カエルくん(以下カエル)
「さあ! いよいよこの夏、最も注目しているアニメ映画の1つである、打ち上げ花火の公開だよ!」
ブログ主(以下主)
「7月は『メアリと魔女の花』とか『カーズ クロスロード』
とか『怪盗グルーのミニオン大脱走』などがあって、しかもダークホースの大傑作『ノーゲーム・ノーライフ ゼロ』などもあったりして、中々面白かったんだよね。
一方の8月は『スパイダーマン ホームカミング』
に『ワンダーウーマン』であったり、あとは邦画だと『ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない 第一章』などのように、アクション映画が多くてさ」
カエル「アニメ映画ファンとしては若干寂しい月になっているよね」
主「それでも『フェリシーと夢のトウシューズ』などのいい作品もあるんだけれどね。でもさ、ほら、欲を言えば昨年の『君の名は。』みたいな作品が見たいじゃない?
そしてこの夏に比肩しうる可能性がある作品があるとすれば……それはこの映画しかないんじゃないか?」
カエル「一応来週に『プリヤ』の劇場版などもあるし、クオリティだけならば引けを取らないであろう作品もあるけれど……いかんせん、ファン向けのオタクアニメでもあるから目に付きにくいというところもあるしね。
大人から子供まで対象とした、オリジナルの……というとこの映画は原作ありだからちょっと違うけれど、事前知識の必要無い、1作だけで完結するアニメ映画となると……もしかしたらこの映画が今年最後かもしれない」
主「この後の公開ラインナップを見ても、アニメ邦画では『ゴジラ』のアニメ版ぐらいしか無いんじゃないかな?
その他は大体テレビシリーズで人気をはくした作品の劇場版やら、人気コンテンツのアニメ化になっていて、アニメ業界もそれでいいの? って気分にもなってくる。
アニメ映画を毎週のように観ておきながら贅沢な話だけれどね」
カエル「2016年が異常だったことはあるけれど『聲の形』と『この世界の片隅に』があったからねぇ」
主「その意味では本作にかかる期待ってすごく大きくて、自分は2017年に大きな期待を寄せていたアニメ映画は『ひるね姫』と今作なんだよ。
この2作が2016年のアニメ映画の大ヒットの流れを、そのままブームにせず定着させる作品になって欲しい。君の名は。ほどのヒットは無理としても、20億や、欲を言えば50億円クラスのヒットになってくれれば、アニメ映画の流れもかなり変わってくると信じている。
だけど『ひるね姫』がこけちゃったからねぇ……作品的にも絶賛はしづらかったし。
その意味では今作にかける期待は非常に大きい」
カエル「前置きが長くなったけれど、じゃあここから感想記事のスタートです。
なお、今回は解説の項目も相当多くなります。
あと、相当長いですので、覚悟してお付き合いくだされば幸いです」
主「場合によっては2記事に分けるかもねぇ」
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1 感想
カエル「では、感想をあげていくけれど……まずはTwitterの短評をご覧ください」
#打ち上げ花火下から見るか横から見るか
— 井中カエル@物語るカメ/映画・アニメ系VTuber(初書籍発売中!) (@monogatarukame) 2017年8月18日
最高、最高、サイッッ高!
this is shaft!
色々な味が詰まった最高のシャフトアニメですよ、これは!
確かに癖はあるよ、減点もあるよ、でも魅力に溢れていて!
絶対にいい音響の映画館で見るべき1作!
主「絶賛ですよ!
もちろん、すごく楽しみにしていたシャフトファンなのはそうだけれど、本作はトンデモなくいい!
作画カロリーも非常に高いし、絵面だけでも見どころに溢れている。そして音楽もまたよくて……」
カエル「世間では賛否分かれているようだけれど……というか、多分ここ以外賛はほとんど居なくて、ほぼ否になっているけれど…」
主「そんなの知るか!
