亀爺(以下亀)
「今回は愚行録の感想を書いていくことにするか。『愚考録』とならんように気をつけんとな」
ブログ主(以下主)
「やっぱり映画をたくさん観ることができるっていいね! 今週末は4作品と少し少なめだったけれど、個人的には大満足な作品が続いたよ!」
亀「世間的には4作品は十分多い部類に入るがの。
今週観たのはすでに感想記事をあげた絶賛記事をあげた『劇場版 ソードアート・オンライン -オーディナル・スケール-』に、酷評になってしまった『一週間フレンズ。』じゃが……」
主「あとは2回目の鑑賞となった『この世界の片隅に』と、本作だね。この世界の片隅に、は1回目よりも2回目の方が楽しめる作品だったよ。恐ろしい存在だよねぇ……
完成度は頭1つも2つも抜けている。アニメだけでなく、邦画も含めてとんでもない作品になっていると感じたね」
亀「ふむ……その話は後々書くかもしれん批評同人誌で書くとして、今回は愚行録じゃな」
主「結構バラエティに富んだ作品になったなぁ……全部邦画になったのは偶然だけど、色々なものが観れて結構楽しかったよ。
自分がアニメが好きだから、というのはあるけれど、アニメ映画は1つ飛び抜けてるね。結局昨年はアニメばかりが叫ばれた1年だったけれど、その意味を実写邦画は考えないと。
まあ、いい実写邦画も多かったけれどね」
亀「世界規模で見れば邦画興行収入を塗り替えたりと、アニメばかりが話題になったからの」
主「まあ、それもまた別の機会で語るとして……それじゃあ、愚行録についての感想記事を始めるよ」
1 ネタバレなしの感想
亀「今作はネタバレ厳禁なミステリー作品でもあるから、感想なども慎重にせねばならんな。わしらも致命的なネタバレはしないと、ここで誓っておこうかの」
主「この先では作品内容に踏み込むことはあっても、この作品の核となる部分のネタバレはしません。ニュアンスなどで伝わる可能性はあるけれど、それもないように注意していきます。少し描写の説明はあるので、そのレベルのネタバレも嫌だという方は『少しネタバレ』で引き返してください」
亀「では、まずは簡単な感想から始めるかの」
主「自分は好きだよ。
この映画は結構面白かったし、2時間飽きることはなかったね。
多分映画レビューサイトでも3,5位で落ち着くと思うし、5点満点をつける人はそこまで多くないと思う。だけど、1という人もほとんどいないんじゃないかな?
決して酷評するような作品じゃないし、癖のある作品だから賛否は分かれるだろうけれど、見る価値は大いにある作品だと思った」
亀「こういうと60点狙いの無難な作品のようじゃが、決してそうではない。結構尖った描写も多かったの」
主「貫井徳郎の作品って、素材としてはいいけれど調理の仕方が難しいと思うんだよね。ミステリーとしても優秀だけど、読後感とか独特だから。
本作の監督を務めた石川慶は今作が初監督という話で、確かに荒い部分などは感じられたけれど、でも中々いい調理だった思う。自分は好きだよ、監督の次回作も是非見てみたい」
亀「その辺りは後々語るとするかの」
今作の主役の妻夫木聡。なんでもできるいい役者です。
(C)2017「愚行録」製作委員会
貫井徳郎と石川監督について
亀「では本作の原作である貫井徳郎の話からするが……中々説明が難しい人じゃの」
主「実際貫井徳郎についてどう語ればいいのかね?
