物語る亀

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物語愛好者の雑文

映画『聖の青春』感想 静かに進む将棋の世界と進行する病と闘った男、村山聖の青春がここに! ※後半ネタバレあり

亀爺(以下亀)

「今回は将棋ものである『聖の青春』を取り上げるが、主は将棋は詳しいのかの?」

 

ブログ主(以下主)

「いや、全然?」

 

亀「……しかし将棋はそれなりに好きじゃったの」

主「まあねぇ、少なくとも『3月のライオン』は全巻読んでいるし、加藤一二三や先崎学の書いた本だとか、将棋界の歴史とかの本は少しは読んでいるよ。

 棋譜を見てもよくわからないし、将棋自体はてんで弱いけれど、世襲制名人制度から実力制名人制度への移行とか、主な名人……木村、中原、大山、羽生あたりとか、その名人に挑んでいった升田幸三などは知っているってレベルかな」

 

亀「そこまでガチの将棋好きではないが、少しは興味がある程度、ということかの」

主「特に升田幸三にハマっていた時期もあったからなぁ……坂口安吾とか、升田幸三みたいな常識はずれの人……今の言葉でいうと『厨二病の時に尊敬しそうな人』ってすごく好きだから、本を読んだり調べたりしたんだよね。

 坂口安吾、太宰治と並ぶ無頼派のひとり、織田作之助が坂田三吉について書いた『可能性の文学』なんていうのは、馬鹿馬鹿しいとされる『端歩突き』がいかに先進的だったかということを力説しているから、是非とも読んで欲しいね」

 

亀「それでは、今回はそんな知識レベルの人間が見た、この映画の感想を書いていくぞ」

 

 


11月19日(土)公開 映画『聖の青春』予告編

 

 

1 簡単な解説

 

村山聖ってどんな人?

 

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亀「では、まずは……この映画の主役である村山聖とはどのような人物であったのか、説明するかの」

主「今の将棋界を作り上げたのは、間違いなく『羽生世代』と呼ばれる羽生善治を中心とするこの世代なんだよね。

 主なメンバーとして羽生善治、森内俊之、佐藤康光、藤井猛、先崎学などの名棋士たちが揃って生まれた年代だ。野球で言ったら……松坂世代とか、田中世代(ハンカチ世代)とかになるのかね」

 

亀「ライバルが強力だとやはり世代間の実力があがるのが、不思議とこういう世代はどこの業界も時々生まれてくるの」

主「そしてその中でも……村山聖は確かに夭折したためにタイトルこそ残せなかったが、人気で言えばもしかたら一番かもしれないな

亀「人間の性として『夭折した天才』というのはロマンに溢れておることもあって高く評価される流れにあるが、村山聖は人々が『生きていたらどれだけの棋士に……』という期待感もあるの」

 

主「そうだね。それだけの注目があり、ルックスもさ、病気のためなんだけど丸っこくて可愛らしいからね。害がなさそうな感じで」

亀「性格も……夭折し、亡くなった人を悪く言わないのもあるが、あまり悪い噂は聞かないの」

主「髪や爪は伸ばし放題だったようだけど、少女漫画が好きだったり、好きな漫画家は萩尾望都だったりと可愛らしい趣味をしているからさ。そういうところも人をひきつけるんじゃないかな?」

 

羽生善治と先崎学

 

亀「この映画におけるライバルといえば、何と言っても羽生善治じゃの

主「将棋界のスーパースター、押しも押されぬ大名人にして、将棋界が生んだ天才だよね。どれだけ言葉を尽くしても賞賛しきれない魅力があるという」

亀「……しかしのぉ、こう言ってはなんじゃが、物語として見たときには、少し魅力にかけるかの」

主「なんというか、完璧すぎるよね。優等生で真面目タイプ、それでいて将棋も強く、人気もある。スキャンダルも一切なし、受け答えも炎上する要素は0。先の『カンニング問題』の回答もお手本のようなものだったしね。

 奥さんは元アイドルで美人、愛妻家で家族好き……物語の主役にするには、出来過ぎだよなぁ」

 

