休日になるとYahoo映画を開き、「さて何を見ようかな」と今週公開の映画をチェックする。今週公開だと『マネーモンスター』は注目度が高くて面白そうだから、まず決定。『64』の後編は前編と併せて4時間だから考えてしまうし、ウッティ・アレンの最新作『教授のおかしな妄想殺人』も気になるところだ。
先週から公開だと『デッドプール』も面白そうだし、『ヒメノア〜ル』は絶対見ておけという評価もブログ、ツイッター等でよく目にしたから鑑賞したい。
ただ、今週私が足を運んだのは『二つ星の料理人』だった。
最初に言わせて欲しい。
今年(約半年間)は新作映画を25本ほど映画館へ足を運び鑑賞した。
もっと上手い作品はある。(『ズートピア 』など)
もっとメッセージ性の強い作品はある。(『ルーム』や『キャロル 』など)
もっと映画的な作品はある。(『マジカル・ガール』など)
だが、一番好きな映画は本作だ。
1 個人的に好きなジャンル
私は食に対する興味が人一倍強い人間であり、そういった題材の映画はなるべく足を運ぶようにしている。
『二郎は鮨の夢を見る』は素晴らしいドキュメンタリー映画だったし、当ブログの一番最初の映画記事は『99分,世界美味めぐり』 だし、畜産業界を描いた『ステーキ・レボリューション』も公開直後に見に行った。
もちろんそういったドキュメンタリーばかりではなく、『南極料理人』や『大統領の料理人』などのストーリー性のある映画もチェックしている。
この『食事』という題材は世界的なグルメブームや世界情勢の変化に伴う食材調達の経済戦争も手伝って注目を浴びやすいジャンルではある。
ただ、この手の食をモチーフとした映画となると、誰もが知る名作というのはない印象がある。
また食堂とか料理人という言葉がタイトルに出ていても料理自体はあくまでのサブ要素であり、美味しそうに見えなかったり、割といい加減な扱いを受ける作品もある。
その点においては本作の料理はどこを撮っても美味しそうで、それは一流シェフの高級料理から、場末の大衆料理に至るまで徹底されていた。
本作における『料理』や『食材』というのは単なる映画の中のアイテムではなく、主役級に大切なものとして扱われている。
役者について
それから、過去に事件を起こしたダメダメ男が再起する話というのは個人的に大好きなジャンルであり、落ちぶれた凄腕シェフの役を『アメリカン・スナイパー』にて主役のクリス・カイルを演じたブラッドリー・クーパーが見事に演じきった。一見マッチョな体育会系なのだが、繊細な心を持った青年(と言っていい年齢かは微妙だが)を演じさせたら抜群にうまい。
ヒロインにはこちらも『アメリカン・スナイパー』からシエナ・ミラーが仕事に生きるシングルマザーを、また難しい役どころだった相棒のトニーをダニエル・ブリュールが好演した。他の役者に関しても文句は全くない。
以下ネタバレ
2 スタートから前半部分にかけて
ここ最近はキャッチーなスタートを心がけて、観客の目を画面の中に引き付けることが非常に大切だと言われている。そのためにセンセーショナルな絵を撮ったり、観客を驚かすような演出をするような作品が多い。
例えば前出の『アメリカン・スナイパー』ではスタートから子供に向けて銃を向けるクリス・カイルの葛藤が緊張感を持って撮られているし、少しコメディータッチな『南極料理人』では吹雪の中を逃げる男と、それを追う男というシリアスな展開だが、その逃げる理由は実は麻雀だったという面白い出だしをしている。
その点で言うとこの作品は決してキャッチーなスタートを撮れているとは言い難い。スタートはバスの中で揺られている主人公アダムの姿だったし、100万個の牡蠣を剥き終えたというのはその精神力などはすごいと思うが、特別観客の目を引くものではない。
ここ最近の映画の中では静かな始まり方だった。