シャフトファンであり、新房総監督が大好きで、神前暁の音楽が大好きで、脚本の大根仁が好きで、武内監督の世界を……ウテナや物語シリーズの作画やデザインを愛してきた人間からしたら、この映画は素晴らしいクオリティの一言に尽きるんだよ!」
カエル「……なんか個人的なことだけれど、全体的に好きなもので溢れているというのはあるよね。
もちろんシャフト陣は当然のこと、広瀬すずも評価しているし、宮野真守を含めて色々な声優も出ていて、座組みだけで個人的にはケチのつけようが……好き嫌いだけれいうと、あまりないというか」
主「自分は川村元気企画作品は実写版はそんなに好きな作品は多くないけれど、アニメ版は好きな作品が多いんだよね。相性だと思うけれどさ。
まあ、でもシャフトですからね。
癖はすごく強いし、シャフトを何も知らない人が見たらクラクラするかもしれない。欠点もある。逆に大根仁を知らないとちょっと生々しいところに面食らうかもしれない。
でもそれぞれの味が出た、見事な劇場版だった」
世間の酷評に対する理由の考察もしています
君の名は。と比較はナンセンス
カエル「ちなみに『君の名は。』との比較が目立つけれど……」
主「君の名は。と本作の内容を比較することは『ジュラシックワールド』と『シンゴジラ』を同じように怪獣が出てくるパニック映画として比べる、というくらいに変な話。
それじゃシンゴジラの面白さは全くわからないでしょ? でも、みんなそうやってみちゃう。あれだけヒットしたし、東宝アニメだからわからないでもないけれどさ……
同じタイムリープが出てくる映画なら『バック・トゥ・ザ・フューチャー』と『バタフライ・エフェクト』と『ターミネーター』を比べるようなもの。全部魅力が違うんだから」
カエル「タイムリープ系アニメだと『時をかける少女』や『シュタインズ・ゲート』などもあるしねぇ」
主「本作と比べるとしたら『劇場版まどマギ』であり、さらには『うる星やつら2 ビューティフルドリーマー』の方が分かりやすい。
君の名は。とは、やっていることが全然違うからね」
カエル「ここから先は長いキャスト、スタッフに関するトークになるますので、興味ない方は『以下ネタバレあり』まで飛ばしてください」
2 岩井俊二の原作について
カエル「では、まずは前提として岩井俊二の実写版ドラマについて語っていきましょう」
主「実は見たのは昨日なんだけれどさ……自分は絶賛するほど好きではなかったかな」
カエル「評価は高いよね。ジュブナイルドラマとしても、多くの人に影響を与えているし」
主「この手のジュブナイル向けのドラマって、観る年齢などもあると思うんだよ。自分は……『六番目の小夜子』が大好きで、それ以降鈴木杏、栗山千明、松本まりかのファンなのね。でもそれは放送から何年も過ぎて、大人になった今見てもハマりますか? と言われたら、それは違うと思う。
他にも山崎貴監督の『ジュブナイル』という映画などもそうで、自分は大好きだけれど、現代の子供が見てもそこまでハマらないだろうね」
カエル「いくら奥菜恵が可愛いと言っても、あの当時の奥菜恵に夢中になっていたら単なるロリコンだしねぇ」
主「そりゃあね。いや、可愛いとは思うよ? 岩井俊二らしく綺麗に撮っているし。
だけれど、それが現代の大人である自分にも通用するかというと、そうとも限らない。もちろん通用する人もいるけれど……このドラマの奥菜恵……なずなって、確かに小学生の時には理想の女の子かもしれない。それは自分も同意する。
だけど大人になった時にどうですか? と言われたら…自分の趣味ではないかな」
カエル「自分の趣味です、と言われたらそれはそれで困るけれどね」
主「でもさ、この作品をリメイクするということは、すなわち『奥菜恵の復活計画』であって、さらに言えば『世界一の美少女を生み出す計画』なんだよ。
そしてそれは見事に成功している……と思うよ。アニメ畑の人間の主観かもしれないけれどさ、時々ハッとするほど美しいシーンもあるし。
ただ、今作は中学生ということだけれど……残念ながら中学生には見えないんだよね。高校生に見えてくる。徐々に中学生らしくはなってくるけれど、そこは失敗かも。
あとは小学生から中学生にあげたことで少し味がが変わってしまったことはある。原作に忠実にしたからこそ、ダメになってしまったシーンもあるかな」
カエル「あとは『物語シリーズ』に似すぎちゃったのもねぇ」
主「明らかに『戦場ヶ原をアララギ君から取り戻す計画』になっているからねぇ。
そこは確かに違和感としてあるかも」
原作はこちら
岩井俊二とアニメ
カエル「アニメと岩井俊二ってそこまで結びつかないけれどなぁ」
主「いや、別にそこまで遠い存在ではないよ。
岩井俊二も代表作である『花とアリス』をアニメ化した『花とアリス殺人事件』を発表している。この映画の評価は……すごく難しくて、正直なところアニメにする意義や意味はあまりなかったと思う。
だけれど、じゃあ駄作ですか? と言われるとそうではなくて、岩井俊二独特の美的センス、世界観に溢れている作品だった。はっきり言えば、アニメではなくて実写映画で見たかったというのが本音だね」
カエル「岩井俊二作品のアニメ化には成功したけれど、アニメとしての魅力はそんなになかったということね」
主「ロトスコープが個人的に苦手なのかなぁ? とも思ったけれどさ、良いロトスコープを見るとやっぱり良いんだよ。で、この作品はアニメとしてはそこまで良くなかった。年をとった鈴木杏と蒼井優が『花とアリス』の前日譚を演じるのは不可能だからアニメにしました、という風にしか見えなかった。
今回はアニメ映画化を本職のシャフトと新房総監督にお願いしているから、前作は参考にもならないけれどね」
カエル「アニメ界に対する影響はそこまでない人だよね?」
主「いや、そうとも言い切れないよ。
何度も話題に挙げている『君の名は。』の新海誠は岩井俊二作品の影響をもろに受けていて、それは作品にも見事に現れている。
例えばさ『打ち上げ花火』のドラマ版を見ても、映像と音楽のミックスがうまいんだよね。PV出身の監督だから音楽の使い方が非常にうまくて、ここは新海誠と本当に同じ。
さらに言えば岩井俊二の世界観と、新海誠の世界観は非常に似通っている」
カエル「ふむふむ……」
岩井俊二
映画監督というより文豪っぽい?
