線香の灰や枯れた花が一掃され、ぺんぺん草一つ生えないまでにキレイに片つけられたのは少し前のことなのに、今では夏に供えられた花がそのままに風に身を揺らしている。枯れススキは風情があるが、枯れ仏花は恐怖心を煽るだけだ。それだけに墓場には相応しいのかもしれない。毎年のこととはいえ、お盆になるとわずか数日で綺麗に片つけられてしてしまうことに驚いてしまうが、少しずついつもの日常に戻り、この見慣れた光景を目にするたびに寂しさとともにどことなく安心感が生まれてくる。
夏の間はあんなに騒いでいたガキ共が、少し前からすっかりいなくなった。年々きつくなってくる残暑のせいで熱気はあまり変わらないのに、風や空気が秋の訪れを告げている。あの暑さは日陰のない俺の場所では参ってしまうほどのものだった。
それでも夏は、嫌いじゃない。何かと騒がしいが、夏を過ぎればあとは正月前後以外、人もあまり来ない。隣に眠る爺さんは、静かでせいせいすると愚痴をこぼすが、あの夜も暑いこの墓場で騒がしい餓鬼どもに聞こえもしない怒声を張り上げてる姿は、死んでいるのに生き生きしている。
さて、日も暮れて来たし一眠りするかと、墓石の周りに生え放題になっている手頃な草を枕に横になる。
するとお向いさんに客人が来た。
お向いさんはまだ最近来たばかりで、若い。若者や、墓に入ったばかりだと来客はやはり多い。しかしお向かいさんのところに来客があるのは、もうこれで三か月連続だろうか。夏にすら来なかったうちの家族も見習ってもらいたいモノだ。
「私、足がないの」
石階段に座り込んで話し掛ける。まだ若い、女性だ。
「それは…なんといえばいいか…」
その隣に腰掛けるのは、これもまた若い男性。二人の間には横浜の野球帽を被った少年が、母に必死に触ろうと手を伸ばしている。しかし、触れるはずもなく、それを不思議に思い頭を傾けると、帽子は地面へと落下した。
縁起でもない、と隣のじいさんがこぼす。大丈夫だじいさん。横浜は今年も最下位で、これ以上落ちることはない。
お父さんだろう、若い男は子供にまた帽子を被せてあげると、そっと微笑んだ。
「まだ小さいからね、死が、分からないんだよ」
ぐりぐりと頭を撫でると、その子供扱いに不服なのか視線をじっとお父さんに向けるが、母親の前だからか声を荒げることなく、されるがままに黙っていた。
「…今でもたまに痛むの」
その言葉に顔を歪ませる。
「それは困ったな、なんといえばいいか…」
「足の痛みはいいの……ただ、ただ二人と笑っていたい。今はそう思うの……どうして、どうして死んでしまったのかしら……」
そっと夫婦は二人とも顔を伏せる。
子供はそんな二人の手を握ろうとするが、やはりお母さんには触ることができず、再び顔を傾げる。
お父さんは腕時計をちらりと見た。
「……こりゃいけない。そろそろここも閉まる」
お父さんはそのままゆっくりと子供の手を引くと、ぶかぶかの帽子は風に乗って地面に落ちてしまう。
「今度はいつママと会えるの?」
野球帽を落とした子供が尋ねると、その坊主頭を撫でてやった。
「いつだって会えるさ」
そしてお母さんに向き直ると、笑いながらいった。
「ここで待ってるよ」
そう言って、子供とお父さんはふっと消えた。
しばらく座り込んでいたお母さんの元へ、車椅子を押したお婆さんが現われた。いや、お婆さんというにはまだ若くて失礼だろうか。
後から付いて来たお爺さんと協力してお母さんを車椅子に乗せると、そっと歩き去り、駐車場へと消えて行った。
三人ともに、瞳に涙を浮かべながら。
なあ、お向いさん。あんたら二人がそんな寂しい顔するなよ。
気持ちは分かるさ。俺だって同じだ。初めの数ヶ月は何度も来るよ。だけどさ、いずれは数ヶ月おきになって、しまいにゃ一年に一回あるかないかになる。
かみさんには俺の知らない男がいるし、俺の知らない子供も出来た。
それでいいんだよ。
だからさ。少なくともあんたら親子は笑ってやれよ。少なくとも、親父が笑ってなけりゃ、子供も笑わんだろ。ほれ、こうして草を枕に寝転んでみな。
……どうしておれ、成仏しねぇんだろうなぁ。