物語る亀

ネタバレありの物語批評

映画『パーフェクト・レボリューション』感想 本作こそが愛の革命の映画である!

カエルくん(以下カエル)

「このブログだと障害、病気ものは結構高く評価する傾向があるけれど、やはりそれは趣味の問題?」

 

ブログ主(以下主)

「案外どこもそんなものだと思うけれどね。ハリウッドや各国の映画祭でも障害者を演じると主演賞などを獲得しやすいという話だし」

 

カエル「それだけ難しい役ということもあるんだろうね」

主「一方で安易に手を出すと非難されやすいジャンルでもある。

 自分は昨年『聲の形』を大絶賛して、2016年の邦画、アニメ激戦区でも1、2位を争っているし、他にも自閉症とサヴァン症候群を扱った『僕と世界の方程式』に、知的障害を扱った小規模公開邦画の『真白の恋』や、視覚障害を扱った『光(2017 河瀬直美監督)』などは2017年上半期のTOP10入りなんだよ。

 だけれど……直接作品名はあげないけれど、この夏公開の大ヒットした病気ものは正直今年ワーストを争うレベル。まあ、あれは色々なひっかかりがあったからだけれどね」

カエル「……それって小規模、中規模公開だから贔屓しているのではなくて?」

 

主「それもあるかもしれないけれど、大規模で障害や病気を扱うと感動ポルノになりがちなんだよ。世間がそれを望んでいることもあるけれど、何よりも突っ込んだ描写をして問題になるのも怖いからステレオタイプの表現になる。

 昔『『物語』と『障害者』について考えてみた 』という記事でも書いたけれど、有川浩の図書館戦争という実写映画化もされた作品があるけれど、アニメ化の条件が聴覚障害の話はテレビ放送しない、ということだったんだ。

 これを『フジテレビはクソだ』というのは簡単だけれど、それだけ慎重にならざるをえないタブーでもあるんだ」

 

カエル「……『聲の形』もヒット作だけれど、テレビ放送は難しそうだしねぇ」

主「でもだからこそ表現する価値がある。小規模、中規模でなら突っ込んだこともまだやりやすいからね。

 では本作はどうだったのか……それを語ります。

 多分長くなります」

カエル「では感想記事のスタートです!」

 

 

 

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(C)2017「パーフェクト・レボリューション」製作委員会

  

作品紹介

 

 脳性マヒを患い重度の障害を抱えながらも、障害者の性への理解を訴え続ける活動家、熊篠慶彦が自身の体験を交えた物語を企画し、友人である松本准平が監督を務め、リリー・フランキーが自ら希望して主演を演じた作品。

 リリーは本作の挿入歌に銀杏BOYZに使用許可を自ら頼みに行くなど、主演の枠組みを超えた働きかけをしている。

 相手役のミツには『ユリゴコロ』などにも出演している清野菜名が演じたほか、小池栄子、岡山天音、余貴美子らが脇を固める。

 

 幼少期に脳性マヒを患い、重度の身体障害により車椅子で生活するクマ(リリー・フランキー)。彼は障害者のセックスについて理解を深めてほしいと活動を続けているが、その講演に来ていたミツ(清野菜名)はクマに惚れ込んでしまう。

 様々な困難に立ち向かいながらも、愛を育む2人であったが周囲の反応も思わしくなく、大きな試練に立ち向かうことになる……

 


映画『パーフェクト・レボリューション』予告編

 

 

 

 

1 感想

 

カエル「えー、ではまずはいつも通りTwitterの短評からです」

 

 

カエル「……今年何回目のNo,1だったっけ?」

主「最終的には3ヶ月後の年末に年間ランキングをつけるので、その時次第だけれど……まあTOP10入りは確実でしょうね。もちろん、先述のように障害者を扱った映画は高く評価する傾向があるのは認めます。

 でもね、はっきりと言ってしまえば、この映画以上に評価するべき映画ってあるのだろうか? という思いすらある。

 多分日本の賞レースはほとんど無視するような気がしているけれど……少なくとも自分はこの映画を語らなければこのブログを続けている意味がない。表現について語る資格もなくなってしまう……そう思うほどに素晴らしい作品だね」

 

カエル「おお……大絶賛だ……」

主「もうさ、はっきりと言わせてもらうけれど数多の恋愛映画や人生を語った映画にも『愛は素晴らしい』とか『生きていることに価値がある』という言葉がでてくる。それはそうかもしれない。確かに否定のしようがない言葉だ。

 

 でもさ、同じ言葉を重度の障害を抱える人の前で言えるのか?