岩井俊二が残したもの
カエル「主としては岩井俊二の評価ってどんなものなの?」
主「そこまでたくさん見たわけでもないからなんとも言えないけれど……これは罵倒になってしまう言葉かもしれないけれど『映像作家』としては一流だけれど『映画監督』としてはそこまで評価が高くない。
というか、物語とかそういうものに対してそこまで思い入れがあるのか、ちょっと疑問に思うこともある。映像がすごく凝っていて、光を多く集めたりとか、男性、女性を圧倒的に美しく撮るセンスは長けている。それは素直にすごいと思う。
だけれど、物語として惹かれますか? と言われるとすごく微妙で……うっとりするほどの世界観を抱えながらも、それが物語性を内包しているようには思えないんだよね。これは見た作品が悪いのかもしれないけれど」
カエル「花とアリスなども元々は短編作品を劇場版に再編集したものだしねぇ」
主「例えるなら岩井俊二は詩なんだよ。一瞬のきらめき、一瞬の時間を見事に切り取る。写真とか、絵とか、そういう瞬間的な芸術作家。だけれど、それが持続した時にどうなるかというと……自分は評価が難しい監督になる。
その意味ではやはりMV出身の監督だと言えるかもしれないね。
ただ、1つだけ間違いなく言えるのは挑戦する姿勢は素晴らしい。MVやドラマから映画に進出したり、ロトスコープでアニメを作ってみたり、今回みたいに原作として関わってみたり……そういった姿勢は間違いなく評価されるべきでしょう。こういう人はほとんどいない」
カエル「アニメ監督はアニメ畑にずっといるし、実写映画監督は実写映画をずっと撮っているのが当たり前だからねぇ」
主「アニメ監督では『大人帝国』の監督、原恵一も実写映画挑戦しているけれど、岩井俊二の挑戦はもっと幅広いものになっている。
で、その岩井俊二と似たような作風で勝負しているのが新海誠なわけ。だから、新海誠について語るときは、どこかで岩井俊二に語ることにつながってくるわけだ。
でも今回はそれは割愛するよ」
カエル「……ちなみにアニメと実写を両方手掛けるというと押井守がいるけれど……」
主「今回は割愛で!」
3 新房総監督とシャフトについて
カエル「ではようやく今作のお話に戻って、新房総監督とシャフトのことについて触れていくよ。
主は2017年はシャフトの年になるかもしれない、というほどの評価をしていたよね?」
主「本作次第なところはあるけれどね。でも『物語シリーズ』や今年完結した映画の『傷物語』であったり、実写映画化も果たした『3月のライオン』でも一定の評価は獲得していると思う。
賛否は割れる会社、監督なのは間違いないけれど、自分は非常に高く評価している」
カエル「シャフトというとやはり『まどかマギカ』の大ヒットもあるけれど、わかりやすくどんな特徴があると言えるの?」
主「そういえばまどマギもいつかは記事にしないとなぁ……というのは置いておくとして、1番の特徴は何と言ってもエッジの効いた作画だよね。外連味がたっぷりとでもいうのかな。
アニメ業界に全く詳しくない人でも、シャフトの絵柄ははっきりとわかると思う。文字を使った演出であったり、引いた絵や急に顔などのアップになったり、デフォルメ化したキャラクターが急に出てきたり……とにかくデタラメといえばデタラメな印象がある」
カエル「『シャフ度』なんて言われる独特な顔の傾け方なども有名だよね」
主「じゃあなんでそんな作画をしているのかというと、新房監督曰く『作画の手間を減らすため』らしい。引きの絵だったらそこまで細かい動きを描かなくてもいいし、文字演出はそのまま作画カロリーの削減になる。そう言った発想から始まっているらしけれど、これが賛否がありながらもやはり1つの味になった」
カエル「この演出って合うか合わないかはっきりわかれるよねぇ」
主「それでいうとさ、打ち上げ花火みたいな作品に対しては全く合わないと思う。少なくとも事前の予想ではそうだった。
岩井俊二の映像の美的センスと、新房シャフトの革新的映像って噛み合わないと思うんだよ。シャフトが合うのは西尾維新とか、久米田康治のような漫画界、小説界でもすごく癖の強い作品であって、それは打ち上げ花火のような繊細で儚い作品とはあまり合わない、はず。
水と油の組み合わせが果たしてどうなるか……確かにこの組み合わせは面白そうだけれど、博打であることも間違いないよね」
首の傾けた方などが独特だが、今作は結構抑えられていた?
