クリント・イーストウッド最新作の『運び屋』の2つ目の記事です!
こちらはネタバレ込みで語っていこうか
カエルくん(以下カエル)
「それだけ語りたいことがたくさんあるから大変だよねぇ……」
主
「なお、ネタバレなしの感想だけを読みたい方は以下の記事へ飛んでください」
カエル「この記事ではネタバレ込みで考察していきます!
書いていることは
- イーストウッドの人生と運び屋
- 近年の作品のリアリティと比較して
- トランプとイーストウッド
- アカデミー賞とポリコレと運び屋
- 白人の歴史を体現してきたイーストウッドの思いとは?
以上のようになっています!
上のラインナップ1つ1つについてガッツリと語っているので、1万字超えの相当長い記事になっています!」
主「読み応えがある面白い記事だと思ったら、ブクマ、Twitterなどをお願いします。
それだけ力を入れているので!
では、記事を始めましょう!」
(C)2018 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED, WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC
作品考察
重いテーマを軽く見せる
では、まずは何から話すの?
今作はとても”軽い”映画に仕上がっているんだよ
カエル「予告編でもあんなに重そうな作品であることをアピールしているのに、その実態はとても軽いからびっくりだよね。
運び屋のシーンなんてやっていることは大量の麻薬の運搬なのにもかかわらず、歌を歌いながら陽気な音楽がBGMで流れて、ただのドライブのようだったし……」
主「本来ならば……一般的な作家であれば、これほどの社会性を持つ作品はそれなりにシリアスにしてしまうけれど、今作はコメディなんだよね。
そして何が素晴らしいって、今作が10年ぶりのイーストウッドの監督・主演作品ということ!
もちろん、10年ぶりというだけでもファンからしたら嬉しいけれど、その内容がこれだよ?」
カエル「僕の感覚からすると『グラン・トリノ』で自らの集大成のような役を演じきったあとなんだから、今作でも相当気合を入れて重い役を演じそうなものだけれど……そうじゃないんだよ」
主「クリント・イーストウッドといえば、今や誰もが認める巨匠でもあるわけです。もはやその知名度や名声は現役ハリウッド監督では、No1と言ってもいいくらいだし、先のアカデミー賞でもやる気があまりないのか、ロビー活動をほとんどしていないかったという話も聞く。
アカデミー賞すらも”アガリ”を決めた存在……それがイーストウッドなんですよ」
カエル「それだけの巨匠の……年齢からすると最後になってもおかしくない監督・主演作品がコメディになるっていうのは、凄いことだよね……」
主「偉そうに全く見えないんだけれど、今作は紛れもなくクリント・イーストウッドだからこできる作品に仕上がっているんだ」
女好きなお爺ちゃん
今作では……いわゆる娼婦のような女性たちに対してのアプローチとかも驚愕だよね……
90歳のお爺ちゃんが”ダブル”で楽しむって相当ですよ
カエル「それ以外でも年連を問わずに女性に次々と声をかけていくし、なんというエロジジイ……と思いきや、それもまたイーストウッドの魅力でもあって」
主「役で言えば俳優としての代表作に当たる『ダーティーハリー』でも……偶発的な要素があるとはいえ、他人の家の濡れ場をじっと見つめる刑事の役を演じていたりするしね。
そして何よりも、イーストウッド自身が性豪でもある」
カエル「奥さんは2人だけだけれど、愛人報道を受けた人は6人ほど、子供が認知しているだけで7、8人……そしてその陰にはたくさんの女性と一緒に歩いている姿を目撃されており、本人もあっけらかんと女性関係について公表しています。
そりゃアメリカを代表する俳優だし、お金もあるからモテるのは納得だけれど……もう90歳にもなろうかっていうお爺ちゃんなのにね」
