物語る亀

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物語愛好者の雑文

気落ちした時に読みたい漫画『絶望に効くクスリ』の紹介とその感想を語ってみた

 今回のテーマは『しこう』かな?

 

 年末なので……というと変な話だが、今回は少しばかり自分語りをさせてもらおうと思っている。と言っても、ブログというものは『個人の思考』を発表する場だし、いつもと変わらないと言えばその通りなのだが。

 2016年の締めくくりに、ある漫画について語りたいので、今回はそのお話を交えながら、今年のベラベラと書き散らかした『歯垢』を……心の垢を少しは落としていきたい。(少し無理矢理すぎる出だしか?)

 

 

 

 

1 部屋の片づけ

 

 私の部屋には正確に数えたことはないが、おそらく5000冊を超える本があるはずである。(誇張ありかも?)

 そういうと稀代の読書家のようだがなんてことはない。漫画や雑誌を含めているからであり、純粋に活字だけの本となると、その中の2割弱といったところだろうか。何せ、漫画は1巻で完結することがほぼないので、その分本が増えていく。

 こち亀』が200巻『ワンピース』が100巻刊行されているのだから、この両者を全て集めたとしたら、それだけで300冊近い本が家にあるということである。

 

 そんな人間にはこの時期というのはとても辛いものだ。

 大量の本を捨てなければ片付けなどできない。

 だが、その本の多くは『気になったから買った』ものが大多数であり、それを手にした時に『買った時と同じ状況』になって再び読みふけってしまうからである。だから最近は直感的に『ここ3年は読んでいないな』と思った本はなるべく捨てるようにする、という基準を設けるようにしている。

 

 だが、それでもどうしても捨てられない本というものはある。

 その1つが今回紹介する『絶望に効く薬』である

 

絶望に効く薬?ONE ON ONE?セレクション(1) (小学館文庫)

 

 

2 かつてあった出来事

 

 この漫画に出会ったのはどれくらい前だろうか?

 おそらく6、7年ほど前だったと思うが、正確な年は覚えていない。だが、正確な日付は覚えていて、それが12月27日なのである。

 

 なぜ年は覚えていないのに、日にちは覚えているのか?

 それは簡単である。その時期、私は鬱のようになっていたからだ。

 

 

 そんなことを聞くと『あぁ、またブログ界隈でよくみる鬱関係ですか?』と思われがちだが、私の場合はそれを立証する手段がない。なぜならば、元々ストレスには弱く、特に環境の変化に慣れないタイプの人間であるために、少しの異動であったり仕事の変化があると、すぐに体調を崩しやすくなる。

 それは昔から学生時代、さらに言えば児童の時代からそうだったため『鬱のような症状』というのは、もはやいつもの疲れた自分の症状と同じなのである。

 なので、心療内科というものは通ったことがないし、医師の診断がない鬱というのは鬱という立証方法がない。

 

(余談だが、私はストレスチェックを会社で受けさせられた時、会社、上司に対する不満は一番低い値が出たのに、抑うつ性だけはMAXがついたこともある。

 おそらく、自分の『思考』というものが鬱の症状のように診断されやすいタイプということだろう)

 

 

 大体においてはゆっくりと寝て、アニメや漫画、映画などを見て、そして日にちが経てば何とか回復するものである。何せ環境の変化によるストレスなのだから、慣れるまでのお話であり、一過性のものである。

 だが、その時は違った。

 

 漫画やアニメ、映画を見ることもできなくなり、ただ寝ているだけの日々。

 ゲームはできるのだが、それはおそらく『単純作業』だからであり、何も楽しくないのに、それ以外が手につかないからゲームをしている、というような状況だった。(多分引きこもりの子達も、遊んでいるのではなくてそれ以外できないんだろうなぁ……と思うのはこの経験があるからである)

 

 これはまずいと思い、幸いにして年末だが既に手は空いており仕事もなく、さらに最近暗い顔をしているということもあって、体が優れないため少し早めの長期連休に入ることにした。自主的な休業である。

 

 

blog.monogatarukame.net

 

 

本屋を歩き回って

 

 とりあえずは、この状況を打破することが大事である。

 外を散歩でもいいから出歩いて気分転換をしようと適当に街をぶらつき、そしていつものように本屋に入る。

 何も欲しいものもないし、活字も漫画も読めないけれど、物語中毒者である自分に一番有効なのは『現実逃避である物語』であろうと思いながら、ブラブラと歩きまわっていた。

 

 私が昔、特技として習得していたのは『1目で面白い本がわかる』というものである。本屋や図書館で陳列されている時に、ビビッと感性が『この本は面白いよ!』と訴えかけてくる。そしてそれは大体外れない。