スタッフの個性を生かす
主「で、自分が主張したいのはこの作品は武内宣之監督の、初監督作品だということ。ここも非常に大事だけれど、ここはあんまり語られていないね」
カエル「実際さ、総監督と監督て何が違うの? やっぱり総監督の方が偉いの?」
主「うーん……力関係は実はよくわからないところもある。当然のように総監督の方が偉いんだろうけれど、そこは現場によって力関係は変わるらしい。
例えるならば課長と部長、もしくは社長と会長の関係と言ってもいい。会社や部署によっては課長が現場を指揮して部長はあまり口出しをしないところもあれば、中には会長が社長を傀儡のように使って経営に口を出しまくることもある。
『シン・ゴジラ』の場合は監督樋口真嗣、総監督庵野秀明だけれど、スタッフは『監督と総監督が対立したら、監督につくのが当たり前だ』と述べている。だから現場の意見としては監督の樋口真嗣の方が発言力は上のはずなんだよね」
カエル「う〜ん……なかなかに難しい関係だねぇ」
主「特に新房監督ってすごく多作だけれど、なぜそんなことができるかといえば、はっきり言えばそこまで関与していないからだよ。
名義貸しだろう、という人も多い。
おそらく、他の監督などのように、作画班に指示を出して、音響に顔を出して、効果にも気も配って、美術にも目を通して……ということはあまりしていないんじゃないかな?
さすがに本作ほどの大きな作品ではチェックくらいはするだろうけれどさ」
カエル「え? それっている意味あるの?」
主「新房監督のインタビューを読んでいると『自分は作家性がないから、もっと作家性のある人に任せる』と言っているんだよね。いやいや、あなたが作家性がなかったら日本のクリエイターのほとんどが作家性がなくなるんじゃ……という思いもあるけれど、それは置いておこう。
先の『まどかマギカ』を例に挙げると、脚本の虚淵玄はほぼ一発OKでこんな仕事は過去にないって言っていた。普通は脚本は修正を重ねるのが当たり前なんだよね」
カエル「まどマギには虚淵玄の脚本だからこその味がしっかりとあったもんね。
あとはキャラクタデザインの蒼樹うめに、音楽の梶浦由記、もちろん作画陣では劇団イヌカレーだったり、いろいろな人の味が見事に発揮されていて……」
主「いろいろなクリエイターの味を生かそうとしてるし、それをまとめることのできる人でもある。劇場版まどマギだって、劇団イヌカレーを連れてきた、監督の宮本幸裕の味が出た作品でもあるわけだ。
新房シャフトの正体って、その下にいるクリエイターの個性を見事に生かすことにあるんじゃないか? 総監督業務というのはそのまとめ役でしかないのかもね」
カエル「その話からすると、今作は脚本の大根仁の味がどこまで出ているか、というのも注目だよね」
主「本作は間違いなく大根仁の脚本の味も出ていたし、もちろん様々なキャスト、スタッフの味が出ていた作品に仕上がっているでしょう」
もちろんブログ主も大好きな映画です
武内監督について
カエル「じゃあ、ここで武内監督について語るけれど」
主「自分は今週のTweetで『90年代カルチャーを語ることになるかもしれない』ということをつぶやいているけれど、武内監督って『少女革命ウテナ』の作画監督を務めていたんだよ。
で、他にも『物語シリーズ』のデザインであったり、映画の『傷物語』の美術設定なども担当している」
カエル「その個性ははっきりと出ていたんじゃないか?」
主「本作で様々な演出が見られるけれど……シャフトであれば『物語シリーズ』とか『まどマギ』を知っている人ならばなんとなく想像できるような、あの世界観だよね。それは今作でも健在だよ。
その竹内監督の味はしっかりと出ていたし、この映画が誰の映画か? と問われると……やはり大根仁と武内監督と広瀬すずの映画であると思うし、それを統括した新房監督の映画だろう」
脚本の大根仁について
カエル「今作はスタッフについても語ることが多いから大変だなぁ……で、今度は大根仁について語ろうか」
主「近年だと『モテキ』や『バクマン。』などのがヒットしているよね。ドラマ版の打ち上げ花火のファンだから起用されたらしいけれど……
でも、自分が思うに大根仁も本作には実は合っていないんだよ」
カエル「合っていないって?」
主「大根仁の作品ってギャグ要素が多いけれど、それが結構過剰な演出によって成立しているところがある。例えば『モテキ』にしろ『バクマン』にしろ、かなりアニメ的、漫画的なところがあって……
それは本作でも健在でさ、アニメ的なセリフがアニメ的な演出によって、よりアニメ的になってしまった感がある」
カエル「結構漫画原作のヒット映画も多いよねぇ」