 60過ぎて家も仕事もないホームレスに言えるのか? って話だ。

 

 10代20代の健常者の若い役者たちに『愛は素晴らしい!』『毎日を懸命に生きる!』なんていわせたって重みがほとんどない。だって、多くの人は黙っていても恋愛するような年頃だしさ!」

カエル「……今はそうでもないってのは主もよく知っていると思うけれどね」

 

主「数年前のNHKの紅白歌合戦で泉谷しげるが、春夏秋冬を歌っているけれど、その時に会場の人に手拍子するんじゃねぇ! って怒ったんだよ。

『この歌は大晦日に帰れない奴、外で寒い思いをしている人間に対して歌っているんだ! いいか、ラジオを聴いている奴、今ほんとうに苦しい奴は、今日ですべてが変わるって一緒に歌え!』って。

 それがちょっとした問題になったけれど、それが本当の表現だよ! 今満たされている、幸せな人に対する歌や表現も必要だけれど、もっと辛い現状にある人に対して夢や希望を与えるということ……それも大事な表現なんじゃないの!?」

 

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リリーさんもそうだけれど、車椅子もかっこいい!
(C)2017「パーフェクト・レボリューション」製作委員会

 

様々な障害

 

カエル「この作品は重度の障害を抱えるクマが主人公だけれど、ミツにも大きな秘密があるんだよね」

主「もう公式サイトでも語っているから言っちゃうけれど、ミツは人格障害を抱えるソープ嬢なんだよ。だからこの映画って『重度の身体障害者』『精神病患者』の恋愛の物語なわけ。

 この映画におけるハードルはたくさんある。それは我々一般の観客、健常者が抱える思いと一緒なわけ。だって、どう考えても無理な話だと思うでしょ?

 だけれど、だからこそ『恋愛の障害』としてうまく機能している

 

カエル「こちらも1年以上前の過去の記事になるけれど『恋愛作品論〜なぜ病気ものが流行るのか?』でも語ったように、現代における恋愛の障害ってかなり限定されるんだよね。『ロミオとジュリエット』のようなお家問題が現代では恋愛の障害には絶対にならない。

 だからどうしても病気、年齢……あとは先生と生徒のような倫理の壁、同性愛などの映画が多くなってくる

主「でもさ、今はそれすらも障害になり得なくなってきた。見ている観客の側が同性愛に対して受け入れる方向性になっているし、病気でも恋愛をするんだ! という思いは伝わりやすいものになっている。

 それって恋愛の障害にならないんだよ。だから現代は……実は恋愛作品が作りづらい世の中になっている」

 

カエル「だけれどこの究極の形を見せつけれられるとねぇ……」

主「その意味ではかなり極端で派手な部分はあるよ。やり過ぎな演出や展開、邦画のダメなところが全くないかというと……まあ、あると言わざるを得ない。

 でもさ、これは実話なんだよ。結局別れてしまったらしいけれど、重度の障害者とソープ嬢が付き合っていたという事実がある。ちなみに実際のミツはもっと過激らしいです。あれでも抑えたらしくて……

 あと、これは言っておきたいけれど本作は社会派のようだけれど、娯楽作です!

 リリー・フランキーなどの熱演もあるけれど、かなり笑えるシーンも多く演出も過剰気味にしてエンタメ作に、ポップな作品にしようとしている」

 

カエル「それが1番すごいことかも……

 このような作品って芸術性を高めて、いかにもエラそうな社会派の芸術映画にするという選択肢もあると思うんだよ。だけれど、そうじゃなくてエンタメ作品なんだよね」

主「この作家性とメッセージ性と娯楽性が見事なバランスで成り立っている。思うところがないわけではないけれど、このスタイルだけでも素晴らしいよね」

 

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本作のモデルになった企画、原案の熊篠慶彦

この赤い服装も目立つため(危険回避のため)だそうです

 

 役者について

 

カエル「まずは何と言ってもリリーさんですよ!

