物語る亀

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物語愛好者の雑文

映画『海よりもまだ深く』感想 是枝節が炸裂!(ネタバレあり)

 是枝裕和監督の最新作、『海よりもまだ深く』を鑑賞してきたので、その感想をあげていく。

 しかし、その前に金曜日公開の『ガルム・ウォーズ』も鑑賞してきたのだが、この2作品を同じ日に見るという稀有な人物は日本中探してもそうはいないのではないか?

……いや、そこそこいるのかなぁ……?

 

 そんな与太話はともかくとして、私は是枝作品はそこそこ鑑賞していて、『誰も知らない 』『歩いても歩いても 』『花よりもなほ 』『奇跡』『海街diary』は鑑賞済み。ということで、ファンとまでは言わなくても好意的な人間であるということを念頭においてほしい。

 

 それでは一言感想から

 日常描写が秀逸な分、辛い映画だなぁ(褒めてる)

 

 

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1 『物語性』のない映画

 

 是枝作品は代表作である『誰も知らない』などを見てもわかるのだが、特徴的な設定、大まかなあらすじはあるものの、そこに明確なドラマ性というものはない(少ない)作品が多い。

 もちろん筋書きはあるものの、それがとんでもない結末に至るまでの流れというものがジェットコースターのようなあっというような展開ではないし、非常にショッキングな事件を扱った『誰も知らない』に関しても、明確な悪者や悪意が介入することなく、みんなが少しずつ間違えた結果が、衝撃の結末に至るという『日常の延長』にある事件となっていた。

 

 近年は衝撃的な設定や展開こそが『魅力的な物語』とされる風潮がある。

 例えば最近多いのが『もしも自分(恋人)が死ぬのがわかったら』というもので、病気などの理由により、余命が少ない中でどう生きるかを問うた作品である。現在絶賛公開中の作品にもあるし、古くは黒澤明監督の『生きる』もこの類に入るだろう。

 それから邦画では『バトル・ロワイアル 』以降に増えたデス・ゲーム系などや、ゾンビものが当てはまる。

 

 洋画では宇宙人侵略などの『パニック・ムービー』などが該当する。

 また、漫画では巨人が人を食べる『進撃の巨人』ゴキブリと戦う『テラフォーマーズ 』辺りが衝撃の設定で話題を呼んだ作品と言えるだろう。

 

 もちろん、これは悪いことではない。むしろ、多くの人の注目を浴びる設定を見つけられたならば、それは賞賛されるべきものだ。

 こういった作品は面白味を人に伝える時も言葉にしやすい。

 

「巨人が人を食べるんだよ」

「恋人(自分)が余命が少ないんだよ」

「学校で友達を殺しあうんだよ」

 

 この言葉だけで説明ができるように、万人に分かりやすいものになる。

 

日常作品の難しさ

 先週のボクらの時代において、是枝監督、阿部寛、樹木希林が出ていたが、その中で樹木希林が言っていた言葉の中に「監督、演技をしない芝居ってのが1番役者にとって難しいのよ」というものがあった。

 これは私も大いに納得する話で、劇的な展開や設定というものは比較的作りやすいものの、単なる日常や普段と同じような行動を繰り返し、さらにそれを作品として『面白く』するということは難しいことである。

 

 日常作品というのは何か起こるわけでもないから、下手するとただのホームビデオのような山も谷もないようなお話なってしまう。だからと言って急激な山や谷を作ってしまっては、日常から乖離してしまう。

 あくまでも日常に則しながらも、物語を紡がなければいけないのは難しいことだが、『歩いても歩いても』『海街diery』でもうまく作れているので、是枝監督の演出の技がキラリと光っている。

 

 

2 目玉のない『地味な作品』

 

 前作の『海街diery』も同じような地味な作品ながら、評論家なども賞賛しているし、世間的評価も高い作品になっている。しかも、おそらく普段映画を見ない人でも楽しめる作品に仕上がっている。

 これはもちろん是枝監督の作品の力や、原作がいいことも関係しているのだが、最も大きな理由は綾瀬はるかなどの『美人四姉妹』というフィルターが入ることだ。

 

 いつの時代も美人がたくさん出てきたり、イケメンが出てくる映画というのはミーハーなファンがたくさんついてくれる。ただそこにいるだけでもいい、画面に華を添える重要な要素である。

 実際、綾瀬はるかや長澤まさみなどを眺めているだけで楽しい作品だったし、初々しい広瀬すずなどは美少女だなぁ、と癒されるものだった。

 

 だが、この作品ではそのような美少女は出てこない。いや、そこまで言うと語弊があるものの、ヒロインの真木よう子も絶世の美女というよりは、バツイチの子持ち主婦を演じなければいけないので、美しすぎては浮いてしまうような役どころだった。

 強いて言うならば、探偵会社の中村ゆり(であってるのかな?)が演じていた女の子が1番可愛かったが、結局はそこまで陽を当たらない役である。

 

