物語る亀

ネタバレありの物語批評

映画『ソウル・ステーション パンデミック』感想と解説 世界と韓国のアニメーションの流れにそった作品

亀爺(以下亀)

「韓国のアニメーションはさすがに初めてみるの」

 

ブログ主(以下主)

「実は韓国アニメーションを見る機会って皆無ではないんだけれどねぇ」

 

亀「小劇場などで韓国の短編アニメーションを上映する催しなどもあるし、隣国ということで探せば色々とありそうじゃな」

主「ただ、どうしても短編アニメーションになってしまうんだよね。短編と長編ってまた違うもので……商業ベースにのせることを要求される長編と、作家性が遺憾なく発揮できる短編はそもそもファン層からして違う。

 どうしても個人製作のようなものになってしまうし……日本のように長編のアニメが毎月公開される環境というのは、実は世界的に見たら異常なんだよ。

 しかもやたらとクオリティが高いしさ、それでいて儲からないっていう……本当に何だろうね、日本のアニメの現状って」

 

亀「アニメ業界の質、量と市場規模があっておらんのかもしれんの。もちろん、様々な構造的問題もあるじゃろうが、それが何十年も前から叫ばれていて、未だに解決できない、もしくは悪化しているということを考えても、根本的な問題がありそうじゃな」

主「あとは海外アニメーションを見る機会も結構限られているし……日本は『アニメ大国』であっても『アニメーション大国』ではないんだよなぁ。

 名作のアニメーション映画などをもっと見たいけれど、そもそも公開してくれないことも多くて……」

亀「公開しても小規模であることも珍しくない。アヌシー受賞作や、アカデミー長編ノミネート作品を全て観られる環境にあれば最高なのじゃが、そういうわけにはいかんの。

 まあ、アカデミー作品賞ノミネート作品すら全て劇場公開するわけではないから、仕方ないかもしれんがの。

 さて、愚痴ばかり言っても仕方ないじゃろう。では映画の感想を始めるかの」

 

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作品紹介・あらすじ

 

 2016年に韓国国内で公開され話題を集め、日本では9月に公開され映画好きを中心に評価の高いゾンビを扱ったパニックホラーである『新感染 ファイナル・エクスプレス』の前日譚となるアニメ映画。

 監督は社会派のアニメーション監督として知られ『新感染』でも韓国を務めたヨン・サンホが担当している。

 

 恋人のキウンと喧嘩をして夜のソウルの街を行くあてもなく歩き回るへスン。一方、その頃ホームレスのたまり場であるソウル駅では1人のホームレスが血まみれになって苦しんでいた。なんとか助けたい仲間のホームレスはあちこち駆けずり回るが、救いの手は差し伸べられずに亡くなってしまう。

 駅の職員を呼びに行くが、戻ると亡くなったはずのホームレスはいなくなっていた……

 一方、キウンはへスンの父親と合流してヘスンを探し回る。しかし、その時すでにソウル駅では異常が発生していた……

 


『ソウル・ステーション/パンデミック』予告篇

 

 

 

 

1 感想

 

亀「ではいつものようにTwitterでの短評から始めるかの」

 

 

主「この日はアニメ映画が多く公開されていて『レゴ ニンジャゴー ザ・ムービー』や『劇場版 響け!ユーフォニアム 届けたいメロディ』などもあって、どうしても比べてしまうところがある。

 どちらも人気テレビアニメの劇場版となっているけれど、やはりハリウッドの圧倒系な資本力をバックにしている『レゴ』や、テレビシリーズの時点で圧倒的なクオリティを誇っていた『響け』の劇場版と比べてしまうと、アニメとしてのクオリティは1段も2段も落ちるというのが本音だね

亀「本作が韓国アニメの力を全て発揮した作品……とまでは全く思えなかったの。同じCGアニメでも『BLAME!』などに見慣れてしまった日本の観客からすると、レベルの低さは気になってしまうかの。

 ハリウッドなどのフルアニメーションなどの動きの滑らかさはなく、しかしに日本のリミテッドアニメ(作画枚数を少なくしたアニメーション)のような動きの快楽もない」

 

主「その意味ではかなり『動きを重視するアニメーション』としてのクオリティはケチがつく。

 だけれど、本作は確かに『世界のアニメーションをめぐる現状』という視点からも、そして『日本アニメの影響』という点からも、何よりも『韓国のアニメーション』という視点からも重要な意味合いがある作品だということも感じた