 近年のリリー・フランキーが出てくる映画って、大体この人が強く印象に残るんだよね。昨年日本アカデミー賞を獲得したし、このブログでも『2016年の映画をおさらい! 各部門ごとのベストを選出するよ』の記事で最優秀助演男優賞に選んでいるし」

主「この役をリリー・フランキー以外が演じたらまったく違う味になってしまう。確かに性に対して興味津々なエロオヤジだけれど、只者ではない。

 熊篠慶彦の友人ということもあるけれど、障害者の性についてしっかりと考えている人であり、この映画のセリフなどでも嘘がほとんどないことが伝わって来る」

 

カエル「障害を演じる姿が『いかにも障害者』になりきらないのがすごいよね。自然体でさ」

主「すごく素っ頓狂な、エロいことに興味津々なことを言っているけれど実は常識もあるんだよね。このバランスを取れるのはリリー・フランキーだからこそ。見事な主演です」

 

カエル「一方の相手役の清野奈名はどうだった? まだ若い女優さんには難しい役だったこともあると思うけれど……」

主「本作のリリーもそうだし、小池栄子などの高い実力がある役者を相手にしているから浮いたところがあるのも事実なんだけれど……この映画においてミツってかなり特殊な女性なわけ。

 彼女が普通の演技をしちゃいけない。

 彼女は浮かなければいけない。その意味で見事に演じていたよ」

カエル「人格障害を抱える風俗嬢を演じろって簡単なことではないしねぇ」

主「すべて本当のことを話しているようなんだけれど、でもどこか根本的に違っている。記憶も自分で改ざんしているようなところもある。そんな不安定な様子が見事に出ていた。

 そしてこれが大事なんだけれど、リリーも清野も気持ち悪くないんだよ。映画を見ているうちに愛着が出てきて、応援したくなってくる」

 

カエル「脇を固める人たちも良かったね」

主「特に良かったのは小池栄子だね。彼女の存在がこの作品を支えていた。

 役者についてはみんな良かった。演出と演技が一致して、それが映画に重要な意味合いももたせているな、という印象だったね」

 

以下ネタバレあり

 

 

 

2 序盤について

 

カエル「ではここからは作中に言及しながら語っていくけれど、本作は相当うまい映画であるという認識でいいんだよね?」

主「そうね。脚本などに関してもかなり素晴らしい出来に仕上がっている。

 自分は序盤で一気に引き込まれたし、頭をかち割られたんだよ

カエル「……序盤で?」

 

主「まず、本屋の店員にエロい視線を向けるクマに親近感がわくじゃない? あれは出だしとしてクマの人物像が伝わるのと同時に、『車椅子で良かった』と思える数少ない瞬間だと思うんだよね。

 結構笑えるスタートなんだよ、そして多分障害者あるあるに近いものだろうし、ちょっとだけ憧れる人もいるだろうね

カエル「作品の色や売りを見事に表すとともに、結構な下ネタ表現がある映画だけれど、そこで男性は色香で画面に集中させて、女性は『あらあら』と笑う絶妙なエロだったんじゃないかな?

 もっと過激にしちゃうと引いちゃう人もいるだろうけれど、あの程度なら笑える人も多いだろう」

  

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ちょっとした役得?

(C)2017「パーフェクト・レボリューション」製作委員会

  

頭をかち割られる

 

主「そしてクマの公演に場面は変わるんだけれど……ここがいいんだよ。

 さすがリリー・フランキー、下ネタを話してもいやらしさがない。堂々としているから会場の笑いも納得できる。

 そして自分が最初に頭をかち割れたのもここだった

カエル「……なんか衝撃的なことあったっけ?」

 

主「自分は『脳性マヒの主人公である』という認識で見に行っているからさ、最初のクマの様子に違和感が若干あった。

『あれ? 意外と普通の人だな』って。そして自分の中で『まあ、映画だし少しくらい普通にデフォルメするよな』って納得していた。

 そこでクマが言うんだよね。

『結構驚かれたりするんですよ。言語障害がないんですね、とか、頭の回転が普通なんですねって』って。そこで劇中では笑いが起きているけれど……これが衝撃だった。

 だって、全く同じことを思っていたから。脳性マヒで車椅子を乗る人は言語障害があって当たり前だって、どこかで思っていた。

 でも、その当たり前ってなんなの?