 男性陣も阿部寛などのカッコイイ男が出てくるが、イケメンがいっぱい出てきて『男の色気を売る』ような作品ではない。

 その色気が無いので、より地味になってしまった印象はぬぐえない。

 

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 3 コメディ要素たくさん

 

 ただ、その代わりというのもなんだが、樹木希林や阿部寛などの実力派の俳優が自然な演技を見せてくれる。

 特に樹木希林が「どこにでもいるお婆ちゃん」になっているために、ズケズケ言うものの、時々ボケたふりをしたりする様子、自然なコミカルさで所々で笑いが起きていた。

 

 それに対する阿部寛などのツッコミもまた自然み溢れていて、大爆笑するほどではないものの、ストーリーは心情的につらい映画なのだが、ほっこりとするシーンが多い。

 それから男の子が是枝作品には珍しく? あまり素を見せてくれないような子供だったのだが、その余所余所しさが『あまり会っていない親子』という様子がよく出ていた。

 

 この作品においては MVPは樹木希林だろうが、どの役者もやはり上手いこと魅力を引き出せているので、さすがは是枝監督だと驚愕した。

 

 あとは日常描写の演出として、料理をするシーンや食卓を囲むシーンがあるのだが、そこはやはりいいもので、日常描写の構築に非常に役立っている。

 細かい部分では真木よう子のバッティングセンターでの打ち方が、明らかに慣れていない女性の打ち方で「あるある」とうなづいてしまった。

 ただ、みんながヘルメットを被っていたところだけは減点かな。実際のバッティングセンターはヘルメットをかぶる人はほとんどいないし(被らなければいけないんですが)

  

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4 小悪党の背中

 

 ここから先は個人的な感想になるのだが、私はこの作品が非常に見ていて辛いものになってしまった。

 

 阿部寛が演じる男は小説家なのだが、賞を受賞するほどの作家ではあるものの、その栄光ももう15年前。今では悪徳探偵として浮気調査や犬を探し、暇と金があったらギャンブル暮らし、子供のためのお金も使ってしまい後輩に借りる有様……

 しかも高校生を脅迫して金を巻き上げるし、その割に親に一万円を上げる見栄っ張りなところがあるかと思えば、実家に帰って通帳を探して荒らし回るというトンダダメ男っぷりである。

 

 でも、その姿というものがどことなく自分に被ってくるものですよ。

 私は結婚経験もなければ、離婚経験もないし、子供ももちろんいないのだが、なんとなくそこに未来の自分の姿が見えてしまったのだ。

 夢を叶えたけれども、結局は現実の前に敗れてしまった男の姿の悲哀に満ちた姿が共感性を呼ぶのだ。

 

 しょうもない小悪党なんだけれども、おそらく初めからそうだったわけではなく、親父のことが大っ嫌いでそれとは違う生き方をしていたはずだ。

 だが、何かのタガが外れた時に、親父と同じように時代のせいにして、親父と同じように妻や母親に依存して、妻に逃げられてしまう。

 結局気がつけば、自分も親父と同じような生き方をしている。

(男は『今』を見ることができない生き物というのはよくわかる話で、いつも過去とか未来の話しかしないものだから、女は苦労するんだよねぇ、というのもあるある話か)

 

 何だか、男親と息子の関係として良くも悪くも似てしまう所に、夢も希望もない気がしてしまった。

 

 

5 ラストシーンの意味

 

 さて、ではラストシーンにおいて阿部寛は父親の硯を売ったのだろうか?

 

 ハッピーエンドだとしたら親父の硯を擦って時に父親としての親父を思い出し、それを売らずに形見として持って帰った、とするのが1番幸せだろうか。

 だが、ここまで紡がれた描写から察するに、おそらく30万円を獲得した後に、それを立川で使って擦ってしまい、養育費も払えないというのが現実的な流れだろう。

 ここで『レスラー 』のように命をかけて夢(この場合は小説)や息子と共に心中すれば映画として映えるのだろうし、高揚感もあるのだろうが、そういうこともなく孤独な生活は淡々と続いていくのだろう。

 

 結局、元奥さんも新しい男とくっつくのだろうし、息子と会う機会も少しずつ少なくなるのだろう。

 でも、そうなるかわからない。

 余韻が十分に残された、希望もあるような、ないような終わり方をしていた。

 

 でも考えてみれば日常というのも同じようなもので、今日別れた人が明日も会えるかはわからないし、恋人に次に会った時は別れを切り出されたり、他の男(女)と一緒にいる姿を目撃するのかもしれない。

 今という時間を少しずつ生きていくしかできないんだよなぁ、というのは現実も同じか。

 

 というわけで『海よりもまだ深く』の感想をあげていきました。

 なんというか、スッキリする映画ではないけれども、それもまた日常と同じで、この空気感を作り上げた是枝監督は、やはり現代の邦画界でも屈指の名監督と言っていいだろう。

 派手さはないけれど、いい映画でした。

 

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海よりもまだ深く (幻冬舎文庫)

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