亀爺(以下亀)
「今回は実際にあった、カーネギーホールで大絶賛されたという、史上『最悪』の歌姫、フローレンス・フォスター・ジェンキンスを扱った映画の記事じゃな」
ブログ主(以下主)
「この映画が200館クラスというのが驚きだよね。普通はこの手の映画って、多くても50館前後の印象があったからさ。派手な題材でもないし、特別人目を惹くような映画でもないし」
亀「やはりメリル・ストリープが主演を務め、さらに主演男優がヒュー・グラントと言うのも大きいのかの?」
主「自分は海外の俳優はよくわからないけれど……白人や黒人って、みんな同じに見えちゃうような大雑把な人間だけどさ、海外映画でも俳優人気が高いと興行収入に影響してくるのかね?
日本だとあからさまにアイドル的な人気を誇る俳優や若手女優を使うことが一般化しているけれど……」
亀「どうじゃろうな。どれほどの人が俳優を意識してみにいくのかは、わからんの」
主「初めてこの映画の予告編を見たときは、小規模公開の映画を中心に上映する映画館だったような気がするんだよなぁ……まあ、それはいいや。
じゃあこれから感想記事を始めていくよ」
あらすじ
大金持ちにして社交界のスターであり、豪華な生活を送る気前のいい女性、フローレンス・フォスター・ジェンキンス(メリル・ストリープ)は、音楽をこよなく愛しており、音楽愛好家のクラブを作り、時には舞台に上がることもある日々。
しかし、彼女には致命的な欠点があった。
音痴なのである。
俳優を目指していた夫のシンクレア(ヒュー・グラント)は、観客やマスコミを買収して絶賛させたり、持ち前のアドリブ力によってフローレンスの音痴を彼女に諭されないように見事にフォローしていた。
そんなある日、彼女はカーネギーホールで歌うと言いだして……
12/1(木)公開『マダム・フローレンス! 夢見るふたり』予告編
1 ネタバレなしの感想
亀「ではネタバレなしの感想から行くが……中々に絶妙な映画であったの」
主「一番の肝である『音痴』という設定が、結構うまく機能しているんだよね。なんていうか『絶妙に下手』という感じがよく伝わってきた。
音痴だと思うからもっと自信がなさげだったりとかさ、大げさに音程を外してくるのかな? と思ったら、そうじゃないんだよね。まさしく『絶妙に下手』なんだよ」
亀「しかも自信満々に歌うからの。しっかりと声を出して、本人は上手いと思っておるという演技がしっかりとできておった」
主「そういう部分も含めて映画としては絶妙なバランスの上に成り立っているなぁ、と思ったよ。もっと面白おかしくするために、色々といじっくたりさ、大げさにすることもできるけれど、あくまでも現実に実在した人間であるという敬意を持って制作されていると思った。
脚本も会話が複合的な意味を含んでいたしさ、詳しくはネタバレ記事で語るけれど、きっちりと対比構造を見せてマダムの異質さをさりげなく出していたし。
この作品コメディっていう人も多いし、作品紹介でもコメディとされているけれど、もっと笑わせようと思えば大げさにして、下品にすることもできるんだよ。だけど、そうなっていないのは監督やスタッフの良心やバランス感覚の良さが見受けられた」
亀「笑いどころも多いが、大爆笑というわけでもないの」
主「個人的には笑えなかったけれどね……いや、笑いが寒いとか、そういうことではなくて……すごく切実な問題を抱えた笑いだからさ、ちょっとこの映画を見て笑うことは憚られたというか……
詳しくは後述するね」
キャストについて
亀「この映画がいいバランスの上に成り立っておるとしたら、それはメリル・ストリープとヒュー・グラストのおかげかもしれんの」
主「やっぱり名優だよね。映画紹介とかだと主人公はメリル・ストリープとされているだろうけれど、本作の主役はヒュー・グラントの方なんだよ。実際にクレジットロールでも一番上に来ているのはヒュー・グラントじゃなかったかな?