 ある年などは小川洋子の『猫を抱いて象と泳ぐ』はその年最大の自分の中のヒット作になるだろうな、と手に持っただけで確信し、そしてそれは見事に大当たりだった。

 

猫を抱いて象と泳ぐ (文春文庫)

猫を抱いて象と泳ぐ (文春文庫)

 

 

 今では少しでも気になると買ってしまう癖がついたためか、そんな出会いは中々しないが、その当時はまだ感性も優れていたのである。

(批評眼がなかっただけかもしれないが)

 

 そして、この本もビビっときたのである。

 棚の中でも一際異彩を放っていたのがこの『絶望に効く薬』の最終巻である15巻だった。

 

 

絶望に効くクスリ ONE ON ONE 15 (ヤングサンデーコミックススペシャル)

絶望に効くクスリ ONE ON ONE 15 (ヤングサンデーコミックススペシャル)

 

 

 何しろこの巻は最終巻ということもあるのか、他の巻の3倍ほど分厚い。

 それだけでもすごいものであるが、私は『この漫画を読まなければいけない』と確信したのだ。

 なぜだかはよく分からない。タイトルのせいかもしれないし、表紙にある太田光などの名前に惹かれたのかもしれない。

 今考えるととても不思議なことだが、まず手始めに15巻を買って帰ったわけである。

 

 家に帰ると一目散に読み始め、最初は『1ページだけでも』と思っていたのが、数日かけて全ページを読み終えたのである。

 

 

 

 

3 『絶望に効くクスリ』とは?

 

 初見の方も多いと思うのでこの漫画について軽く紹介すると、この漫画は『インタビュー漫画』である。芸能人や外国のアーティスト、作家、歌手、政治家、活動家に至るまでたくさんの人が出てきて『試行』の連続の人生について語ったり、自分の活動について語ったりしている。

 この漫画において特徴的と言えるのは『インタビュアーの顔が見える』ということだろう。

 

 作者の山田玲司は当然のことながら実際に出向き、その中で色々と感じたことを漫画という限られた表現スペースの中で連載を続けていた。泣く泣くカットした話もあるだろうし、もっと突っ込んでいきたいところもあっただろうし、もしかしたら漫画を描くのも辛いくらい自分の『嗜好』と合わない人もいたかもしれない。

 だが、山田玲司はその作中において、誰一人として否定することはなかった。

 

 様々な人が出るのだから、その中には評判のあまりよろしくない人物も出てくる。中には後々逮捕をされた人物もいるし、政治家も紹介する以上、色々な批判の声もあるだろう。だが、最初から最後まで一貫してこの作品において、山田玲司は悪いようには書かずに連載を終えた。

 作者自身の思想色も出てくるし、環境問題について並々ならぬ興味を抱いているのはよくわかる。今ではあまり騒がれなくなってしまったが、連載中だった00年代には環境問題は大きな社会問題の1つだったし、そのことに力を注ぐというのもわかる話で、そこを受け付けないという人もいるだろう。

 

 インタビューというのは基本的に聞き手の顔が見えないということが多い。それは呼ばれた側、話す側、つまりゲストがメインだということがあるからだろう。

 だが本作は『山田玲司というフィルター』を通してその人を描き出すため、その魅力が最大限に伝わりやすくなっていると私は感じた。

 

 

 

 

4 15巻を読み終えて

 

 15巻に登場する著名人は多いが、その中でも一般的に有名な人というと須藤元気、ドラクエの生みの親である堀井雄二、囲碁の趙治勲、漫画家ちばてつや、歌手元ちとせ、映画監督森達也などであろうか。

 私は15巻で一番楽しみにしていたのが太田光の話である。

 太田光は賛否の分かれる芸人であるが、あの身を切るような笑いの取り方だったり、時に狂気すら感じるような態度というのがたまらなく好きで、応援している。

(立川談志、北野武なども同じような狂気を感じることがある)

 

 色々な人たちの人生観や話に打ちのめされて、少しずつ思うところが増えていった後に、この最終巻のあとがきが描かれることになる。

 山田玲司は色々な人のインタビューを載せてきたこの漫画のおしまいで、自分のことを語り、そしてそのラストに『手塚治虫』のインタビューを載せた。

 

 もちろん、手塚は00年代にはすでに亡くなっているし、会ったことがあるかはわからない。だが『自分の中の手塚』と相対し、尊敬する人物でもあり、神様と会話をすることによってこの漫画を締めくくることを決断したわけである。