主「それから、大根仁の描く女性像もアニメ業界ではあんまりいないんだよ。例えば『モテキ』とか、おそらくこれから公開する『奥田民生になりたいボーイと、出会う男すべて狂わせるガール』なども、ある種のビッチの物語なわけ。
アニメ業界の女の子ってかなり清純派というか……ビッチ要素が少ないヒロインが非常に多い。処女信仰なんて言われているしね。
その大根仁の女性像も出ているから、アニメとは相性の悪い脚本家だよ」
カエル「……ちょっと待って、じゃあ岩井俊二の作品と相性の悪い新房監督が監督して、さらにアニメと相性の悪い大根仁が脚本を務めるの?」
主「そうだね。その意味でかなりの博打だと思う。
この映画を観る前にインタビューも読んだけれど『アニメ的なセリフ回しが気になる時がある』ということを言っていた。じゃあ、それがどういうことだったのか……それは多分ラストにつながっているんじゃないか?」
キャストについて
カエル「本作のキャストも芸能人声優ばかりだよね?」
主「う〜ん……でもさ、うまい下手以前に、このキャスティングの意図はわかるんだよ」
カエル「意図?」
主「実写ドラマにてヒロインをを演じた奥菜恵だけれどさ、彼女もジュニアアイドルとしての人気があったわけじゃない?
個人的には……奥菜恵の次が鈴木杏、上戸彩などに続いていく系譜があると思うんだよ」
カエル「まあ、小学校高学年〜中学生くらいの時に頭角を現してきた女優って意味ならわかるよ」
主「もしかしたら原田知世もこの系譜になるのかなぁ……
で、今その系譜にいるのが誰かと問われたら、多分広瀬すずなんだよね。今は少し歳をとったけれど『海街diary』の時の広瀬すずならば、この打ち上げ花火の実写ドラマに出ていてもおかしくないと思うんだよ。正統派美少女系の系譜っていうのかなぁ?
だから広瀬すずなんじゃないかな? ということ。
あとは、自分は広瀬すずの声はすごく好きだよ。
彼女の1番の魅力は声だと思う。静かで美しい声でさ」
カエル「一方の菅田将暉は?」
主「正直、合っていなかった。相方が宮野真守だしさ、アニメ的な演技が得意な人の中に芸能人声優を入れてしまうと、発声などが違うから浮いてしまうんだよ。それは今作でもあった。
一方の広瀬すずは同じく芸能人声優との絡みが多いからね。
本作もこれがもっと『君の名は。』みたいに芸能人声優が多かったら、評価は変わったかも」
カエル「結構シャフトではおなじみの声優も多かったもんね。三木眞一郎とか、ちょい役だけれどシャフトの恋人、斎藤千和もいたし」
主「脇が人気声優ばかりなんだよね。
だからこそ、バランスは悪かったかもしれない。もう少し芸能人声優で固めるか、もしくは本職声優で固めたら印象は変わったと思う。でも、なずなは広瀬すずでないとこの映画は成立しないと思うんだよなぁ……」
カエル「結構ちょい役でもすごい人を使っていて、それこそ斎藤千和がほんの数言だけ参加しているし、母親役が根谷美智子だったり、櫻井孝宏や花澤香菜も参加していて……」
主「その人気声優たちがしかもアニメ的な演技をしているんだよ。アニメ的な演技ってどういうことかというと、声の情報量が多い。一言で表すと演技が派手。
昨年のヒット作、『君の名は。』や『聲の形』『この世界の片隅に』は演技がリアル寄りなの。かなり抑えられて演技している。だから、『君の名は。』や『聲の形』の悠木碧の演技や『この世界の片隅に』の細谷佳正の演技を聞くとわかる。
これらの作品の演技は芸能人声優を浮かせないんだよ。
声の情報量は声優と……あとは舞台出身俳優以外はなかなか身につかない。舞台も声の情報量が大切だからね。発声方法の基礎からして違う。
その意味では……かなり不利な勝負を芸能人声優達はしているといういうのはある」
カエル「アフレコ(絵に合わせて録音)とプレスコ(声に合わせて絵を作る)の違いもあるしねぇ」
主「また味が変わってくるんだよねぇ、録音方法によって。
だから相当独特なことになってしまっているのが、下手だと思う要因になっている」
以下ネタバレあり
4 序盤について
カエル「じゃあ、ここからはネタバレありで語るけれど……ここまででも相当長いけれど、ここからが本番になります」
主「まず序盤から語るけれど、自分はファーストコンタクトで素晴らしいと感じたね。映像がすごく綺麗で、そこから花火が上がって『打ち上げ花火〜』のタイトルが登場してくる。ああ、綺麗だなぁ、と。
ここで一気に引き込まれた」
カエル「……完全にファンの感想だね」
主「本作では『水』と『花火』の作画に非常に力を入れている。この2つがこの映画のキーポイントになっていくわけだ。
じゃあ、それは何かというのは……後述で。でも花火は映画を見たらはっきり分かるよね」