物語を通して最も変化する存在だしね」
亀「ではまず、メリル・ストリープについて語るが……さすがと賞賛したくなる『へたくそな歌』じゃたの。本来は歌のうまい女優であるが、この演技の……勘所というか、絶妙なバランスを理解した歌声じゃったわ」
主「原盤の音声を聞いても、見事に再現されているんだよ。録音環境とかも整えて、ノイズも整えたらどっちがどっちかわからないんじゃないかな?
もちろん、その再現性も素晴らしいけれど、映画として聴き苦しくない下手くさ、というバランスも保った歌声だったよね」
亀「この映画は1歩間違えると単なる『金持ちの道楽映画』になるところを、うまくカバー出来ておるからの。それもメリル・ストリープの、憎めない愛嬌のある演技ゆえのものじゃの」
主「一方のヒュー・グラントも良かったね。
個人的には『Re:LIFE~リライフ~』以来に見たんだけど、やっぱりかっこいいわ。リライフもいつか記事にしたい映画で、オススメだけどそれはいいや。
やっぱり、飄々としたカッコイイ男だよね。アドリブ能力も高いし、ダンスをしても様になるという男。これは誰もが惚れるよね」
亀「相手がメリル・ストリープと10以上も年上だと難しいところもあるじゃろうが、しっかりと演じておったしの。
今回の役は『金目的の結婚なんじゃないの?』と思わせる部分もあるが、それを意識させつつも、しっかりと魅力を出し、さらに変化を演じるという難しい役ながらも上手いこと演じておったの」
主「他の役者も良かったよ。ピアニストのコズメ・マクムーンを演じたサイモン・ヘルバーグも気の弱そうな、いい人お兄ちゃんを熱演していたし。
……なんとなく風貌も相まって新垣隆を連想したけれどね」
以下ネタバレあり
2 脚本のバランス
亀「ではここからはネタバレありの記事になるが……まずは脚本が良かったの」
主「この映画ってすごく難しいバランスの上に成り立っている部分もあると思うのよ。だってさ、観客は買収しているし、不倫はするし、おそらく夫婦間に愛はなさそうだし、お金目的の結婚みたいだし、歌は下手だし……という、すごく大人の黒いドロドロとした部分も含んでいる。
だけど、それが目につかないように綺麗に丁寧に描かれているんだよね」
亀「その一部が台詞のうまさじゃの」
主「そう。音楽の先生が『課題は多い、だけど今まで一番良い!』なんていうのは、実際その通りなんだよ。この言葉の使い方が見事だよ。教師や上司のような、人を指導する人に見習ってもらいたい。
この言葉の真意って『ド下手だけど、今まででは一番良いよね』って意味じゃない? だけど、それを直接言わないことによって上品な雰囲気を醸し出している」
亀「他にも『バカンスに行っているからコンサートには行けない』とか『他の生徒が嫉妬するから私が指導したことは黙っていてくれ』というのは、単純に言ったら『コンサートなんて聞く気もないし、経歴に傷がつくから指導したことは言うなよ』という圧力じゃな」
主「まあ、お互い様だよね。お金のために来ているわけだし。
だけど、それほどの思いをしても彼女に指導するほど、莫大なお金と音楽界への功績があるということだ」
対偶の存在
亀「この映画においてはそういった、表舞台に立った名指揮者や指導者と、黒子に徹したマクムーンというのも対比させておるの」
主「途中まではお金のためにやっているけれど、マクムーンは最後まで一緒にやってくれる。多分、マクムーン自体は陽の目を浴びることはないかもしれないけれど、しっかりと才能がある人物でさ……マダムをうまく使えば、もっと表舞台で輝けると思うんだよ」
亀「権力の塊であり、しかも彼女が認めた作曲センスもあるわけじゃからな」