そこから自分の店を開くにあたり様々な人にアタックをかけるのだが、ここで過去に何らかの事件を起こして、しかも酒で暴れただけではなくドラッグをやっていたことも示唆されるのだが、過去に何をやらかしたのかは断片的にしか語られない。
台詞回し
では何を評価しているのかというと、個人的に気に入った要因の一つは台詞回しである。
「牡蠣やリンゴは神の創造物だ。余計な手は加えるな」という師匠からの教えがまず第一声に流れた時に、この作品は真面目に料理に取り組もうとしているのだとわかった。
それから最も引き込まれたのはアダムがバーガーキングで食事をしているシーンである。
バーガーキングなんて貧民の食べ物だ、と言われた時のアダムの回答が「フレンチ料理の中にも元は貧民料理のものもある」みたいな事を返すわけだ。そしてそのあとに続く言葉がいい。
「この店の問題点は一貫性だ。一貫性は死だ。ゴールは同じでも道は変えないと。セックスと同じだろ?」
このセリフに痺れたものですわ……
料理に限らず、創作にしろ仕事にしろ、多くのゴールはそう変わらない。だが、そのゴールにたどり着くまでの道のりを工夫するものであり、そこを変えて新たなことに挑戦するのがプロなわけだ。
そしてこの発言が後々の伏線になっている。
料理の撮り方
本作の前半というのはそこまでキャッチーな撮り方をしていないとは先ほど書いたが、それでも観客の視点を一気にその世界に引き込む描写がある。
それが美しい料理である。
料理や食材を映すことにしっかりと時間を費やし、この作品の主役が何かということを描いていた。
おそらくこの映画を鑑賞する人は料理、ないしは食事に興味がある人ばかりなはずなので、この美しい描写に一気に引き込まれてことだろう。
(私のハートは完全に狙い撃ちされてしまった)
ただ、この作品を評価しないという声もわかるのだ。
食べ物の絵などで引き込む作品作りをしているので、そこに魅力を感じない人(食に興味の薄い人など)は、ダラダラと話が続くと受け取ってしまうだろう。
3 中盤
オーナシェフにも返り咲き、店もリニューアルオープンをして、これからミシュランで三ツ星を取ろうと頑張っていた時のこと、事件が起きる。満席にならないことなどが重なり、機嫌を損ねてしまったアダムは皿をひっくり返すなどの様々な暴挙に出る。
これは確かに頭がおかしいとしか思えない行為なのだが、その前の『七人の侍』の話が出てきたところに黒澤明の完璧主義者の面と自らを重ね合わせる伏線になっている。
この辺りは日本の観客に対する一つのサービスなのであろうが、伏線としてもうまく機能している。
そしてその完璧主義者ゆえに苛立ち、酒、ドラッグ、女に走ったのはよくわかるのだ。みんながみんな自分のようにできればいいが、そうはいかない。自分よりも能力の劣るものを従えながら、仕事をこなさねばならない。その理想と現実のギャップに打ちのめされてしまう姿というのは、痛々しく感じるものだった。
新しい調理機器
そんな中登場するのは最新の化学の実験機器のような料理機器たちである。私はここが非常に驚いた。フライパンを過去の遺物とし、古臭い調理法だと断罪し、全く新しい調理機器を登場させたのである。
ここ数年の料理の進歩というのは目をみはるものがある。
料理とは科学である。食材の水分をいかにうまく抜き、旨味や味を濃縮させ、歯ごたえなどを加味していくか。その水分を抜く方法が焼き、揚げなどだったり、味を浸透させるための煮るという調理法がとられてきた。
だが最近ではほぼ真空状態にすることにより低い温度で水分を飛ばすやり方(それこそ濃縮をするための機械、エバポレーターが映画中にも登場)などの全く斬新な方法が化学の進歩とともに登場している。
家庭でも一般的なのは圧力釜で、高圧力で一気に熱を加えることにより、普段は100℃以上には上がらない水の沸点をさらに高めることにより、熱をかける時間の短縮化などを図っている。
こう言った分子ガストロノミーの分野がここまで浸透していることに驚いたし、それをしっかりと描こうという映画は今までなかったのではないだろうか?