 どこが当たり前なの?

 結局何も知らない、偏見に満ちていたことを……いきなり突きつけられた

 

カエル「……でもさ、多分そういう人も結構いると思うんだよ。

『障害者の映画って暗い』とか『普通じゃない=コミュニケーションが難しい』って考えているところがあって……」

主「それ自体が偏見なんだよね。ストレートに、カナヅチで頭を勝ち割れた。それ以降は一瞬たりとも気が抜けない作品になっていったんだよ」

 

 

 

 

3 『偏見』に満ちた作品

 

カエル「この小タイトルだと誤解が生じやすそうだけれど、実は語りたいことがあるのもここなので、何も言わずに読み進めてください」

主「ミツに好かれたクマだけれど、クマはずっと断り続ける。『恋愛はしないよ』って。その理由は当然障害を抱えているからだ。

 クマってかなり性に対して積極的で、啓蒙活動もしている。もちろん童貞ではないし、風俗店にも通っているような人だ。でも、それでも恋愛はすることができないって思っている。

 実はクマの中にも偏見があるんだよ。

『障害者は恋愛をしてはいけない、不幸になるだけだ』って偏見が」

 

カエル「……普通、偏見や差別を描いた作品って、周囲の人間が当事者に対して差別をして、それに対して怒るという作品も多いじゃない?

 だけれど、本作はその当事者の中にも偏見があるんだよね」

主「自分が『聲の形』を大絶賛した理由の1つだけれど、障害だけが不幸になる理由じゃないの。

 『障害者にとって恋愛は不幸になる、負担になる』という……社会の意識、周囲の意識、そして本人の意識がより不幸にしている。でもさ、それこそが偏見なわけじゃない? そんなことを言ったら色々な形で負担になる相手っているし、不幸になる人っているんだよ」

カエル「色々な形で?」

 

主「例えば今なら低所得者であったり、借金であったり、病気の親の面倒をみているとか……そういう理由で恋愛をしない、できないと思っている人はたくさんいる。もっと軽いものだと自分はブサイクだ、ハゲているから、デブだから……そうやってレッテルを自ら貼ってしまい、恋愛に踏み込めない人ってたくさんいる。

 そしてそれはそうかもしれない。だけれど、自分で自分の評価を下げて不幸になっていく……その行為にどんな意味があるのよ? せいぜい悲劇のヒーロー、ヒロインになって自虐的な言い訳を作るだけなんだよ。

 本作は障害の映画だって思われるけれど、この障害の部分を他の要素に変えるだけでももっと一般的な、多くの人が抱える問題になるんだよ。別に障害者だけの問題ではない」

 

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結構明るい場面も多い作品であり、悲壮感ばかりではない

(C)2017「パーフェクト・レボリューション」製作委員会

 

ミツについて

 

カエル「一方でミツも心に障害を持つ人だけれど……でもだからこそ、この映画の周囲の意見に左右されない人間なんだよね」

主「はっきりと言わせて貰えば、頭のおかしい安定しない女の子ではある。だけれど、そうじゃないとこの映画が成り立たない。

 周囲の人が抱く『当たり前』の偏見を打破するには、それが本心から理解できない人間でないと不可能なんだ。

 周囲の人たちが語ることって、たぶんその通り。ただでさえ負担になりやすいクマの面倒を、ミツが見れるかっていうと難しいところがある。一般の人であればミツが暴れたら相手は女性だし、取り押さえることができるかもしれない。でも、クマはそれができない」

 

カエル「ワインをがぶ飲みさせたりっていうのも、親愛の気持ちからきているのもわかるんだよ。でもさ、じゃああんなことされたら? って言われたら……僕は嫌な気持ちになるし、恐怖すらあるかもしれない」