主「だけど、この映画においてマクムーンは最後まで付き従ってくれるわけだ。史上最悪の歌姫と一緒に舞台に上がることを選ぶわけ。
カーネギーホールのコンサートにおいて、遅刻してきたでしょ? これはもちろん海兵隊云々もあったかもしれないけれど……直前まで行くか行かないか迷ったと思う。カーネギーホールに立って、最悪の演奏の手伝いをするか、すっぽかして自分のキャリアを取るか。
だけど、彼は最後まで舞台に一緒に上がるわけだ。他の演奏家が観ることすら断った舞台にね」
亀「そう考えるとマクムーンもいい人じゃの」
主「もちろん仕事だし、ここですっぽかしていいことなんて、後で問題になるから最適解ではないだろうけれどね。それは選考の時嘘をついた罰、ということで」
マダムとシンクレア
亀「そしてマダムとシンクレアも対偶の存在のわけじゃな。
実力はないが夢を追いかけるマダムと、実力はあるが夢を諦めたシンクレアという対比構造がうまくいっておるの」
主「もちろん、マダムを傷つけたくないし、あとはいい思いをさせてくれるスポンサーだからというのもあると思うけれど、シンクレアも結構献身的なんだよね。いくら金が余っているからって、あそこまでやるか? という思いもある。
この『夢と実力』というのが相反する関係だからこそ、このふたりはうまく成り立ったんじゃないかな?
性生活が送れないというのも玉の輿を狙う上ではむしろプラス材料だろうけれど」
亀「あのふたりには……愛があったのかの?」
主「あったと思うよ。なければあそこまでやらないよ。そりゃ、性生活などは若い女の子の方がいいけれどさ。
いや……愛というと分かりづらいのかな? どちらかというと夢を共有した共犯関係といった方がいいのかな?」
亀「シンクレアが諦めてしまった夢を追うマダムとの共犯か」
主「あ、あと演出的なうまさでいうと開始5分くらいでマダムのカツラを外すシーンがあるじゃない? あれはうまいと思った。一気に観客が引き込まれるし、予告も下手に病気ものであることを押さないことが成功しているよね」
3 夢と実力
亀「では、ここからがこの記事の本題じゃな」
主「最初に語ったけれど、この映画を見ていて自分は全く笑えなかったのね。それはさ、面白くないから、ということではなくて……このマダムの姿に、ある種の感動と畏怖を抱いていたからなのよ」
亀「ほう……感動と畏怖か」
主「確かにマダムの歌声はすごく下手くそで、笑い者になるものだけど……でもさ、この素晴らしさが自分にはよくわかる。
簡単に言うとさ『うまい歌を人前で歌う』ということは誰でもできるの。そんなの自信がすぐに生まれるだろうし。
だけど『下手くそな歌を人前で歌う』って、普通はできないよ。もちろん、この映画の中ではシンクレアの尽力もあって、誰もが賞賛してくれるようにはなっているけれど……」
亀「本人が実は自分が下手だと気がついておったのかもしれんな」
主「それは語られないからわからないけれどね。演出などからは気づいていなさそうだし。
表現ってさ、どうしても上手い下手で語る部分は大きよ。このブログでもいつも『ここが上手い』とか『ここが下手』ということを語るわけだ。
だけど、それ以前に……上手い下手以前にさ『表現した』という事実、これはすごく尊いことなんだよ」
亀「表現至上主義じゃからな、このブログのスタンスは」
主「表現って、どこか気恥ずかしい部分が必ずある。『そんなに熱心になって、バカじゃないの?』ということも言われたりもする。だけど、そういうものを乗り越えて……『下手でもこれがやりたい、これをやるんだ!』という気概こそが、実は一番素晴らしいことなんだよね」
才能とは何か?