亀「まあ、日本でも比べるならば個人製作であった『ねむれ思い子 空のしとねに』の方がいいかもしれんな」

 

 

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個人製作されたアニメーション

クオリティは……まあ、個人製作だなぁ、というレベル。声優陣が豪華です

 

  

2 世界のアニメーションの現状

 

亀「では、まずは世界のアニメーションをめぐる現状についてお話ししていくかの。

 もっと詳しく知りたい方は世界のアニメーションを研究しておる土居信彰の以下の本を読んでほしい」

 

21世紀のアニメーションがわかる本

21世紀のアニメーションがわかる本

 

 

主「まず、21世紀になって顕著なのは『デジタル化によるアニメ制作の変化』なんだ。

 それまでのアニメーションは実写映画に比べて手間が非常に大きかった。日本はリミテッドアニメを導入することによって手間を減らし、そしておもちゃ会社の資本などもあって量産することができたけれど、海外ではそういうわけにはいかない。

 やはり良質な、作家性の出たアニメーションは短編になってしまう。手間がかかりすぎるんだよ。

 だけれど、21世紀になってデジタル化がアニメーション製作のハードルを下げた

亀「これは日本も同じじゃな。例えば新海誠が『ほしのこえ』を1人で製作することができたのも、デジタル技術があったからじゃ。あれが昔ながらのセル画であれば、そのハードルは高くなってしまう。

 デジタル化がもたらしたクオリティの上昇もそうじゃが、参入がしやすくなっていき、世界各地で長編アニメーションの傑作が生まれていくという現状がある」

 

主「その中でも注目してほしいのは『その国独特の文化や歴史に根ざしたアニメーション』の誕生である。そしてそれは『ドキュメンタリーの要素も備えたアニメーション』でもあるんだ」

 

 

 

その国独特のアニメーション

 

亀「以前に紹介したところだと『父を探して』が顕著じゃな」

 

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海外版のパッケージの方が作品がわかりやすいかも……

日本版は下のリンクから鑑賞できます 

父を探して

父を探して

 

 

 

主「この作品は棒と丸で構成されている、極めてシンプルな造形のキャラクター像でできている。本作のネタバレにならない程度に紹介すると……この子供が出稼ぎに行ったお父さんを探す物語なんだ。

 ただこの『父』にはもう1つの意味があって、それが『祖国』である。ブラジルの作品だけれど、軍事政権時代などの政情不安によって不安定である日常を表している。つまり、少年が『父親を探す』というのと『自分の祖国の姿を探す』という2つの意味合いを持つ作品になっている。

 また、ドキュメンタリー要素の強い海外アニメーションというと『戦場でワルツを』という作品がある」

 

戦場でワルツを 完全版 (字幕版)

 

亀「この作品はイスラエルのアニメーション作家であるアリ・フォルマンが自らの封印された記憶である1982年のレバノン内戦の様子を思い出そうという作品じゃの」

主「この2作品だけではないけれど、その国が抱える歴史であったり、辛い思いを具現化するようなアニメーションが次々と誕生している。これもアニメがデジタル化したことにより、製作するハードルが低くなったからこそ出てきた作品たちである。

『でも日本では関係ないでしょ?』という思いがある人もあるかもしれない。でもその波は2016年に、日本にも訪れたんだよ」

 

日本の『ドキュメンタリーアニメ』

 

亀「それこそが……『この世界の片隅に』じゃの」

 

この世界の片隅に

この世界の片隅に

 

 

 主「もちろん、この作品自体はフィクションである。すずさんという人は現実には存在することのない人物である。

 だけれど、1945年の広島という、日本人に大きな爪痕を残した時期をしっかりと調べ上げて、でてくるセリフのない、いわゆるモブの1人1人までどこの誰だか描ききった。もちろん、街並みも天気も、その日の軍港にどのような船がいるのかまでしっかりと調べている。

 つまり1945年の広島を再現してしまったんだよね。

 本作品はドキュメンタリーの意味合いが非常に強いアニメである」

 

亀「それこそ『戦場にワルツを』と同じかもしれんな。

 これらの現象はアニメだからこそできることでもある。実写で本当にドキュメンタリーにしようとしても時代を遡ることはできない。どうしても再現ドラマになってしまう。

 しかしアニメという抽象性の高い表現技法であれば、脳内で補完することも可能であるし、さらに言えばもっと重要なこと……戦場や空襲の恐怖、日常の尊さ、ちょっとした喜び、それが失われる喪失感……そういった抽象的な思いが伝わりやすい」