主「重度の障害を抱えているからこそ、生殺与奪の権利は介護者にある。介護者が暴行を働いてきた場合、それに刃向かうことはできない。そんな事件は残念ながら発生しているし、しかも頭はシャッキリとしているから、その可能性だって十分に想像することができる。

 これってすごく怖いことである。そしてその権利をミツに譲渡するというのは、かなりのリスクがある」

 

カエル「でもミツじゃないとダメなんだよね……」

主「ミツ自身もいくつもの偏見を抱えている。人格障害もあるし、風俗嬢……ソープ嬢でもある。他にも重い偏見の要因がある。

 それらの偏見を抱えるミツだからこそ『だから何?』という言葉に重みが生まれていく。観客は見ているうちに『え? ミツと周囲の人のどっちが異常なの?』という思いが生まれていくんだよね」

 

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本作を支えた名脇役たち

(C)2017「パーフェクト・レボリューション」製作委員会

 

周囲の偏見

 

カエル「そして周囲からの偏見って確かにすごくて……あの法事のシーンとかは見ていて辛かったねぇ」

主「あのシーンにおいてミツだけが喪服ではないというのは、あの場におけるミツの部外者感であったり、ある種の異常性を象徴しているようで良かったね。

 でもさ、あの法事のシーンばかりが言われるかもしれないけれど、本作の偏見ってすごくたくさんあるじゃない?

 クマの友人であり、1番の理解者であるはずの恵理ですら『だってクマは障害者だから』ってはっきりと口にしてしまった。介護する側にすら偏見はあるということを露呈してしまった。

 一方でミツを預かっている晶子もまた同じで、彼女の幸せを祈りながらもそんなことは不可能だってはっきりと伝えている。

 本来障害に対して理解があり、当事者に対して愛があるはずの人たちですらそれは無理だという偏見を抱えている

 

カエル「しかもそれが真っ当な意見のように聞こえるんだよねぇ」

主「そしてそれはダイレクトに観客に伝わってくるでしょ?

 観客の多くは『まあ、常識で考えれば無理だよね』って思う。それこそが偏見なんだよ。しかも、差別的意識などのない、ほぼ純粋な善意からくる偏見。これが1番厄介なんだ。

 そしてそれはミツの一言で再び頭を殴られた。

『障害者だろう!? 障害児くらい受け入れてみろよ!』って」

カエル「……これは文字にすると強烈なセリフだよ……暴言だし、絶対に問題になる言動で……」

 

主「でもこれを話すのはミツだからこそ、意味合いも強い言葉だよね。自分は今年1番衝撃を受けたセリフだった。全部可能性の話でしかないんだよ。障害を持って生まれてきてしまう可能性って健常者とか関係ない。クマの家族も両親も健常者だからね。

 もちろん、過去の治療の影響もあるかもしれない。でもさ、そんなことってあくまでも可能性でしかないんだよね。

 その可能性をまるで確定した事実のように語る事……それを偏見という。

 この映画の中で本当に偏見を持っていないのは……心に疾患を抱えるというミツだけなんだよ」

 

 

 

 

4 本作品のうまさ

 

カエル「この作品がうまい、うまいって語るけれど一体どういうところがうまいと思うの?」

主「まず第一に挙げるのが先ほども語ったように、この強烈なテーマをポップな娯楽作として仕上げた事。確かに重い作品だけれど、笑えるしエロいし、ラブコメといえばラブコメになるんだよね」

カエル「ラブコメというには重すぎるけれどね……」

 

主「あとは関係性のうまさ。本作における恵理の役割って『健常者のクマ』の立ち位置なんだよ。

 恵理の旦那はあるトラウマを抱えていて、それで年の差の結婚をして恵理をかなり大事にしてくれている。

 かなりライトな形になっているけれど、恵理の方が年上であり、旦那がちょっとした心にトラウマを抱えている……というのは、男女を逆にしたクマとミツなんだよ。だけど恵理夫婦に関しては観客は一切疑問を抱かないんだよね。

 その意味ではクマのところと良い対になっているんだ。これは後半にかなり生きてくる。

 こういう『対偶の関係』ができている脚本はうまいよね」

カエル「ふむふむ……」

 

