物語る亀

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物語愛好者の雑文

小説『罪の終わり(東山彰良 著)』感想 情報化社会が終焉した後の救世主誕生物語

亀爺(以下亀)

「小説について触れるのも久しぶりじゃの」

カエル君(以下カエル)

「本当はもっと書評も書きたいけれど、中々ね」

 

亀「映画も見て、漫画も読んで、アニメも見て、さらにそれをブログにまとめて、となると一番時間のかかる小説とか本となると、どうしても後回しになりがちじゃからの

カエル「値段もハードカバーなら映画1本分だからね。それでどれだけ検索数があるかといえば、わからないし」

亀「そこはあんまり気にしとらんのではないかの? 気にしてたらもっとメジャーな映画の感想記事をたくさん書いておるじゃろう」

カエル「本当は直木賞候補作を全部読んで書評と予想もやりたかったけれど、一ヶ月で6冊はなぁ……無理じゃないけれど、アニメの1話開始シーズンと被るのと、財布の問題がなぁ」

亀「……どうせまた主のことだから『小説は読むものではなく、書くものだ!』なんて言いながら、全く新作短編を書こうともしとらんのじゃろう? そんなに時間がないならスマホゲームをやめればいいのに、夏は書く気が失せるとか、全くもってなんと甘えた……」

カエル「それじゃ、小説感想スタート!!」

 

 

1 東山彰良について

カエル「まず著者の東山彰良について語るけれど、なんといってもあの又吉直樹と羽田圭介が芥川賞を受賞した時の、直木賞受賞作家だよね

亀「やはり芸能人が受賞したとあって話題性は芥川賞に向かったの。羽田圭介も文化人としてブレイクしたこともあるし、正直、あの時の直木賞受賞者を聞いても小説に注目していない人には誰か知らんかもしれんの

 

カエル「でもさ、主は『むしろ直木賞に注目するべきだ』とかいってなかったっけ?」

亀「直木賞作品としては20年に1度の作品であると評価されたが、それはその通りだと思う。直木賞という賞は、大衆小説の新人賞と言ってはいるものの、今は中堅が受賞することの多い賞でもある。

 小説という媒体は読者の好き嫌いに左右される要素も多いから単純には言えんが、一部の作家に関してはその発表作の中でも、比較的良くないとされる作品に賞が贈られているような気もするの」

 

カエル「大森望や豊崎由美がよく言っているやつだよね」

亀「それがあって言っているわけではないがの。例えば、桜庭一樹でいうと私の男で直木賞受賞じゃったが、むしろ赤朽葉家の伝説の方が優れておると感じたし、辻村深月も鍵のない夢を見る が特別良かったかと問われるとな……他にもファンによってはこの作品の方が良かった、という作家はいくらでもいるじゃろうな。ここで文学賞選考の難しいところであろうが」

カエル「でもさ、それだけが選考基準じゃないでしょ?」

 

亀「おそらくな。出版社同士の駆け引きもあるじゃろうし、それまでの経歴や発表作品も加味されると思う。直木賞というのは芥川賞と違い、新人賞を謳いながらも実質中堅作家の一流作家への登竜門みたいな扱いにもなっておるからの」

カエル「でも東山彰良は違ったんだ?」

亀「違ったというよりも、こういうとなんじゃが、おそらく映像化されるような大人気作家ではなかったから、あまり知られてなかった作家ということもあって、これほどの実力者がいたのか、と驚きを持って受け入れられたこともあると思うの」

 

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確かな文章力

亀「わしは文章力というのは『上手い、下手』よりも『合う、合わない』で評価する方がいいと思っておる。例えば志賀直哉や川端康成は非常に上手い作家ではあるが、人によってはつまらないと称されることもあるじゃろうし、一部の作家の中には文章力に難のある作家もおるが、人気作家もおるからの。下手だからこそ味がある、ということも十分ありうる」

カエル「じゃあ東山彰良はどうなの?」

 

亀「上手いし、おそらく多くの人が『合う』文章じゃろうな。少し古風な言い回しと固い文章ながら、紡ぎだす世界観はハードボイルドだったり、シリアスなものに仕上がっておる。おそらく、大きな非難は起こらない作家じゃろうな」