実力も当然あるし、デビューから20年を超えるベテラン作家だし、受賞はしていないけれど直木賞候補になっている。作風も確立されているし、もちろん面白い。
だけど人気があるのかと言われると微妙かな? もっと評価されてもいい作家だけどね。その独特な作風がやっぱりネックなのかな?」
亀「あまり小説を読みなれない人に説明すると、本作のような暗くドロドロとした話が多い作家じゃの。わしも多くを読んでいるわけではないが、読み終わった後はドッと疲れる作品も多い。もちろんこれは褒め言葉じゃ」
主「印象としては『告白』の湊かなえに近い。売れてもおかしくないジャンルだけど、いまいち伸び切れない不思議な作家だよねぇ。
デビュー作の『慟哭』を読んだ時は衝撃だったよ。
あれこそ映画化不可能だし、映画になったら多分大荒れじゃない? それが面白そうではあるけれど。
個人的には『衝撃のラスト!』系はこれくらいの作品でないとなぁって思うくらい。これをデビュー作で書いたのだから、本当に素晴らしい作家だよね」
亀「その癖のある作家を相手にしたのが……しかも貫井徳郎作品では初の映画原作を調理したのが、こちらも初長編映画監督を務めることになった石川監督じゃな」
主「今作はデビュー作でもあるから、少し荒い部分もあるけれど、結構いいと思う。丁寧に作品世界を汲み取っていたんじゃない?
と言っても原作未読なんだけど。でも自分が知っている貫井徳郎らしさはしっかりと映像で表現されていた。映像化が難しい作家だと思うけれど、デビューと考えたら拍手ものだよね」
役者について
亀「今作は豪華役者陣が話題じゃの。
主人公には妻夫木聡を起用したが、昨年『ミュージアム』では殺人鬼役を熱演、さらに『怒り』でゲイや『殿、利息でござる!』では吝嗇な商人を熱演しておったな」
主「『2016年の映画 各部門ごとのベストを選出するよ!』の記事でも書いたけれど、昨年の当ブログの選定する助演男優賞候補でもあったんだよね。惜しくも他の役者を選んだけれど(詳しくは記事を読んでね。上記の文字リンクをクリックで記事に飛びます)近年は持ち前の『いい人の役』からの脱却を図っている節があるよね。
結構器用な役者だし、やっぱりうまいと思う」
亀「妹には満島ひかりが演じておるが……やはりこの手の役が抜群に似合う」
主「自分の中ではやっぱり『愛のむきだし』の印象がすごく強くて、あの映画では気が強いけれど脆い世界一の美少女を演じていたじゃない? なんとなく影があって、たまらない美女だよね。
本作ではガリガリに痩せているからそこは心配だったけれど、それがまた役にぴったりと合っているし、この危うさを抱えた女優ってあんまりいないんじゃないかな?」
危うさを抱えた満島ひかり。やはり雰囲気がある……
(C)2017「愚行録」製作委員会
亀「他にも様々な役者が出ておるの。小出恵介なども出演しておるが……」
主「来月公開の『ハルチカ』にも出ているんでしょ? ただ妻夫木聡が出ているからか、なんとなく小栗旬と被るんだよね。
今作は豪華役者陣と言われているけれど、ぶっちゃけそこまで若手役者に詳しくない自分には区別があんまりつかなかったなぁ」
亀「少し独特な作品じゃからの」
いい味を出していたが、大学生はさすがに……
(C)2017「愚行録」製作委員会
主「もちろん現在の役だけならば区別はつくけれど、時系列が結構入れ替わるんだよね。大学生時代も演じているけれど、そこで印象がガラリと変わる人もいるから、役を覚えるのが大変だった。
あとは……これは仕方ないけれどさ、やっぱり女子大生というには少し辛い部分もあったよね。女性陣も30超えているし、その年齢はやっぱり感じちゃう。
現代のパートは問題ないけれどね。それは役者の問題じゃないから、仕方ないけれど」
亀「主の語る『難しさ』の1つじゃの」
主「小説ならば『太郎』と書けばこの『太郎』は小学生にも老人にもなれる。名前で認識されるから。
でも映像だと役者をコロコロ入れ替えるわけにもいかないし……子役ならともかく、大学生だと同じ俳優が演じるのが普通だし。
その辺りが苦労した部分なんじゃないかな?」
亀「特にダメというわけでもないがの」
以下(若干)ネタバレあり
2 三つの物語
亀「それでは作品に突っ込んで話していくとするかの」