主「あとは演出上のうまさでいうと、クマが若干の段差に恐怖を抱き、そのまま立ちすくんでいる時に背中を押してくれる……と言っていいのかわからないけれど、一緒に車椅子に乗るんだよ。これは一蓮托生の関係であり『最強の2人』であることを表しているわけだし。

 あとはレストランでのシーンで正面から見ていた時はミツも気にしなかったけれど、改めて横から見たら、若干クマの食べ方に嫌悪感を抱いていたところ。視点1つで同じ行為がまったく違うように受け止められるということを示す、いい演出だったね。

 他にも色々ないい味が出た演出があったよ

 

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一人だけ浮いている=偏見のない存在であるミツ

(C)2017「パーフェクト・レボリューション」製作委員会

 

一方、欠点として

 

カエル「一方で欠点としてあげられるとしたらどこ?」

主「やっぱり差別の描写かな。

 過剰すぎたところはあるかなぁ。特にレストランのシーンは、たぶんあそこまで描くというのは実話混じりなところもあるかもしれないけれど、映画としては過剰な演出だった。

 差別や偏見の描写はかなり強調されていたけれど、もっとさらりとしてもよかった。現代における障害への偏見はそういうことじゃなくて……もっと根底にあるものだと思うんだよ」

 

カエル「無意識に差別や偏見を抱いているところもあるもんね」

主「例えば、この記事もそうだけれど自分は『障害』表記をしている。今は多分この表記の方が少数派だと思うけれど『障がい』と書くことで何が変わるのか、自分には理解できない。

 そうやって書くことでまるで自分が理解があります、配慮をしていますというアピールにしているような気もしてくる。本質的には文字表現が『障害』であろうが『障がい』であろうが『障碍』であろうが、何も変わらないんだよ。

 害の字が難しいからひらがなにしますってんならわかるけれどさ……そういうことではないでしょ? 言葉を言い換えるだけで何かをやった気になるのだったら、むしろ変えないほうがいい。

 でも現代の偏見ってこういうことなんじゃないかな?」

 

カエル「直接的に非難はしないけれど、影では眉をひそめるというか……」

主「その意味では本作の差別の描写は直接的すぎたよね」

 

 

 

5 ラストについて

 

カエル「ちょっと賛否が分かれそうなのがラストだけれど……さすがに直接的にどのようなものかは言及しないけれど、あれってどうだった?」

主「あれが最高だった! 

 確かにその数分前の描写で終わっておけば綺麗に、誰もが納得する形になったかもしれない。でも、多分自分はここまで絶賛はしなかった。あれだと敗北なんだよ。

 結局革命は起きなかったということになる」

カエル「だからこそ、かなり……ポップでファンタジーな終わり方にした、と?」

 

主「あのラストってラブコメの王道でもあるんだけれどね。走るシーンは青春映画では絶対必要な描写だしさ。そのあとの走り方もこの映画らしくて、そしてこの映画でないとできないものになっているし」

カエル「多分、非難があるのって流れが強引だったことがあるんだろうけれど……それはについては?」

 

主「いや、あれでいいでしょ。

 先ほども語ったように、恵理たちはもう1人のクマたちであり、晶子はミツへの最大の支援者である。彼女らは健常者代表であるのと同時に、クマたちを最大限に想う人たちなんだよ。

 革命というのは障害者だけではできない。そこには健常者のアシストが必要になってくるだろう。

 だからこそ、偏見を抱いていたはずの健常者代表がああいう形でアシストするということが大事なんだよ

 

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物語の意義

 

主「これはいつも語ることだけれど、自分は『物語の意義』って何かというと、それは願いだと思うんだよ。

 『聲の形』であれば障害だけでなく、いろいろな過去を持って悔やんでいる人たちにも前を向いてほしい、とかさ。

 『真白の恋』であれば自閉症を抱えていても恋を知ってほしい、偏見を抱かないでほしい、とかさ。

 あるいは残虐で苦しいラストの映画だとしたら、こんな気持ちを抱える人や子供が少しでも減りますように、そしてこれを観る人がそういう人たちに手を差しのばして、救ってもらえますように……などの『願い』こそが物語の意義だと信じている