亀「そう考えると村山聖や升田幸三などのような……実績では少し劣るかもしれんが、人を惹きつける性格であったり、独創性やロマンといったものがある方が、多くの人が理解しやすいのかもしれんな」

主「だけど……羽生善治みたいなタイプがラスボスでいると、話はすごく引き締まる。相手に欠点はないから、余計にどう戦うかという緊張感が生まれてくるし」

 

亀「そしてこの映画の中では『荒崎学』となっておったが、これはどう見ても先崎学じゃの」

主「結構キャラクターが改変されているなぁとは思ったよ。メガネは昔のものに似ているけれど、ああいうチンピラみたいな人ではないし。

 だけど、ああいう改変されても怒らなそうだし、むしろ喜びそうだなぁ、という思いはあるかな。将棋界の中で先崎学というと、また違う……異色な棋士って感じもするしね

亀「3月のライオンをはじめとして、様々なメディアの将棋監修などにも積極的じゃからな」

主「ちなみに作中に登場する大崎という記者も、この原作の作者である大崎 善生が元になっているね」

 

 

 

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2 ネタバレなしの感想

 

役者について

 

亀「では役者についてじゃが……まずは、何と言っても主役の村山聖を演じた松山ケンイチの激変に戸惑うの

主「すごいよねぇ……太っているイメージがほとんどないじゃない? だけど、この映画のために何十キロと大増量をしたわけだからね……恐れ入るよ」

亀「また松山ケンイチの新境地といったところかの。少し根暗すぎるキライはあるが……まあ、それもまた松山ケンイチらしさということかの」

 

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主「一方の羽生善治を演じたのは東出昌大だけど……こっちもよかったね」

亀「いい評判の少ない役者であるが、この作品に関しては変にカッコつけたりとかすることなく、羽生善治という人の……ある意味では天然な性格というものを演じきっていたの。

 その意味では『これは演技なのか?』と思わせる描写もあったが……それがこの作品のリアリティに沿っていて、良かったのではないかの?

 

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主「基本的に役者に対する違和感はないよ。まあ、爆発もしないしさ、エンタメというよりはリアルを……というか、本当にあった話をそのまま実写化しているわけだから、リアリティを重視して作られているから、そこまで大きな違和感はない。

 それが良い事か悪い事か、というのはこれから語るけれどね」

 

映画の評価

 

亀「では、ネタバレなしの映画の評価じゃが……」

主「はっきり言うと、微妙かな……

 決してつまらなくはないんだよ? だけどさ、決して面白くもないんだよね、これが」

亀「リアルテイストの作品じゃから、少し上映中に間延びした印象もあるの」

主「結構演出面も静かな描写だったり、音楽がない場面も多いけれど……これがうまくいっているかというと、少し難しいかもしれない。

 元々無音の演出は好きなんだよ? 好きなんだけど、けれどこの映画ではそれが何度も使われているわけだ。それ自体が悪いとは言わないけれど、その対極となるべき、騒がしいシーンがないんだよね。

 だから、ただ単に静かなだけという印象」

 

亀「元々2時間を超えてくると集中力の持続が難しいとされておるが、その『ダレ場』にあたる部分も長いからの」

主「やっぱり、一番大きいのはこの『メリハリのなさ』かもしれない。もちろん、作風からしてCGや爆発をたくさん入れるようなものではないし、こういう映画になるのもわかるよ。将棋だから、うるさい観衆とかもいないし。

 その意味では、結構難しい作品を映像化したんだなぁ……と思った。結局、誰がやっても似たような映画になったかも」

 

亀「こういうと落としているように聞こえるかもしれんが、決して『酷い映画』では全くないぞ?」

主「ただただ静かで、ある意味では……正しいと言えば正しい作りだと思うけれどね。この題材なら、まあこうなるよなぁ……という印象かな」

 

以下ネタバレあり

 

 

3 ネタバレありの感想

 

亀「一応、ネタバレありとはしておいたが、それほど大きなネタバレにはならんの」

主「まあ、映画の予告通りの内容だしね。これで村山が死ななかったらネタバレだけど、当然死ぬし。その最期まできっちり描くから……大きなあらすじだけで言ったら、あの予告と同じ。衝撃も何もない」