 

主「自分が日本のアニメ業界やオタクと呼ばれる人たちに警鐘を鳴らしたいのは、確かに日本のアニメは世界有数のクオリティを誇っている。だけれど、世界のアニメーション業界はかなり大きく変化しているんだ。

 それを今までどおりの『萌え』の型にハマったものだけでいいのだろうか? ということであり……新房シャフトや湯浅政明のような表現技法の進化であったり、京アニのように日本の学生をリアルに描くという表現するもの……そういったものがあるとはいえ、今の日本のアニメ業界はガラパゴス化が始まっているのではないか? という思いが強くある。

 2016年は今にして思うと、それをより強く感じた1年であり……よくも悪くもターニングポイントになる1年だったかもしれないね

 

 

 

 

3 本作の解説

 

亀「では、ようやくではあるが『ソウル・ステーション』の話を始めるかの」

主「前置きが長くなりすぎちゃったかなぁ……でもここまでのお話がすごく大事なんだけれどね。

 本作は最初に語ったようにアニメーションとしてのレベルは低いを言わざるをえない。

 だけれど、その意味が確かにある作品であった。韓国の映画らしいアニメーション作品なんだよ

亀「ふむ……それはやはり『刺激の強い』ということかの?」

 

主「これはあまりネタバレはしたくないので直接的言及は避けるけれど、やはり韓国映画らしい構成をしている。

 自分は『上手いとは思うけれど、惹かれない』という印象が強いのも韓国映画なんだけれど……まあ、それはいいや。

 アニメーションというのは従来『動きを見る』という作品が多いし、そこを重要視するものである。例えば湯浅政明の作品群が今年海外の映画賞で快進撃を続けているけれど、単純にアニメーションとしての動きの快楽が非常に大きいからという理由もある。

 日本のアニメは確かに素晴らしいけれど、海外のアニメーションと比べたら動きが……なんというかなぁ、オタク向けというか……アニメーションに求められるものではないんだよね

 

亀「海外では日本のアニメは『オタクが観るもの』という意識があるとされているからの。それこそ、日本もそうであるが『アニメーションファン』『アニメファン』というのはそもそも層が違う。

 サブカル層とオタク層とでもいうかの?」

主「で、世界では注目を集めるのは『アニメーション』なんだよ。つまり動きを重視したアニメーション。だけれど、本作は技術的にも資金的にもそれは難しい。ではどうするのか?

 その答えとして脚本を練ってきている。

 実は世界のアニメーションの中では脚本は二の次みたいなところがあって……評価を左右するのはやはり絵の動き。アニメーションならではの魅力って絵だからね。

 でも本作はそこが重視できない代わりに、脚本を練っている。これは重要なことで韓国らしさを感じるとともに、今後の韓国アニメーションの礎になることかもしれない。

 言っとくけれど、この映画を見て韓国アニメーションを『レベルが低い』とバカにしていたら、実写映画と同じく知らない間に世界的なシェアは奪われているかもしれない。技術はすぐに成長するからね」

 

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キャラクター自体の魅力は薄く、恐怖感も強くない

 

ゾンビである意味

 

亀「では、今作は『なぜゾンビ物なのか?』という意味について考えていくかの」

主「これはこの作品を見てよかったなぁ、と思っているけれど『新感染』を見たときは『なぜゾンビ物を作ったのか?』ということについてはほとんど考えなかったのね。

 多分表現したいものがゾンビだったのかなぁ、とか、いろいろな意味を込めるためかなぁ、とかなんとなく思っていた。

 でも、本作はゾンビでないとできない理由があったんじゃないかな?」

 

亀「ふむ……それは技術的な、アニメに基づくことかの?」

主「そうね。

 この映画のぎこちないCG描写って俗に言う『不気味の谷』があるんだよ。我々が普段知っているリアルな人間の動きと、CGの動きに対する認識の差が不気味に見えてしまうという現象で、もっと稚拙にするか、もっと精巧にすることで解消されるんだけれど……

 この映画は自分が苦手部類の CGで、すごく不気味に見えてくる。人間の動きは完全に不気味の谷に入っている。それは嫌いなんだけれど……でもゾンビだとちょうどいいんだよね」

 

亀「少し前に宮崎駿がドワンゴの川上社長に『今のCGであればこれだけ不気味な表現ができますよ』と言われて激怒した、ということがあったが……まあ、あれは怒るポイントがまったく違うと思ったが、CG表現ではその違和感を生み出すことで、より気持ち悪い存在にすることができるということじゃな

主「だからさ、本作はゾンビ物を作りたかったわけではないと思う。

 むしろ、その逆で今の技術や予算を考えた場合、その味を……クオリティを最大限発揮できるもの……それが『ゾンビ』だったということだよ。そしてゾンビものならばどのように作るか、何をテーマにするか……それを逆算していった結果ではないかな?