カエル「もちろん、いろいろな思いはあるだろうけれど、平和への願いだったり、鎮魂の願いなどをテーマにした映画もあるね」

 

主「本作は『パーフェクト・レボリューション』だ。

 完全なる革命の映画なんだよ。

 その願いは当然のように『すべての人が恋愛することのできる、偏見のない世の中を』という願いである。

 それはある意味ではファンタジーかもしれない。本作の劇中でも描かれていたように、現実的に考えたらどうしようもない日常というのもあるかもしれない。だけれど映画という虚構、物語であればその願いすらも可能なんだ。

 だからこそ最後はポップでむちゃくちゃかもしれないけれど、あのようなラストを描いた。それによって、この映画は大きな革命を成し遂げた。

 少なくとも自分の常識は完全に揺さぶられたし、崩壊した。

 革命は起きたんだよ!

 

 

 

最後に

 

カエル「本作が与えるであろう影響が大きいものであってほしいよね

主「前に乙武洋匡の不倫騒動の時にも書いたけれどさ、自分はあの人がモテるのすごくよくわかる。自分に自信があって、社会的に評価もされていて、苦難にも負けない強さがあり、身なりもパリッとしていて、しかもイケメン。もてない要素なんて障害だけ。

 だけれど、周囲や世間は違ったようで、どうにも他の不倫の芸能人とは違う叩かれ方をしたような印象があるんだよ」

カエル「まあ、それまでアグレッシブで立派な人というキャラクターで売っていたというものあると思うけれどね。選挙がどうのこうのという話もあったし……」

 

主「それにしても叩かれすぎな印象があった。障害者に対する性や不倫ってそんなにおかしいことなのか? という思いもあった。

 それだけ難しいテーマだ。

 間違いなく言えるのは、熊篠慶彦が自ら企画し、売り込みに行かなければ企画が動き出すのも難しい作品だったろう。でもそれすらも『パーフェクト・レボリューション』だよね。

 邦画界にとってもエンタメとして、そしてラブコメとして本作を描いたということはとても重要な意義があるだろう。 

 いつも言うけれど、差別や偏見のない、バリアフリーの社会や物語というのは、マイノリティとされる人が当たり前に登場する物語だ。単なる親友Aにゲイがいて、親友Bに身体障害者がいる……でもそこに特別な意味がない、それが当たり前になる物語だ。

  でも日本では、障害や差別を描くときにこれだけ大上段に構えなければいけないという現実がある。学園ものにも、お仕事ものにも障害者や性的マイノリティ、黒人や白人すら出てこない。いても何もおかしくない世の中になったのにね。

 今でいうとハゲやデブ、チビ、ノッポなどと同じような、なんてことのない身体的特徴の1つとして描かれてこそ、本当の差別がない社会といえるだろう」

カエル「どうしてもLGBTや障害を扱うと、それ自体がテーマになってしまうところはあるかな」

 

主「日本はなんだかんだ言っても保守的だし、革命はないかもしれない。

 でも物語ならば、革命は起こせるんだ。

 確かに本作はファンタジーかもしれない。

 でも、今作がファンタジーと言われてしまうというのは……最後に友人や保護者の手助けを借りて駆け落ちをするというラストが『ファンタジー=現実的でない』と思われてしまうということは、それだけ障害というハードルが恋愛において高いものだということ、恋愛を諦める理由になるということだ。

 でもそうせざるを得なかった。ファンタジーにしないと、あのラストは描けなかったということなんじゃないか?

 自分は、何十年後にはゲラゲラ笑われる作品になって欲しいとすら思う。

『何十年前の作品とはいえ、これはあまりに大げさすぎるよ! もっと現実的に描けばよかったのに』って言われて『スマートじゃない』って語られる作品になって欲しい。

 その第一歩として……すごく意義のある作品でしょう。

 重ねて言うけれど……自分はこの映画を最大限評価する。

 むしろ、しなければいけないとすら思う。

 ぜひ多くの人に鑑賞してほしい1作だね」

 

 

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