弟)でもギクシャクしてしまうよね」
主「そういうメディアの特性や、1度イメージをつけられると覆すことが難しいのは、逐一あげる必要もないだろう。
野球好きからすると清原などもああいう事態にはなったけれど……メディアによってつくられた番長イメージに翻弄された人物なのかもしれない。
トーニャも同じなのかもしれないな。
あの事件の時、23歳だというけれど……全てを賭けてきたスケートすらも奪われて、その後のことを考えたら、あまりにもきつすぎる現実だよね……」
カエル「結局、誰が悪党で何が真実なのかは、それを報道するマスコミも理解できていなかったということだね」
誰の印象にも残るであろう、とんでもない登場人物であるショーン
彼を超える存在は今年登場しないかもしれない……
本作が伝えてくる真実とは?
……結局、本作の真実ってないという結論なの?
いや、本作が描き出した真実はあんじゃないかな?
主「確かに何が正解で不正解なのか、それは全くわからないような構成になっているし、誰の証言を信用し、誰の証言が嘘なのかわからない。
だけれど、この映画が描き出した真実は間違いなくあるんだ!
そしてそれは、あのラストシーンにある!」
カエル「……えっと、ボクシングと、スケートのシャンプシーンの2つを魅力的に見せて、まったく違う印象を与えているシーンだね」
主「確かにあそこは彼女の栄光と転落を象徴する名場面だろう。誰だって、あんな挑戦がうまくいくとは思っていないけれど……でもあのような形で復活することをした、まさしく『アメリカのエンターテイメント』らしい1場面だと言える。
でも、彼女の表情を見ると……なんだか、その状態に納得しているようにも見えてくるんだよね」
カエル「……納得というとちょっと語弊があるけれど、でもそれでもリングに立ち続ける自分自身は疑っていないというかね」
主「映画の中のトーニャはそれでも戦い続ける。立ち続けて、挑戦を続けている。
それこそがまさに『悪の矜持』なのではないだろうか?
彼女が意図せずに陥ってしまった、悪の状況ではあるけれど……その矜持を感じるように本作は描いている」
カエル「『悪』というとちょっとあれだけれど、どんなに負けても、どんなに辛くても立ち上がるという、ある種の『ロッキー』などのような矜持だね」
主「この味があるからこそ、本作はスポーツものとしても見事なエンタメ性を確保していると言えるのではないかな?」
まとめ
では、この記事のまとめになります
- コメディのようでも強いメッセージ性を内包した作品
- オリンピックに向かうアスリートの闇を描く
- 真実がわからない描き方→メディアの報道のあり方の疑問も内包
- 悪とされても立ち上がるトーニャ→不屈のスポーツ映画の王道
1作で多くの要素が込められていながら、エンタメとして完成された見事な傑作!
主「本作は何度も『トーニャはアメリカのような存在だ!』と強調されていたけれど、それはもちろん、アメリカの報道に対する抗議の声でもある。
それと同時に不屈の闘志を持って立ち上がる姿もまた、アメリカらしいと言えるのだはないだろうか?」
カエル「観る前は重い伝記ものなのかな? と思ったけれど、ここまで痛快で面白い作品だとは思わなかったね!」
主「色々と考えさせられる、見事な作品でした!」