カエル「じゃあ、どの世代にも受け入れられる?」

亀「そうじゃな。あまりにも読者が若いと硬すぎると思うかもしれんが、ある程度本を読みなれたら十分受け入れる余地はあると思うし、20代から70代以上も受け入れる余地のある文章であり、内容ではないかの。

 特に流は昔の台湾を舞台にしておるから、若い層よりも中高年層の方が受け入れられやすいかもしれん」

 

カエル「それだけ幅広い世代を受け入れられるというのはすごいことだね」

亀「それもあって、直木賞として20年に1作の作品と称されたのかもしれんの」

 

 

2 救世主再誕の物語

カエル「この作品を大雑把に一言で言うと、本作の主人公であるナサニエル・ヘイレンが如何にして終末世界の救世主になっていくか、という物語だよね」

亀「そうじゃの。2173年6月16日に通称六、一六と呼ばれる隕石の落下による大災害が発生し、-40℃を超える寒波と飢えが人々を襲った。そんな中、政府に庇護された者たちはまだマシじゃが、そうでない者たちは最後の手段、人肉を食するというカニバリズムを行うことになる。

 そんな人々の心を癒したのが救世主、ナサニエル・ヘイレンという物語じゃな」

 

カエル「まず設定が面白いよね。2173年何て」

亀「う〜ん……唯一難点を上げるとしたらこの設定かの……

カエル「……というと?」

亀「今から1世紀以上も未来の話なのに、未来感があまりないからの。もちろんSF要素は出てくるが、その描かれる世界は現代か、むしろ少し古い1980年代くらいのアメリカのような気がしてくる。

 2173年というと今から約160年後じゃが、日本で言えば160年前はまだ江戸時代末期じゃから、それぐらい遠い未来の話であり、もっと文明が発達してそうなものではあるが、どうにもその未来感はなかったの」

 

カエル「そこはほら、別にSFが書きたかったわけではないんだろうし……」

亀「バイクのエンジンを壊されるシーンがあるが、そこは本当にバイクでよかったのか? もっと未来的な乗り物の方が良かったのではないかと考えると、キリがないの」

 

終末世界である必要性

カエル「でもさ、作者は終末世界でないといけないからこんな社会にしたんでしょ?」

亀「そうじゃろうな。作中でも書かれているが、現代においてキリストは誕生しないじゃろう。父親がいない子どもなどDNA鑑定だ何だと言われるじゃろうし、そもそも母親の奔放を疑われておしまいじゃ。奇跡を起こしてもそれを動画でサイトに投稿しろなどと言われてら、神秘性も何も無くなってしまう。

 そして何よりも、人が救世主を求めるのは厳しい時代じゃからの。世界の終末のようなことでもない限り、救世主は早々誕生しないじゃろうな

 

カエル「その意味では本作はSFという意味よりも、終末世界という厳しい環境を生きる西部劇に近いよね」

亀「ここでも書かれておるが、基本的にはその認識で間違ってないと思うの。あとはアメリカの田舎町に住む少年が、如何にして救世主となるのか、そのサクセスストーリーとな」

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3 本作の魅力

カエル「まずさ、登場人物が良いよね。主人公のナサニエル・ヘイレンはもちろんのこと、兄貴のウディとか、一緒に旅をする食人鬼のダニー・レヴンワースとかね」

亀「複合的な魅力を持った人物じゃの。ダウン症の兄貴ウディはいつも食べることしか言葉にしないが、バスケに関しては誰よりも見る目があったり、食人鬼で二重人格のレヴンワースは最低の人間なのにも関わらず、その発言はかなり考えられたものであったりの」

 

カエル「一々セリフがカッコイイからね。P216の『ナットの死を望んでいるのは神ではなく人間だよ。イエスの死を望んだのが人間だったようにね』とかさ、ハードボイルドで大切なかっこよさに溢れている」

亀「それが地の文でも続いておるから、人によってはアメリカの作家作品で、翻訳者が東山彰良だといえば、信じるのではないかの

カエル「あとは厳しい設定ではあるんだけど、思想の変換も起こるかもね」

亀「人を食べるというのは、文明人からしたら最悪の行為ではある。もしかしたら、ただ殺人を起こすよりもオゾマシイ行為かもしれん。じゃが、それほどまでに食べるものがなく、飢えた環境下でそれを否定することができるかの?」

 