主「本作品は本当に不親切な設計で、監督がちょっと意地悪な部分もあると思うんだよね。途中から『あ、このシーンで監督ほくそ笑んでいるんだろうなぁ』って印象もあるくらい。
脚本でいうと3つの物語が並列して語られるわけだよ」
亀「妻夫木聡演じる田中のゴタゴタの事件
別件の犯罪被害者である田向の過去
友希恵関連の過去じゃな」
主「何が不親切って、このお話の全容が最初に見えてこないことなんだよね。
基本的には田向が被害者である一家惨殺事件を……おそらくこれは世田谷一家殺人事件クラスの大事件なんだろうけれど、それを追う記者の田中という構図になっている。だけど、それを調べるのはいいんだけど、肝心の事件についても映像で残虐な描写はあるけれど、どのような事件か説明してくれない」
亀「3つの事件というと先述の『怒り』を連想するが、あれも最初に残虐な事件に関しては説明してくれたからの」
主「この作品では主人公の記者、田中と共に被害者の過去に迫っていく。そこで様々な『愚行録』に触れていくわけだけど、それは徐々に観客に開示されていく。
だけど、その3つの物語に何の意味があるのか、あまり見えてこないんだよ、序盤は。そこで『ダメだぁ!』ってなる人もいるんじゃない? 自分は好きだけど」
亀「登場人物も増える一方じゃからな」
主「そうだよね。会社員時代の田向がクソ野郎なのはわかったけれど、あの女の子がどうつながるのかな? とか、あの友人が何か関係するのかな? と思いながら見ると、置いてけぼりになるよ」
過去と現実を行ったり来たり
亀「時系列の移動も本来はあまり推奨されないのじゃがなぁ……」
主「本作が難しい理由の1つだよ。この作品って簡単に時系列が行ったり来たりするからさ、それこそ『君の名は。』なんて目じゃないくらい。
しかも、それが規則的じゃない。例えば『現代⇔大学時代』だけならそんなに問題ないんだけど、本作は現代でも時間は進んでいくし、さらに大学時代、社会人時代を行ったり来たりする。
最初に社会人時代を見せて、そのあとに大学時代にいって、そこでのゴタゴタの後に入試の話にいって、さらに戻って……ということが普通に起こるんだよね。これが小説だったら読み返したり、整理する時間が与えられるけれど、映画は基本的に一方通行だからどうしようもない」
亀「しかも登場人物が各時系列で変わる上に、その登場人物がどのように絡んでくるのかわからんというのもあるの。
ある時間軸の登場人物が実は重要だったり、また重要そうじゃがあまりお話に絡んでこなかったり……正直、みんな美女じゃが、区別がつき辛かったわい」
主「その意味では脚本は破綻一歩手前といえるかもしれない。
整合性とかじゃなくて、観客に対してあまりに不誠実だと怒る人もいるかもね」
3 卓越した演出能力
亀「じゃが、主が注目するのはこの演出能力なんじゃろ?」
主「ここが抜群にうまい!
まずはスタートの描写なんだけど……これは実際に観るとわかるけれど、バスの中の乗客がたくさん映る。これがこの『愚行録』というテーマには重要な意味を持つんだよ。この乗客の1人1人……さらに言えば観客の1人1人もまた『愚行録』の枠の中にいるということではないか? と深読みできる」
亀「そして妻夫木が映り、あのスタートを迎えるわけじゃな」
主「席を譲りなさい、と怒られて、退くと実は足が悪かった。若いけれど座っていることには意味があって、怒鳴ってきたおっさんがバツの悪い顔をする、という話だね。
このスタートも面白いけれど、ここで田中という人物の人間性が出ている。妻夫木聡だからさ、なんとなく気弱ないい人なのかな? と思いきや、実は……と思わせるじゃない? これが貫井徳郎作品ぽくて、このスタートで『この作品はハマるかも!』って思ったね」
亀「そして妹との面会じゃの」
主「ここでも本作は抜群のうまさを誇る。
面会の場面で妻夫木が画面に映ると、妹の顔も反射して映るんだよね。だけど、妹の顔が映った時は反射しない。この意味ってすごく大事で、このように『顔の向き』でこの映画は『映画らしい演出』を獲得している。
アニメなどでよく語るけれど、絵だけで説明するということだよ。この2つの場面がラストにつながった時、大きな伏線としてカタルシスを与えるようにできている」
序盤のカメラワークにも注目!