主「アメリカの老夫婦を描いた作品などでは、お年を召してもセックスする姿が映されたり、60代以上のお年寄りが『久しぶりなの』っていうから、てっきり10年20年レベルの話かと思ったら『2年ぶり』っていうから、平均的に元気なことがあるんだろうけれど……イーストウッドは別格。
日本でも不倫報道は致命的なスキャンダルではあるけれど、まあ歳もあってイーストウッドの場合は笑い話ってことになるのかな」
カエル「良くも悪くも昔の俳優さんって印象だよね。
それでも太く長く元気に活動しているのが驚愕なんだけれど……」
主「ちなみに……今作の主人公であるアールはデイリリーという百合の花を育てている。
これは映画の元になった方が実際にデイリリーの品評会でも賞をとるような人だったことを描いている。
そのデイリリーの花言葉は『媚態』『一夜の恋』などがあって……まあ、この映画らしいよ」
カエル「他には『苦しみからの解放』『宣言』などもあるから、この映画向きの花なんだね」
主「まあ、アメリカの作品で花言葉がどこまで有効なのかという問題もあるし、そもそもたくさん意味がありすぎていくらでも解釈できるものなんですけれど……この偶然の一致が作品を象徴していると思うと、面白いところがあるよね」
デイリリーを配るアール
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家族を出す意義
それでいうと、本作は実際に娘さんであるアリソン・イーストウッドが映画内でも娘役で出てくるね
ここがイーストウッド映画らしい”家族主義”の映画になっている
カエル「上記のような女性関係に加えて、当然のことながら役者としての仕事も非常に精力的な人であるため、家庭を顧みない部分はどうしてもあったということ。
イーストウッド自身はインタビューで”この映画のアールほどじゃないよ”と笑っているけれど……父親が思っている以上に子供たちは寂しい思いをしているということもよくある話だから、どこまで信じればいいものか……」
主「特にアリソンの場合は生まれた直後に最初の奥さんと別居しているから、余計に寂しい思いをさせたであろう。
作中での罵倒は全て、クリント自身にアリソンがむけているものと思っても問題ない。
いやいや……本当に素晴らしい。
みんな知っているとはいえ、自身の暗部をさらけ出すことをこの歳になって躊躇なく描いているんだからね。
他にもイーストウッド家は映画関係者が多く、俳優のスコット・イーストウッドや音楽家のカイル・イーストウッドなどがいる」
カエル「近年は家族を起用することも多くて、カイルなんかは『グラン・トリノ』の音楽を担当し『マディソン郡の橋』などでは俳優としても起用されているよね」
主「インタビューでもなんども語っているのだけれど、本作は”家族に対する贖罪”の映画なんだ。俺も過去のことであまりにも好き放題やりすぎた、申し訳ないって気持ちがすごく大きい。
そしてイーストウッド作品に息子や家族を多く出演させているのは、その思いがあるからなんだろう。
公私混同ではあるけれど、それらが全て許されてしまうのがイーストウッドの魅力でもあるのかもね」
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近年のイーストウッド映画のリアリティへの挑戦
でもさ、本作って作品年公開の『15時17分、パリ行き』などとは毛色が違うよね?
ただ、イーストウッドが目指すものとは合致していると考えている
カエル「イーストウッドが目指すものというと……リアリティへの追求?」
主「近年でも映画のネタを探すために新聞を読んだり、勉強を欠かしていないと言われているけれど、物語調の作品はある程度の段階で……史実に基づかない作品って、それこそ『グラン・トリノ』が最後なんじゃないかな?
それ以降は映画のリアリティへの挑戦を幾度となく行っている印象だな」
カエル「ふむふむ……でもさ、本作は史実に基づいているけれど、実際の犯人やその家族とは連絡がついておらず、ほぼ自分の想像で描いているんだよね?