カエル「スタートの方は結構ドラマ版に忠実だったよね。ちょっとお母さんが若すぎていたり、ということはあったけれどさ」
主「序盤で『あれ?』と思ったのは、男子たちが先生の胸について語り合うシーンで……あれって、ドラマ版だともっと直接的にセクハラをしているわけじゃない? 今だったら問題になりそうなくらいなレベル。学校に親呼び出しの可能性もあるくらいのセクハラ。
だけれど、それを下ネタとして話すことで消化するわけだ。これは苦肉の策だと思うけれど……ここでちょっと大根仁の本作と合っていない味が出てしまったかもしれない」
カエル「合っていない味?」
主「『SCOOP!』などがそうだけれど、大根仁の下ネタってオヤジくさいんだよ。それを福山雅治とかがやれば笑って観れるけれど、アニメで中学生がやるとしつこくなってしまう。
こういうところが多くて、それが引っかかりになってしまうのはよくわかる」
可愛い中学生男子 の典道くん
特徴的な校舎など
カエル「シャフトぽさ全開だったのがこの校舎などの造形だよねぇ」
主「今作はだいぶ抑えられていた方だと思うけれどね」
カエル「まあ『物語シリーズ』や『ウテナ』に比べたら、そりゃあね。あっちは現代アートみたいだし」
主「ここでうまいなぁ、と感じたのが螺旋階段で、カメラが螺旋階段を撮るときは右回りで回っているんだよ。
でも、過去に戻るときは左巻きにカメラが回る。これは螺旋階段を登る時の逆の演出をしているわけだ。
これだけで彼らの進む時間が、今登っているのか、降りているのかということを説明しているのと同時に、視覚効果としてもなかなか良かった」
カエル「この美術設定を見ると、武内監督のデザインが生きてきているよね。それこそ『ウテナ』であったり、『廻るピングドラム』などの幾原邦彦作品にも関わってきた人で、その味がしっかりでて」
主「なんでこんなに特徴的な校舎にしたのか? と問われたら、それがシャフトの味であり、同時に武内監督の味なんだよね。特に後半に関してはその味がすごく強く出ていて、あの特徴的な花火であったり、世界観を彩っていた。
自分としてはもっと派手にしても良かったけれど……ピンドラなどもちょっと批判意見もあったからね。
本作に関してはシャフトの味が制限されているように見える。
それが力強さが減っていく形になり、だけれど一般向けではないというあべこべの形になっちゃったのかな?」
カエル「でもさ、序盤で自転車のシーンをCGを使ったのは正直、考えものだよね」
主「CGらしい動きだったからなぁ……そこは確かに減点対象。作画エネルギーのようなものもあるのかもしれないけれど、違和感は大きかった。
でも作画としてはいうほど悪くはないと思うよ。近年の劇場アニメや深夜アニメで目が肥えているから、もっと上を! と言われるだろうし、シャフトの過去作の劇場版と比べればそう言いたくなるのはわからないでもないけれど、自分はそこまで酷評するほど悪いとは思わなかったかな」
5 なずなの描写について
カエル「では、いよいよビッチヒロインであるなずなについて語るとしましょうか」
主「本作はなずなが世界一の美少女になっていなければいけないわけだけれど、さらに現代風にアレンジした部分もある。
それは……まずは、一緒に泳ぐということだよね」
カエル「ドラマ版では審判の役だったのが、この映画版では一緒に泳ぐもんね」
主「自分は奥菜恵がどうしてもトロフィーヒロインのように見えてしまったわけだ。つまり、勝者に与えられるヒロイン。姫騎士物語の王道だよね。
だけれど、ここでなずなは一緒に泳ぐことで、彼女自身に主体性が生まれた。これが1つ目の大きな変化」
カエル「もっと違う変化があるの?」
主「なずながめちゃくちゃ早かったじゃない? あれって……後々語るけれど『水』の意味に由来していると思う。
簡単にいえばなずなはすごく早く大人になっているんだよ。もちろん中学生男子と女子の成熟度でいえば、女子の方が圧倒的に早いのは一般論でもわかるだろうけれどさ」
カエル「ふむふむ……」
主「つまり、本作ではなずな、祐介、典道の順で大人になっているという意味だと思う。そしてドラマ版ではうっかり負けてしまったけれど、それにちゃんと意味が出来た。
なずなに比べたら2人ともまだまだ子供なんだよ。それを表しているのがあの描写でしょう」
水となずなの関係性が重要
(C)2017「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」製作委員会
『少女』が『女』になる瞬間
カエル「……なんかこの小タイトルだけだと、ちょっといやらしい気もするけれど……」
主「いやいやいや! これってすごく大事な場面だから!