「ゴールは同じでも道は工夫する」と言ったのはアダム自身だし、それを受け入れて調理をすることを始めるのである。
恋愛模様
個人的には本作のような作品において恋愛描写というのはそこまで好きではないのだが、2つの恋愛は面白かった。
アダムとヒロインで有能なスタッフであるエレーヌとの恋愛というのは、まあキャスト紹介やら何やらを見ればわかるわけではあるが、驚いたのは仕事上の相棒であり、オーナーであり、優秀な給仕長であるトニーとの同性愛だろう。これはトニーの片思いであるのだが、なぜ店をめちゃくちゃに破壊して去っていったアダムを再び受け入れたのか、という理由としては少々アクロバティックではあるものの、有効な手段だと思う。
でも個人的にはもう少しサラリと、あの医者に言われる形ではなく他の形にして欲しかったかな。
4 後半からラストにかけて
店は問題を抱えながらも軌道に乗り、順調にいっている最中にミシュランの審査員と思われる二人組みがやってくる。フォークを落として給仕が気がつくか、などのチェック項目があるのは驚いたが、そんなわかりやすくてバレやすいのか……と少し疑問もあった。
どうしても3つ星を取りたいアダムは、借金取りにボロボロにされた体を引きずり、怒鳴り散らしながら料理を完成させる。いよいよメインだ! というその時大きな事件が起きる。
メインディッシュが一口も食べられることなく返されたのだ。
原因はソースが辛すぎること。そしてそのソースを作ったのは、厨房のNo,2であり最も信頼していたミシェルの仕業だった……
このシーンには思わず身を乗り出してしまったね。過去の遺恨は忘れて共にやっていき、苦しい時も支えてくれて、最大の相棒だったはずの兄弟分の勝負所の裏切り……これは本当にうまいと思わされた。
確かにアダムもひどかったが、ここまでする必要はないじゃないか! と思いもするのだが、過去の所業を思えば自業自得といったところか。
ラストに向けて
ここから話は急転直下、禁酒をしていたのに暴れるアダムを慰めたのは、まさか一番のライバルとされていたリースだったというのは個人的に熱い展開だった。
実は全てを失ったと思っていたけれども、過去に酷い目に合わせてしまった恋人が代わりに借金を清算してくれるなどの人の有り難みを感じて、精神的にも安定化していく。
この辺りをありきたりというかもしれないが、私は丁寧に紡がれて納得のいく物語に仕上がっていると感じた。
最後にミシュランの調査員と思われる二人組みがやってくるが、「いつも通りやろう」と言えるようになったアダムに感動する。本当にその二人組みがミシュランの調査員なのか、その結果どうなったのかは作中では言及されないが、その余韻も好きなのだ。
ナイフの形見分け
なぜ形見分けがナイフだったのか考えてみたのだが、それはどれだけ調理器具が進歩しようとも、なくならないもの=ナイフだったのではないだろうか。
それとナイフという料理人の鏡とも言える器具を渡すことによって、師匠はアダムのことを恨んでいない、むしろ認めているという無言のメッセージになっているのではないだろうか?
一つだけ苦言
すごく大好きな作品であるけれども、一つだけ苦言を呈するならば、やはりミシェルとの和解やちょっとしたやり取りが欲しかったかな、と思うところ。過去の自分が追い出された側だったのだから、今度は受け入れる側としてミシェルを受け入れられたり、ミシェルのいるレストランに行ったりすることができれば、もっと成長を感じられて良かったかな、と。
最後に
というわけで、『二ツ星料理人』の感想をあげていった。
粗がないわけではないが、これだけピンポイントに自分の趣味に入り込んできた映画というのはあまりなかったので、そこもポイントが一気に上がる要因になった。
上手い、下手は作り手がコントロールできるが、観客の好き嫌いだけは誰にもどうしようもない要素なので、ここがハマった時は大きい。
思わず買ったパンフレットに載っていたのだが、監督のいう「知っている世界でも一歩踏み出したら何も知らなかったことに気がつく」ということもうまく描けている。
とてもいい映画だった。
本来はもう一本見て帰ろうと思ったが、この感動を消されたくないと思ったのは久しぶりかも。
監督:ジョン・ウェルズ
脚本:スティーヴン・ナイト
出演:ブラッドリー・クーパー、シエナ・ミラー、オマール・シー、ダニエル・ブリュールなど