それをリアルとは呼べない気が……」
主「いやいや、そんなことはないよ。
リアリティの更新への挑戦を何度も続けているけれど、今作はある種の究極のリアリティを獲得している。
それは実際にあった出来事を再現する、というこれまでの形のリアリティではなく、”クリント・イーストウッドという人生の再現”のリアリティなんだ」
カエル「つまり、この映画はイーストウッドそのものが出ていると?」
主「もちろんそうだよ。
確かにイーストウッドは薬の運び屋なんて一切していない。家族関係も虚構……というより、映画よりももっと複雑なことになっている
半自伝的な内容ではあるんだけれど、半分は虚構なんだ。
だけれど、この映画には”イーストウッドの意思”としか呼べないようなものがたくさん詰め込まれている。
それは多くの映画が監督などの意思が詰め込まれているけれど、役者として、スターとして国民が注目してきた人間だから、その濃度が桁違いなんだ。
だから、今作は……そもそも90歳近くで車の運転ができるくらい元気な役者がほとんどいないということもあるけれど、イーストウッド自身が主演を果たさなければいけない作品でもあったんだよ」
本作と社会的なつながりについて
差別用語が乱舞する映画
この作品って現代の基準で語るとヒヤヒヤするシーンがとても多いよね……
それこそ、リベラルな人には受け入れられない描写もあるだろうな
カエル「黒人に対して、うっかりとはいえ『ニグロ』と発言してしまったり、体の大きな女性を男性扱いしてしまったりね。
それから、大元の設定だって”メキシコの麻薬を運ぶ”というのも、このトランプが壁を作ろうとしている現代ではとても重い問題であり、描写であるわけで……」
主「大手レビューサイトのロッテントマトでは批評家、観客ともに70パーセント程度の支持率を集めていたけれど、自分にはとても大きな数字だと思う。というのも、今作は決して”お利口な映画”ではない。
おそらく、拒絶反応を示す人だっているだろう……いくらアメリカの英雄であるイーストウッドの映画とはいえね」
カエル「それでも7割支持というのは、それなりに高い数字と言えるのかな……」
主「『アメリカン・スナイパー』も強烈な賛否が巻き起こったけれどそれだけ社会性が強くてアメリカにとって大事なことをテーマにしている証拠でもあるんだよね。
そしてそれは、何度もインタビューで語っていたことを、自ら実践することにつながっているんだ」
トランプ批判・ポリコレへの回答
イーストウッドは共和党支持者であり、先の大統領選でも消極的ながらもトランプを擁護をしていまします
実際にはヒラリーはNoというだけだったようだけれどね
カエル「トランプ旋風が巻き荒れる中で、激しいバッシングは起きた時にイーストウッドは
『軟弱な時代になった』
『誰もが言いたいことを言えない社会だ』
と語っています。
トランプの発言には批判する部分もあり、必ずしも同調はしないけれども、それを正義のようにようにレイシストのレッテルを張り続ける動きにはうんざりしている、ということです。
トランプ云々というよりは、ポリコレへの批判の面が非常に強いのかな」
主「今作はイーストウッドは自らが脚本、主演を果たすことによって、このポリコレ批判を鼻で笑っている。
上記のような差別的な発言もあるけれど、それはあくまでもうっかりと口から出てしまったものであり、差別主義に基づくものとは言い難い。そもそも、90歳のおじいちゃんが昔から使われていた”ネグロ”などの言葉をうっかりと出てしまうことは、ありうることなのではないだろうか?
そしてその様々な不謹慎なことを笑いにしているんだ」
カエル「すごいよねぇ……1番笑ったのがマフィアのトップに対して『何人撃ったらこの家が建つんだ?』って発言でさ、それを言ってしまう元軍人の肝の強さと、空気の読めなさにも笑っちゃうね」
主「本作が明るく、楽しいコメディ映画に仕上がっているのは驚異的なことでもあるんだよ。
それらの社会的なメッセージ性がとても強く出ているのに、軽い。
これはとても高く評価されるべきことだおる。
コメディは社会や政治を語るためにある、というのは自分がよく語るけれど、本作もまた同じ効果を発揮しているね」
(C)2018 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED, WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC
アカデミー賞への皮肉?
そしてそれがアカデミー賞にもつながってくる、と……
今年もアカデミー賞は単なる政治ショーだったじゃない
カエル「えっと……まあ、楽しんでいる人も多いですし、そもそも賞レースというのは審査員の思惑が絡むものなので、それが政治的な意図によるということもよくある話ですが……」
主「それこそ、イーストウッドが語る『軟弱な時代になった』ことの象徴がアカデミー賞だよ」
カエル「……言葉を選んで慎重にね」
主「例えばアカデミー賞の映画たちは政治、差別、同性愛などの社会問題が入っている作品が非常に多い。それ自体は特に問題だとは言わないけれど、それはすでに映画の出来などとはまた違うところにある。
最近は”ホワイトウォッシング”などの批判を過剰に恐れている部分もある。その結果が今のアカデミー賞になっていて、確かに黒人をはじめとした有色人種への差別は、日本で語る以上のものがあるのだろう」
カエル「それに対して問題意識を持つのは大事だよね」
主「だけれど、その結果……黒人が男優賞、女優賞を獲っても『ホワイトウォッシングを恐れたからだ』という思いがどうしても抜けない。
もちろん、2019年に受章したマハーシャラ・アリの演技は絶賛されるべきものであるけれどね。
それに作品賞を獲得した『グリーンブック』自体も、非難の声もあり賛否が分かれているけれど……それはもう映画の評価ではなく、政治的なプロパガンダとしての評価になってしまっている」
カエル「あくまでも個人の感想です」
主「それらの傾向に対して、イーストウッドは1つの答えを示した。
軟弱な時代だからこそ、それに異を唱えるような強い作品を作り上げた。
その心意気に拍手喝采ですよ!」
差別の先にあるものを描く作品
……なんか、この部分を読むとイーストウッドやうちが差別主義者のように見えるかもしれないけれど……
いやいや、この映画を見ても本当に”差別主義者だ!”と言えますか?