駆け落ちした後に着替える場面があるけれど、そこはハッとするほど美しく描いているんだよ。それはもちろん『なずな=世界一の美少女』であるということもあるんだけれど、それ以上に『少女から大人になる瞬間』があの場面だからだ。
中学1年の男の子なんてまだまだ子供だよ。
中学1年の女の子は、少しずつ『大人の女』に近づいていくわけだ。それが化粧であったり、浴衣を脱いで好きな男の子と逃避行したり……といった行動で出ている」
カエル「ビッチ化が進んだよねぇ」
主「でも、それが大人になるということかもしれない。
最初のなずなは好きな男の子と花火大会に誘う勇気もなかった。自分の中で賭けをしないと、誰も誘うことができなかった。
やっぱりまだ子供なんだよ。だけれど、駆け落ちという行為に走り始めた時に、少しずつ少女の自分は脱ぎ捨てて、主体性を持ち始めた。
これが『親のいいなりになる=子供』からの脱却でもあり『自分の意思で行動する』という大人の女になっていくわけだ」
6 IFの物語
カエル「今作は『if もしも』のドラマの映画化ということもあって、IFの物語に仕上がっているけれど……」
主「この映画は多くの IFがある。それはドラマ版からもそうだけれど、ドラマ版はそういう枠のドラマであるという前提条件があるから、そこまでおかしなようには見えないかもしれない。
自分がドラマ版で『不親切だなぁ』と思ったのが、このIFのシーンで……結構唐突な印象を受けたんだよね。なぜ急に時間が巻き戻るのか、まるで理解できなかった。
でも、それは必然なんだよ。だってそういう趣旨のドラマだから。
自分の疑問は『ミステリーでなぜ殺人が起こるのか?』というのと同じような愚問だったわけだ」
カエル「だけれど、この映画では『なぜ巻き戻るのか?』ということを説明しないといけないわけだ」
主「そのためのタイムリープ設定だね。
そして、これはもう1つ意味がある。
この映画の物語は、タイムリープでもあるけれど、それは夢であり幻想でもある。
なずなにとってのゲームオーバーは両親に捕まるところなんだよ。
結局、彼らはどれだけ自分たちを大人だと思っていても、現実の前には……大人、両親という現実の前には決して逃げられない。
途中から『まどマギ』空間になって閉じ込められたでしょ?
中学生の彼らの世界は、あの小さな町の中でしかない。そこより外は大人の世界であり、彼らには未知の世界なんだ」
カエル「だから何度もタイムリープを繰り返してもうまくいかないんだね」
主「結局は夢であり、妄想であり、IF(もしも)の世界なんだよ。それは現実ではない。それを象徴するのが花火で、本来丸くあるべき花火が平べったいものであったり、ありえない形の物になる。
妄想と現実の対比の意味では『ラ・ラ・ランド』的な映画だとも言えるわけだ」
まだまだ素直になれない子供の祐介
世界の変化
カエル「典道もドラマ版に比べたら主体性は上がっていたよね?」
主「多分中学生になった1番の理由ってそこなんだろうな。
典道は最初のタイムリープで生まれて初めてなずなのことが好きだという気持ち……恋を知った。そこで彼は、なずなを好きだということのできない、素直になることのできない祐介よりも、ほんのすこしだけ大人になった。
だからプールで勝ったんだよね。そしてなずなと2人で逃げ出すことになる」
カエル「だけど、それでも子供は子供だから大人の前に必ず敗北してしまう。これは悲しい現実だよね」
主「本作は、タイムリープを重ねるごとに虚構性を増していくんだよ。最初のタイムリープでは時間が巻き戻ったり、打ち上げ花火が平べったくなった。
その次のタイムリープでは電車に乗って逃げるシーンは鉛筆のようなタッチに変化していて、なずなが歌を歌うと馬車までやってくるわけだ。
自分はこのシーンを絶賛する!