 その中で手塚は語る。

 

 

『一万年後には君を笑うやつもいないんだ』

 

 

 この言葉を見たときに、私は打ちのめされた。言葉としては大したことがない、誰にでも言えるものかもしれない。しかし、ここまで辿ってきた色々な人生や苦悩、人と出会ってきたその総括としてのこの言葉に込められた思いの深さに、私は深く沁み入った。

 この言葉があって、じわりじわりと効き、私は自分の窮地が救われたような気がした。

 

 

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5 全巻を読んでみて

 

 もちろん、それ以前の巻もすべてまとめ買いして、一気に読みふけった。

 そうすると、非常に面白いことがわかってくる。

 

 初期の『絶薬』はそれほど面白くないのだ。

 まだ『試行』錯誤を繰り返し、どういう風に描くかということに、迷いがあるように見える。

 だが、書いていくうちに1話につき1人ということもなくなり、中には1人のインタビューを載せるのに4話、つまり1ヶ月分の連載をしたこともある。そのような試行錯誤を繰り返す中において、より純化されていったように思う。

 

 特にそれが顕著に出ていると思うのが『作者の写真』である。

 初期の頃の写真はサングラスをかけて、ベランダのようなところで空を、遠くを見つめているという写真だった。その顔は見えないし、どこかスカしているようにも見える、ヤンキーの兄ちゃんのようである。

 だが、10巻からそれは変わり、正面を向き、しっかりと顔を見せているのである。この時点において『本当の自分をさらけ出す』という決意がありありと伺える。

 

私の好きな話

 

 最後に、特別気に入った人を上げていこうと思う。

 

 やはり欠かせないのが3巻に登場した五味太郎加藤登紀子だろう。私はこの漫画で五味太郎の存在を知ったが、その強烈な人間性に惹かれてその著作を読み漁り、そしてその思想性の強さに惹かれていった。

 下にあげた2作は『子供と大人』という問題、教育問題にメスを入れる作品であり、ぜひとも読んでもらいたい。

 必ず賛否がある内容だし、全面的に賛成という人はいないだろう。だが『こういう考え方もある』ということが素晴らしいと思う。

 

大人問題 (講談社文庫)

大人問題 (講談社文庫)

 
さらに・大人問題 (講談社文庫)

さらに・大人問題 (講談社文庫)

 

 

 そして加藤登紀子は何と言っても『愛の人』である。

 私はあまり愛について語る人を信用していないが、加藤登紀子と岡本敏子の言葉は多くの人に聞いてもらい、その思いを深く感じ入ってほしいと思う。

『愛するとは何か?』

『愛されるためにはどうすればいいのか?』

 そんな悩みが一瞬で吹き飛ぶような金言が多く込められている。

 

 作中で語られていた『一生君を幸せにすると言ってほしくない』や、『私以外の人には親切で優しいの。その時に優越感を抱いた』という言葉には感銘を受けた。

紅の豚』の『時には昔の話を』などが有名だが、あの深い詩の世界が生まれたきっかけがどこにあるのか、その理由がわかる気がしてくる。

 

  こちらの本がオススメ

青い月のバラード―獄中結婚から永訣まで (小学館文庫)

青い月のバラード―獄中結婚から永訣まで (小学館文庫)

 

 

 他にも井上雄彦、ノッポさん、宮城まり子、角川春樹、大槻ケンヂ、寺脇研なども深く感じ入るものがあった。

 人によって合う、合わないはあるだろうが、必ず1人は『面白い!』と思える人が出てくる漫画だと思う。

 

 

 

 

最後に

 

 気もちが落ち込んでいる時の最大の問題点は『視野が狭くなる』ということだろう。

 仕事だけが人生じゃないし、その悩みだけが人生であるはずがない。少し目をそらせば色々な人生があり、道があり、ものがある。そういった他の物や道筋に目がいかなくなる……それが鬱や気落ちした時、悩みの怖さである。

 

 だけど、そんな時こそ色々な世界を見てほしい。

 その先にある未来に何があるか?

 本当に悩むような未来しかないのか?

 他の道がないのだろうか?

 

 このインタビュー集を読んだ後、人生はきっと何も変わらない。なぜならば、自分の人生を変える行動は何も起こしていないからだ。

 だが『こんな人生もある!』ということを強く思うきっかけにはなると思う。

 

 意識が変われば、世界が変わる。

 もはや誰もが口にする言葉だが、それはその通りである。その意識を変える第一歩として、この漫画を強くお勧めしたい。

 

 この漫画は『至高』の漫画である。

 

 

 

非属の才能 (光文社新書)

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