亀「誰もが想像した通りの展開になるし、誰もが想像するラストじゃからの」

 

主「その意味では脚本も難しかったとは思うけれど……本作で一番ダメなのは、実は脚本だと思う

亀「ほう? そこまで大きな破綻はなかったように思うが……」

主「事実を基にしていたから、大きな矛盾や疑問はないよ。話も整合性が取れているし、構造などの欠点は少ない。

 だけどさ……脚本がつまらないよ。しかも会話が

 

亀「確かに、終始作劇的な雰囲気は感じたの」

主「なんというか、リアルといえばリアルな言葉使いなんだけれど、引っかかる会話が一切ない印象なのね。時々『これはいいかも』と思わせる言葉があるけれど、それって多分、棋士の言葉なんだよね。脚本の言葉じゃなくて。

 こういうリアルな作品を壊さないような面白い会話を作るのは並大抵のことではないけれど、こういう作品において演出などはある程度制限されるわけだから、そこを脚本が埋めないとダメだと思うんだよね。

 村山の部屋にあった、少女漫画とか、AKIRAの単行本、マクロスのポスターなんかは面白いと思うんだよ。だけど、そういった村山の一面があまり見えてこなかった。それはオタクということだけじゃなくて……『棋士村山』『病人の村山』に注視しすぎていて、それ以外の『人間村山』の魅力って、もっとあるんじゃないの? って思いもあるかな」

 

 

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静かな映画

 

亀「結局はここに行き着くの。

 どうしても静かに成りがちだから、面白みが掴みにくいというか、ただただ退屈というか……

主「個人的に実写邦画は外連味の方が好きっていうのもあるかもしれないけれど、淡々と進行するからさ。村山の変な所ばかりがフューチャーされちゃった気がする。

 映画として脚色もあるじゃない? 鼻血のシーンとか、あれだけ鼻血が出ていたら普通は死んでいるか大病ものだけどさ、それはまあ、それだけのプレッシャーと戦ったということで処理できる。

 だけど、そういう脚色がありだったら、もっと村山なり羽生なり……もしくは対局に大きな変化や演出をもたらすべきだったんじゃないかな?」

 

亀「それを脚本で、コメディーチックに演出することでメリハリをつけたりの」

主「最初の大阪は笑いもあって面白いけれど、東京に来ると笑いもなくて余計に寒い思いをする……とかさ。やりようはあったと思う。

 リアルに凝りすぎているような気もしたけれどね

 

亀「あとは……やはり対局の盛り上がりかの」

主「これはもう、映画と将棋という組み合わせを考えたら仕方ないけれど、とにかく地味な上に、分かりづらいからね……

 今、盤上でどんなことが行われているか、それを会話を交えて説明もしてくれるけれど、それがわかりづらいという欠点がある」

亀「明確な動きであったり、敗着の一手などがわかりづらいからの」

主「その意味では、将棋って映画向きの題材ではないからさ……だからそれを考えても、悪くない作品だと思う。だけど、こりゃすごい! と言える内容でもないけれどね」

 

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最後に

 

亀「将棋が全くわからない初心者でも見に行ける内容にはなっておるの」

主「ルールがわからなくても大丈夫。なぜなら、盤上での一戦がよくわからないから。

 多分、当時の対局そのままに再現しているはずなんだよね。だけど、その対局まで調べて映画を見に行くファンって相当少ないからさ……」

 

亀「しかし、映画と将棋の組み合わせが悪いとなると『3月のライオン』も心配じゃの」

主「大友監督だからエンタメ寄りにはしてくると思うし、また事実を元にしたフィクションと漫画原作の映画だと違うからさ、なんとも言えないけれど……

 難しいからこそ挑みがいがあるという考え方もできるんじゃないかな?

亀「手垢がついていないということでもあるからの」

主「こればっかりは、実際に完成した映画を見てってことになるね。

 この映画のような静かな戦いも将棋らしいといえばらしいけれど」

 

 

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