カエル「何度もあがるけれど『グラン・トリノ』では人種差別をテーマにしながらも、強烈な差別主義者が転向し、その身を挺してマイノリティの家族を守るという描写がある物語です。
近年のイーストウッド映画を見ていても『 J・エドガー』で同性愛者を扱っていたり『インビクタス』では名優モーガン・フリーマンを起用して南アフリカのネルソン・マンデラを中心とした白人と黒人の融和のお話を作ったりと、多様性に満ちた作品を作り上げています」
主「とは言っても、基本は白人の物語が多いんだけれどね。
今作だってそれは同じで、メキシコ系の麻薬カルテルなどを描くことによって、ある種の差別を煽動している映画と受け取る向きもあるかもしれない。だけれど、それは大間違いです。
なぜならば、この映画に出ている麻薬カルテルの人間たちは気のいい男が多く、1人1人は決して悪ではない。
でも、そんなことは当然であり……もちろん麻薬カルテルは絶対悪だけれど、そこの人間たちが全員が悪党であると事もないわけだ。貧しい境遇などがそのような状況にしている、ということもあるでしょう」
カエル「当然のことのようだけれど……でも、それを理解しろと言われても難しいかなぁ」
主「この映画はさりげない偏見に溢れている。
例えば、アールがなぜ警察に捕まらないのか? と言われれば、それは彼が”白人”で”逮捕歴も違反歴もない”上に”高齢者”だからだ。
麻薬の運び屋をしているとは夢にも思わない。
それはやはり白人優位の偏見でもあるんだよ。
だけれど、それをサラリと描いている。
我々の一般社会でもそれは同じで、前科や国籍などを中心とした差別や偏見はある。だけれど、それをあると認めた上で、ではどうするのか? ということを描いているんだ」
グリーンブックと本作
<p
>2019年のアカデミー作品賞を受賞したグリーンブックと被る部分も多いよね
この2作を比べてみると、相当面白いよ
カエル「簡単に挙げていくと、このようになります」
- 白人の年配の男性が主役
- 差別や偏見もテーマにある
- 車の中のシーンが多い
- 何かを運ぶ物語
これだけ見るとこじつけにも思えるかもしれませんが、グリーンブックに登場する主人公、トニー・バレロンガとイーストウッドは共に1930年生まれの同い年でもあります。
作中の年代や運ぶのが黒人と麻薬という大きな違いもあるものの、似通っている部分もあるね……」
主「だけれど、この2つは描きかたが全然違うんだ。
自分はグリーンブックに……どちらかといえば懐疑的な見方をしているけれど、その理由の1つは差別の背景が一切描かれていないこと。例えば、当時は教育水準も低くて治安を悪化させる要因の1つとも考えられてきた。
もちろん善良な方が大多数だけれど、それはメキシコ系アメリカ人の移民の大多数は善良な人だけれど、中には麻薬カルテルの息がかかった人もいる、というのと同じだよね」
カエル「差別はダメだけれど、メキシコの麻薬戦争は本当にひどい状況で……
2016年には麻薬カルテルと戦うことを宣言したギセラ・モタ市長が就任翌日に自宅に武装した男に侵入され、両親の眼の前で殺害されています。
またマフィアと戦う女性市長であるマリア・ゴロスティエタが数度にわたり暗殺されかけて結果旦那さんも亡くなり、2012年には殺害されてしまいます。
首長ですらも対策することができず、警察も腐敗しており誰が味方かもわからない混迷……それがメキシコの麻薬カルテルです」
主「そんなところから大量の麻薬が流入してくる現状があるからこそ、トランプの壁が支持を集める。もちろん、白人の憂さ晴らしのような面もあるだろうけれどさ……
- グリーンブック→悪事や背景をあまり描かず差別はいけない、という描き方
- 運び屋→メキシコ系の悪事も描きつつ、必ずしも悪だけではないという描き方
そういったマイナスな側面をちゃんと描けているのか、というのはとても大きいことだよ。
本作は第1のテーマとして差別反対をうたった作品ではないけれど、この描き方があるからこそ、社会性の強い物語に仕上がっているんだ」
クリント・イーストウッドの思いとは?