亀「結局はここにたどり着くわけじゃな」
主「この映画でいうとシンクレアも、マクムーンも技術があるんだよ。素質があるとされる人。一方のマダムは歌は下手だし、素質はないよね。
だけどさ、それでも……父親に音楽の道を否定されて、梅毒で体に障害が残っても表現を続けよう、音楽が好きだという気持ち、それこそが一番重要なわけ。
上手い下手なんて二の次でいいんだよ。好きであること、人前で発表する覚悟があること。それこそが最も尊いことで、それを才能というんだよ」
亀「その思いが伝わるからこそ、この映画で笑えなかったわけじゃな」
主「途中で観客がいうでしょ、
『彼女の精一杯の歌声になぜ賞賛することができないのか?』ってさ。そして、なぜこの歌が今でも1位なのか?
もっと上手い歌は当然あるし、名声がある歌手もたくさんいる。だけど、彼女以上に下手な歌手はおそらくいないだろうし、だからこそ彼女以上に『歌への愛』が伝わる歌手も中々いないと思う。
だからさ、この映画の笑いどころで自分はほとんど笑えなかったんだよね。すごく真面目に取り組んでいることに気がついたから」
亀「好きこそモノの上手なれ、ということじゃな。まあ、この場合はうまくはならんし、その財力という特殊な事情もあるとはいえ……凄いことじゃの」
4 少しだけツッコミどころを
亀「さて、ここまで賞賛してきたが、映画としては少しばかりどうかと思う部分も目に付いたの」
主「やっぱりなぁ……コンサートからの流れが結構滅茶苦茶というか、さすがにそれはないでしょ、って思いもあるんだよね。実際にあった出来事とはいえさ。
もうちょい自然な流れでどうにかできなかったの? あの子が急にいい子になったのも納得いかなかったし、あの荒くれの海兵隊があんな言葉で収まるとも思えないしね」
亀「そこは現実でもそうなのではないか?」
主「かもしれにけれど、映画としての説得力には欠けるかな?
あとは、これは公式サイトで語られているけれど……彼女は1944年に急にラジオで流し始めた、みたいな話になっているけれど、実際は1922年から海軍のためのリサイタルも行い、さらに1938年には毎週日曜日にラジオ局でリサイタル番組もやっているんだよね。
しかも5ヶ月も!
だからさ、元々彼女の評価って……色物だろうけれど、それなりにあったんじゃないかな?」
亀「歌は下手だが魅力的な……こういうとなんじゃが、今でいう面白セレブってことじゃな」
主「そうそう。カーネギーホールの舞台も2時間で完売しているんだよね。ということは、多分下手なのもわかって聴きに来ている面もあると思う。それでも大人気なんだし。
それがうまく出ていないのが気になったかなぁ?
まあ、史実通りに描くのがいい映画でもないけれどさ」
最後に
亀「しかし、表現論としては中々面白い作品となったの」
主「上手い表現ばかりが語られるけれど、実際は下手でも味のある作品もあるからね。史上最悪の映画監督と言われるエド・ウッドみたいな人もいるわけだ。
彼も作品は酷評されるけれど、不思議と応援したくなるというか……悪い意味かもしれないけれど、歴史に名を刻んだじゃない」
亀「馬鹿映画やダメ映画の楽しみ方というのもあるからの」
主「そう。あの映画はクソだった! っていうのも、実はゲラゲラ笑いながら楽しむこともできるしさ。表現というのは賞賛と冷遇が隣り合わせであるわけ。
だけど、それでいいの! それが表現だから。だから、一番賢いのは何も語らずに沈黙していることかもしれないけれど……だけど、人前で表現しないと、いつまでたっても上達はしないというのも本当の話でさ。一部の天才を除いてね」
亀「その意味では中二病やら痛いと言われながらも、表現を続けることが大事なわけじゃな……」
主「そう! このブログのように、会話形式が寒いとか痛いと言われてもなお、続けることが重要なの!」
亀「……最後は自虐で終えるわけか……」
エドウッドの紹介はこちら