ここで一気に打ちのめされた!」
カエル「でもさ……なんで松田聖子なの?」
主「え? それが大根仁だからだよ?」
カエル「……そういう説明になるんだ」
主「さらに4回目のタイムリープではついに電車は勝手に切り替わって、海にまで行く。なんで? と言われたら、それがIF、想像の世界だからだよ。
結局、この映画って後半はIFの世界のお話なわけ。彼らにとって都合のいい世界であり、タイムリープを重ねるたびに世界は改変される。だけれどなずなはそんなことどうでもいいの。
『世界なんてどうでも良い』
この一言がすべて。ある意味では世界系と言えるかもしれないね」
めっちゃ泳ぎが早いなずな
終盤に込められた意味
カエル「海に潜ったり色々としていたけれど、終盤はどのような意味があるの?」
主「この映画を自分が絶賛するのは、単なるビターな演出にしなかったところだよ。
あのタイムリープをするはずの球状の物体が空に浮かび上がり、そして破裂する。その瞬間い欠片が舞い落ちるわけだ。
その欠片こそが『IF=可能性』という意味を持つ。
それまでは単なる妄想であり、空想だったかもしれないIFの世界だけれど、現実でも本当にそうあったかもしれないんだよ!
典道の行動1つでいくらでも変わるし、未来は変えられるし、可能性は満ちている。もちろん、それは典道だけじゃない。なずなも、祐介も、みんなそうなんだよ!」
カエル「IFの物語が現実としての意味を持ち始めたんだ……」
主「自分は『 あの映画』に似ていると述べたけれど、提示した結果はその真逆なんだよ。あの映画は結局は夢は現実の前で敗れ去る。
だけれど、この映画はその夢、IFさえも『現実に残された可能性の1つ』として提示してきたんだよ!」
カエル「それを象徴するシーンとかってあるの?」
主「海から花火や星空を眺めるでしょ? あのシーンで確信した、ああ、この映画で水って『人生』のメタファーなんだなって。
『人生の荒波に……』などと言われるように、海は人生のメタファーとして活用される時もある。『マンチェスター・バイ・ザ・シー』なんかはそうだよね。
で、その海から見上げる空には満天の星がある。それこそが彼らに与えられた可能性であって、少年、少女たちの未来なんだよ。
だからプールで先に泳ぎきる→水を早く泳ぎきる→大人になるということのメタファーだと言ったわけ」
カエル「……メタファー論好きだもんねぇ」
浴衣姿で少し不安そうななずな
ラストシーンをいかに解釈するか
カエル「本作が評判が悪い理由ってあのラストなんじゃないかなぁ?
なんていうか、投げっぱなしなような気がして……」
主「自分はやりたいことはわかるけれどね。あえて解釈する余地を残したんだと思うけれど……
あのシーンの解釈によって色々と評価が別れるだろう」
カエル「主はどう解釈したの?」
主「まず、重要なのはあの教室に典道もなずなもいないということだ。それだけで実は充分なんだよ。
これは武内監督が作画監督を務めた『ウテナ』もそうだったし、シャフトでいうと『まどマギ』もそうだったけれど、学校や町というのは学生たちを閉じ込める箱でしかないわけだ。保護している、と言ってもいい。
及川なずなの名前が呼ばれなかったことは誰も疑問に思わない。それは観客も含めてね。
だけれど、島田典道もそこにもういない。これは学校という場所を抜け出して一足早くに大人になったということだ」
カエル「え? じゃあどこへ行ったの?」
主「どこへ行ったなんて無粋なことは聞かなくていいの!
可能性は無限にあるんだよ?
その居場所を描いてしまった瞬間に、可能性は閉じてしまう。そんな無粋な真似はしなくていい……というか、しちゃダメだ!
だからラストシーンは描かない!
それが1番重要なの。未来は……可能性は決まらないから可能性であるんだからね……」
最後に
カエル「こりゃまた相当に長い記事になったねぇ」
主「分割しようかなぁ……これ以上長くなったら、ネタバレありから先は分割するかもしれません。
賛否が分かれるのはシャフトだし予想通りだったよ。しかも、アニメ畑の人も実写畑の人のも倦厭しがちなシーンもあるし、その両方が好きな人じゃないと厳しいものはあるかもしれない。
だけれど、この作画だけでも相当にいいものだと思うし……売れて欲しいけれどなぁ」
カエル「少なくとも主はもう1度は行きそうな雰囲気だしね」
主「ドンピシャではまって、この世界に酔いしれていたからねぇ……
その度に追記があるかもしれませんので、あしからず。自分は相当楽しめました。上手いとはいいません。
あと、新房総監督はハッピーエンド主義者ともいわれていて、これははっきり言えるけれど、ドラマ版よりもアニメ版の方がハッピーエンドでしょう。ドラマ版は……少し苦味のあるラストだけれど、今作はたとえ2人だけの世界にいったとしても……世界系だとしても、やはりどこかへ『駆け落ち』したんだから。
不可能と思ったことを成し遂げている。
万人受けとも言わないけれど……すごくいいアニメ映画だと思います!」
カエル「……世間の酷評に打ちひしがれているけれどね」
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