イーストウッドの過去作と比べて
では、今度は”イーストウッドの映画”という側面から見てみましょう!
これほど、イーストウッドの思いが詰まった映画もそうそうないよね
カエル「まずはイーストウッドの過去作を振り返ろうということだけれど……」
主「俳優としてはみんなご存知の通り、西部劇を中心に活躍したスーパースターである。
だけれど、決してかっこいいだけの俳優ではないんだ。
その代表作である『ダーティ・ハリー』は警察官だけれど、決して全てにおいて公正明大な正義のヒーローというわけではない。むしろ、何度も違法な捜査などを行い、そのラストもビターなものになっている」
カエル「意外とと言っては失礼かもしれないけれど、娯楽映画ではあるんだけれどそれだけじゃないよね……ちょっとだけ後味の悪さがあるというか……だからこそかっこいいんだけれど。
このあたりは監督のドン・シーゲルの作家性もあるのかな?」
主「よく言われるけれど、映画監督としてのイーストウッドはドン・シーゲルの影響が強いということなのだろう。
その後も監督作を繰り返し『許されざる者』にて、高い評価と興行成績を記録する」
カエル「それまで西部劇の英雄だった男が、銃を置くという話だよね。
そういえば……あれ以降、西部劇のような銃を撃つ役はなかったような気がするなぁ」
主「そして『グラン・トリノ』ではさらに先に行き、かつて英雄だった男が銃を置いたその後を描いている。そしてそれは白人の隆盛と衰退の歴史とも重なる部分がある。
その意味ではダーティ・ハリー→許されざる者→グラン・トリノという流れはイーストウッドがたどってきた白人の歴史を示すものになっているんだ」
白人と英雄の歴史
白人の歴史を体現している男、だもんね
イーストウッド抜きでハリウッド映画や白人について語ることは難しいよ
カエル「かつては隆盛を極めており、白人様万歳! な時代もあったとはいえ、時代が進むにつれてその地位は揺らいでおり、今に至ります」
主「かつては白人がスターであり、英雄であった時代があった。
それこそイーストウッドを始め、アーノルド・シュワルツェネッガー、シルベスター・スタローンなどがアメリカを代表するスターだった。
今ではその肉体派の映画スターの地位にいるのは……まあ、ロック様こそドゥウェイン・ジョンソンということになるのだろう。
つまり、マッチョなスターの座も白人ではなくなった。
とは言っても、未だに白人の名優もたくさんいるんだけれど」
カエル「昔に比べたら黒人やスパニッシュ系などの有色人種の割合も上がってきているし、当然といえば当然の流れで、今が過渡期だからこその混乱なんだろうね」
主「そしてイーストウッドの映画を”英雄”というキーワードで見てみよう。
もちろん、イーストウッド自身が映画スターであり、ある種の英雄であった。
かつてのアメリカは軍人が英雄の地位にいたんだよ」
カエル「今作でもアールは元軍人という設定だよね」
主「だけれど、軍人が英雄になれた時代はもう終わった……それこそ冷戦終結ぐらいになるのかな?