 これが当たったとしたら相当用意周到に作られている、計算高い監督だよね。素晴らしいよ」

 

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恋人もなってネットカフェ難民のようであり、やはり底辺の存在

 

以下ネタバレあり

 

 

 

 

4 この映画が示したゾンビの意味

 

亀「では、本作におけるゾンビの意味とは何じゃ? やはり韓国の事情に合ったものであるのかの?」

主「これは『新感染』の時も思ったけれど、基本的に登場人物がみんな社会では下層に位置する人たちなんだよね。弱者というかさ。

 で、この作品はそれがより顕著なわけ。ホームレスばかりが出てくるし、主人公のヘスンって売春婦なんだよ。その彼氏も仕事がないし、ヘスンに売春を斡旋しているような男で……最低の男なんだけれどさ、この映画ってそんな人ばかりでてくる。

 でもこの意味ってなんだろう?」

 

亀「ふむ……実写版の『新感染』に近いものであるのかの?」

主「実写の論評で『北朝鮮が……』と言われた時に、自分は疑問に思ったんだよね。なんでそっちに行くんだろう? って。もちろん、その後に詳しく朝鮮戦争の内情を知ったら納得するところもあるんだけれど、このアニメ版を見てはっきりわかった。

 このゾンビって北朝鮮の人民なんだよ。

 もっと言えば、この作品にでてくるホームレスなどは北朝鮮の脱北者である。だから韓国国内に来ても、その首都であるソウルに来ても辛く厳しい生活を余儀なくされている」

 

亀「本作にでてくるホームレスなどは非常につらい状況にあるからの……」

主「本作で何度も出てくるのが『家に帰りたい!』という言葉で……この家というのは言うまでもなく、祖国のことである。脱北してきたけれど、理想のような生活は手に入らない。韓国社会は思っていた以上に冷たい。苦しい状況になっても社会も国も手助けはしてくれない。

 そして豪華な展示された部屋にたどり着いても、そこは所詮かりそめである。そんな部屋に暮らすことなんて夢のまた夢……むしろ叶うことはない。

 そんなことをしていると脱北者などが蜂起して、韓国社会に牙を剥くぞ……国内にいる脱北者から北に対して支援するものがでてくるぞ! という啓蒙でもあるよね」

 

亀「……わしらは普段韓国と北朝鮮の関係に関してはニュースや政府同士のやりとりでしかわからんが、太陽政策などをせざるを得ない事情などもあるのじゃろうな」

主「同じ民族だからこそ面倒くさいことがたくさんある。

 これこそが『韓国だから作れるアニメーション』である。そして今の世界のアニメーションの流れにも合致しているんだよ。

 この限られた状況下でこれだけの作品を作り出せる能力……これは絶賛だよね」

 

 

 

最後に

 

亀「そういえば日本のアニメの影響も感じると書いておったが……」

主「今敏っぽいところがあるよね。ホームレスなどの弱者を多く出していたり、あのなんとも言えない……気持ち悪さとでもいうのかな? そういう意図も感じたし。

 もっと予算や技術を与えたらトンデモナイ大傑作を作りそうなのも一緒。

 サンホ監督は実写映画が評価されているけれど、もっと予算と人員を与えてアニメーションを作り上げて欲しいね。それこそ、トンデモナイ大傑作を作り出す気がする」

 

 亀「この先、韓国のアニメーションが……特に長編アニメーションがどのような作品を作り続けるのかはわからんが、必見の作品が出てきそうじゃの」

主「自分はあのラストがどことなく救いも感じたんだよねぇ。

 いや、それは……と思う人もいるだろうけれどさ、結構好きなラストで、後半は特に監督の腕を感じた。

 アニメーションとしては難があるけれど、作品としては良作。この週の3作品はどれも見る価値がある作品だと思うよ」

亀「……ちなみに、デジモンもあるが……」

主「……どうしようかなぁ」

 

 

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