カエル「その罪の意識を救うのがナサニエル・ヘイレンなんだけど、実質的に言葉を話すのはレヴンワースなんだよね。例えるとさ、オカダカズチカのマイクパフォーマンスを代わりにやる外道みたいで!」

亀「……その例えが適当かは置いとくとしても、そのように直接の言葉にしないからこそ、より救世主感が増すの。そういった終末を迎えても、旧来の倫理観が正しいのか、新しい倫理観が必要なのか……そんなせめぎ合いなどもある」

 

名言や名著を作り出す

カエル「またさ、名言や名著からの引用も数々あるんだけど、時代が時代だから一部は自分で作り上げてるんだよね

亀「2100年頃の本、とあってもそんなもの現実に存在するはずがないから、自分でっち上げねばならない。だが、そのでっち上げた本が実在する名言や名著に明らかに劣るようでは、作品の世界観を損ねるものになってしまうの。本作はその名言や名著も見劣りしないものを作り上げることに成功しておる

 

カエル「作中に込められた思想性も骨太だし、魅力的だね。キリストの解釈とかさ、白聖書派とか」

亀「作品の説得力もあるの」

 

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構造について

亀「この作品は小説としては少し特殊な構造をしておるが、それによる混乱もないのは見事と言う他ないの

カエル「……というと?」

亀「基本的にこの本の語り部はネイサン・バラードという作家で、後々に彼が書いた本という形式になっておる。その他にナサニエル・ヘイレンに視点を移したパートもあれば、ネイサン・バラードがナサニエルを追っているパートもあったりと、視点や主人公が安定していない部分もあるんじゃが、この作品はそれによる混乱を招くことなく、うまく構成されておるの」

 

カエル「途中で急にインタビュー調になったり、また物語に戻ったりと忙しない作品ではあるよね」

亀「普通、そのような視点の変更だったり、メタフィクションというか、作中作とそれについて書かれた本を行ったり来たりするような構造の作品は混乱を招きやすいんじゃが、そこに細心の注意を払っておるのがわかるの」

カエル「聖書のような構造にしたいと言っていたけれど、それがうまくいっているよね」

 

読み応え

亀「わしは読み終えてから知ったのじゃが、この作品は東山彰良が以前に発表したブラックライダーの前日譚になっておるようじゃの」

カエル「宮部みゆきの書評では、そちらを先に読むことをお勧めしているよね」

亀「わしなどは直木賞受賞後、初の刊行ということで釣られて買ってしまったが、それを知ると気になってしまう、うまい売り方をしておる。

 前日譚という性質のせいか、前半の貧しい少年が如何にして救世主になるか、というパートに比べて、その後のパートが少しばかり薄く感じてしまったのが、ちと気になるかの

 

カエル「……作品内容からしたら、277Pで収まるようなものではないからね。救世主伝説なんて扱ったらもっと分厚い小説になると思う」

亀「その意味では後半の読み応えも十分あったものの、ほんの少し消化不良感もあるんじゃが、そんな人間はブラックライダーを読めということなんじゃろうな」

 

 

最後に

カエル「全体的にエンタメとして十分面白くて、読み応えのある作品に仕上がっているよね

亀「そうじゃの。『読まないのは人生の損失である』なんて宣伝文句を堂々と掲げておると、その文句に比べれば味気ない作品も多いものであるが、本作はその宣伝文句をつけたくなる気持ちがわかる作品ではあるの」

カエル「『人生の損失』と言われるとちょっとなぁ、と思うけれど、オススメしたい作品だよね

亀「もしかしたらこの先、エンタメ小説界を引っ張る大きな存在になっていく可能性も秘めた作家じゃからの。読んで損はないと思うぞ」

 

カエル「……しかし、こんな世界だとカエルも亀も生きていけるのかなぁ。-40℃の世界だって」

亀「まあ、海の中は少しはマシじゃろうから、そこに逃げるしかないの」

カエル「それでも大きな魚や動物は先に絶滅していくんだろうね……待てよ? ということは小さいカエルはまだワンチャンあるか……少なくとも亀爺よりは長生きできるきがする」

亀「こんな世界で長生きする方が幸せなのかはわからんがの」

カエル「……うわぁ、何だか切なくなってくる言葉だなぁ」

 

罪の終わり

罪の終わり

 

 

 

ブラックライダー(上)(新潮文庫)

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