その後は9.11を経て、テロとの戦争の時代になるけれど……ここからは『アメリカの正義』を模索する時代になる。
それはアメコミ映画……とりわけ正義の味方を直接的に語るDCやmarvelの映画が象徴的だろう。
イーストウッドの映画でも『アメリカン・スナイパー』において軍人がかつての英雄ではない、ということを描いており、賛否を巻き起こした」
カエル「あの映画はイーストウッドがイラク戦争に反対していたということもあって、原作とも大きく変えられていたことが印象的だったなぁ」
主「そして『ハドソン川の奇跡』では、誰もが911を連想する状況で危機を乗り越えた機長を英雄として描いている。
さらに『パリ行き』では軍人ではあるけれど、彼らの行動がある種の運命的なものであり、英雄的な行いであることを描いているんだ」
カエル「……言うなれば『軍人』とかのステータスが英雄なのではなく、行動こそが英雄であるということなのかな?
それを聞くと当たり前な気もするけれど……」
主「だけれど、本作は……かつては軍人であり、強い男であったアールが悪事に手を染める様を描き、過去の行いに対して反省している姿を描いている。
堕ちた英雄について語っているのが印象的だな」
ブラットリー・クーパーの存在
ブラットリー・クーパーはこの映画でもとても印象的な演技を披露していたね
彼がいることによって、本作は特別な意味を持った
カエル「彼の執念こそがアールの最後を決めたわけだしね……」
主「この映画の面白いところは、決してアールの運命は変わらないところなんだ。
あのまま真っ直ぐに薬を運んでいても当然警察に捕まるし、寄り道しても危ういところではあったけれどコリン捜査官の執念によって逮捕される。
つまり、あの仕事を始めた時点で結末は決まっていた」
カエル「そう考えると『パリ行き』などとも似ているのかなぁ……もちろん、史実を基にしているから当然の流れなのかもしれないけれどさ」
主「同時に、コリン捜査官は”若き白人”の象徴でもある。
アールは”老いた白人”なんだよ。
その2人の対面するシーンは非常に印象的で……それこそ朝食のカウンターなどはドキドキもあるけれど、面白いシーンでもあるよね。
普通は捜査官って知っているのに近づかないけれど、そこがアールの肝っ玉の座ったところでもあってさ」
カエル「ラスト付近の2人の会話なんて『俺みたいな家族を顧みないことをするなよ』って若い人に説教していたしね」
主「それだけ語りたいことがたくさんあるんだろうけれど……ここで注目したいのが、その相手がブラットリー・クーパーだったということだ」
(C)2018 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED, WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC
継承される思い
やっぱりクーパーじゃないと、この映画は成立しないのかな?
当然! 今作は”イーストウッドの半自伝的映画”であり、リアリティの映画だよ?
カエル「ということは、ラスト付近のあのシーンも見方が変わるの?」
主「ほぼ間違いなく、イーストウッド自身が後継者にブラットリー・クーバーを指名して、思いを継承するように託した、と見るべきなんじゃないかな?
もともとこの2人の師弟関係は一部の人の中では有名であり『アリー スター誕生』も本来はイーストウッドが監督する予定だったものを、クーパーが引き継いでいる」
カエル「同じように俳優出身の監督であり、今年のアカデミー賞でも高い評価を受けているもんね」
主「この老いた白人と若い白人の話は、そのまま俳優出身の監督としての継承にもなるのではないだろうか?
イーストウッドが『恐怖のメロディ』にて初監督を務めたのが41歳。一方のブラットリー・クーバーは製作も何度も務めているとはいえ、初監督は43歳と歳も似たような時期だ。
そういった様々な思いが交差し、継承されていったのが本作であるわけだ
だから、イーストウッドのありとあらゆる思いが詰まっており……これを高く評価しないで、何を評価するんだ? という作品になっている」
まとめ
では、この長い記事のまとめです!
- イーストウッド自身の半生をまとめたような、半自伝的作品!
- ポリコレなどの風潮に対して身を挺して異を唱える!
- 白人の歴史を体現してきた男らしい最新作!
- 愛弟子、クーパーに対して思いを継承した!
これだけ色々なものが詰まりながらも、初見さんでも楽しんで見れるんじゃないですかね?
カエル「うちはどうしてもイーストウッドファンの目線になるけれど、初めて演じている作品をみる! という人にもオススメしたいね!」
主「あ〜……やっぱりイーストウッドはいいわぁ。
結構な文字数で書いたけれど、これから見直せばまた書き足りないことも増えていくでしょう。
これほどの作家性と娯楽性に溢れた監督はそうそういないだろうし……本当に最高の名優件監督だとだと思います!」