(C)2017「愚行録」製作委員会
カメラワークの妙
亀「カメラワークのうまさは色々と現れていて、序盤の田向たち大人の男たちが如何に酷い男なのか、ということを示す飲み屋の場面があるが、そこでカメラワークと役者の演技で笑っているのか、困っているのか微妙に分かりづらい……受け手に解釈の幅を与える演出ができておったの」
主「そこもそうだし、あとはわかりやすいところでいうと田中のショッキングなシーンでの長回しとかね。あそこは個人的にはもう少しやりようがあったでしょ? という思いもあるけれど、静かにあのようにやることで、作中のやるせなさなどが増幅していると思った」
亀「それから重要なのは、やはりほぼ全体の半分くらい過ぎた場面のシーンかの」
主「田中の色々な過去が語られる場面だけど、ここが抜群にうまいんだよね。
妹は明るい部屋の中で右向きなんだけど、田中は暗い車の中で左向きなんだよ。
ここで実は2人は向き合っているようにも見える。だけど、その心中は全く違う。暗い気持ちの中にいる田中と、むしろ晴れ晴れとして……振り切った、とは違うけれど……やぶれかぶれっていうのかなぁ? そんな気分で語る妹。
本作は結局この2人の関係性に終始するんだよ、といういい描写だよね」
亀「アニメなどでよく語る演出法であるが、右向きの役者は流れに逆らう強い気持ちを抱いておる。左向きの役者は自然の流れ、弱い流れを表しておるとされておる。
主人公は左向き、敵は右向きのという演出が多いのもその舞台や映像作法が元になっておるからじゃが……この映画でもそのような演出が見えてくるんじゃな」
主「その目線で見ると、本作は丁寧なんだよ。例えば、先にも語った長回しのシーンではお互い向き合っているようで実は角度が緩くて曖昧だったりね。
もちろん、妹が正面向いたシーンもあって、そこが意味するところはすごかったでしょ?
こういうのも全部計算されている。爆発力は少ないけれど、いい演出だよ」
最後に
亀「本当はラストシーンについてや、もっと語りたいことも多いのじゃが……残念ながらそれを語るには話の核心に触れることになるためにここまでじゃな」
主「あー! ここからがいいところでもあるのに! すっごく面白いところでもあるのに……残念だなぁ。
とりあえずヒントというか、端的に述べるとやっぱりカメラワークと役者の配置に注目してほしい。そして最初のバスと面会のシーンとの対比とか。そうやって観るとこの映画、丁寧な仕事をしているよ」
亀「まあ、爆発力は少ないかもしれんがの」
主「個人的にはこの映画は『怒り』と被る部分も多いけれど、怒りより断然好きだなぁ。これも相性なんだろうけれど。
あの関係性とかも、結構好きなんだよね。ほら、この映画って……ああ、何を語ってもネタバレになってしまう!」
亀「難儀なものじゃの。読者もわしらもモヤモヤしておしまいじゃな」
主「いやー! でもやっぱり気兼ねなく映画を見に行けるって最高! 同人誌も書き終わったし、今週はまだまだ映画を見に行こうっと!」
亀「……大きな小説の賞の締め切りは3月末が多いがの。
そういえば年始だったかの? 『今年は長編3作くらい書き上げたいなぁ』と語っておったではないか。その発送期限が近づいておるぞ?
アイディアを抱えているだけでは何の意味もない。それを発表することで初めて表現というのは意味があって……」
主「こりゃまた失敬! では退散!」
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まだ数は少ないですが、これから増やせるように頑張ります!