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物語る亀

ネタバレありの物語批評

乙武洋匡不倫問題における『自己肯定感』の言及って風潮は何なの?

雑考

 乙武記事が少し当たったのでちょっと気になった部分を書いてみようかなと思う。

 ちなみに私は乙武洋匡氏を擁護するようなことをこれから書いていくが、それは決して不倫行為というものについて擁護するつもりはないと言っておく。国会議員を目指す人間が不倫はまずいだろう。

 お前も浮気してんじゃないかって?

 考えてみなさい、あなた。不倫や浮気をするには特定のパートナーが1人はいないとできないわけで、本当に特定のパートナーを持ちながら、さらに数人不倫相手がいたら毎日毎日ブログを更新してないよ、きっと。

 

blog.monogatarukame.net

 

  私が気になったのは2つの記事である。

 

fujipon.hatenablog.com

 

zasshi.news.yahoo.co.jp

 

 この2つの記事はどちらも乙武氏の『自己肯定感』について語った記事であるという点で共通しているのだが、前者の記事はともかくとして、後者の記事には少し違和感があった。

 特にこの部分である。

 

 よく自身の一物の大きさや絶倫機能を自慢していたというが、そんなものは黙っていればよい話だ。それなりに役に立てば、それでよいのである。大きさや機能を殊更に言い募るのは、自分が本当にありのまま認められたという肯定感の欠如以外、考えられない。

 

 はい、世の男子諸君はこれがおかしいということがわかるでしょう?

 例えば学生時代や飲みの席において誰々のモノがでかいとか、1日に何回自慰行為をしたとか、初体験の年齢だとか、誰々が皮かむりとか、あいつはいつも合コンで持ち帰るとか、そういう下の話というのはどこの誰でもごく当たり前のように行われているものである。もちろん個人差はあるものの、この手の話を一切したことがない男子という方が少ないのではないか?

 この手の話は例えば年収だとか、学歴だとか、モテるとかと同じように、ステータスの1つでもあるわけですよ。

 もちろん気にしない人は全く気にしない。

「別に高卒の何が悪い?」というのと同じように「別に短小で包茎で何が悪い?」という人もいるだろうし。

  そういう話が好きな人ってのはどこにでもいる。下世話だし趣味がいいとは思わないけれど、それは普通のことだ。

 

 最近は不倫問題が相次いでいて、それに関しては有名税として仕方ない部分が大きいとも思うのだけれども、では浜田雅功やゲスや石井竜也や狩野英孝(狩野は独身だけど)と何が違うって話なんですよ。

 誰々と比べたら乙武が一番悪質であるという意見が出るのはわかるのだが、では浜田雅功や狩野英孝の問題が発覚した際に、有名人というステータスは同じにも関わらず『肥大した(偽物の)自己肯定感』の話なんて欠片も出てこなかった。

 浮気した人間、不倫した人間に『肥大した自己肯定感』のせいだと言った瞬間に「……意味がわからん」となるのが普通の反応で、それが『五体不満足』の中で言及している部分だとしても、自己肯定感があるから不倫しましたというのはあまりにおかしい意見ではないだろうか?

 

 私は3月26日土曜日の26時頃にフジテレビの番組を見ていたが、そこでタレントの千秋が発言していたのは「ママ友の半分は不倫経験者か継続中だよ」という話だった。その真偽はさておいて、では彼女たちは『肥大した(偽物の)自己肯定感』の末に不倫したのであろうか?

 そんなわけあるか!

 退屈だからとか、魅力的な異性がいたからとか、パートナーと上手くいっていないからという理由はあれども『自己肯定感を満たすために不倫しました』なんていう人が果たしてどれだけいるのだろうか?(0とは言わない)

 

 『自己肯定感』というとなんだか大層なことのように聞こえるが『自分に自信がある』と言えば、男がモテる要素の1つだろう。卑屈な男がモテるなんてのはほとんどありえないし、あったとしても太宰みたいな人間でないと無理だ。

 

 では何で乙武氏だけこんな論調になるのかというと『障害者は生まれつきハンデキャップを抱えていて、劣等感の塊だからである』という思考からスタートしているのではないかと考える。

 これは障害だと話しづらい内容になるならば、他のことに変えてもいい。

『貧乏だから生まれつきハンデキャップを抱えていて劣等感の塊である』

『片親だから生まれつきハンデキャップを抱えていて劣等感の塊である』

 それと同じような発想と思い込みからスタートしているように思えて仕方ない。

 

 当然そういう人もいるだろうし、障害、貧乏、片親に悩む人はもちろんいる。でも劣等感の塊になる人間というのは障害の有無なんか関係なくどこにでも普通に存在している。

 乙武氏が闘った社会風土というものはそのような思い込みの部分であろう。別に障害者全てが劣等感の塊というわけでもない。何で世間がそう思い込んでいるのかわからないというのが、彼の基本的な立ち位置だったわけだ。

 だからトレンディエンジェルがハゲネタを弄るように、乙武氏は障害ネタを弄ってきたし、障害だって1つの個性であると訴えかけてきた。

 

 

 『不倫する人間は人格が劣っている』とか、『結婚という社会契約を果たせない行為は非難されるものだ』というのは1つの意見としてわかるのだけれども、今回の件はそこを超えているように思えるし、『障害者だから不倫した』『障害者は元々劣等感を抱いている』という風潮がもしもあるのであれば、非常に残念なことだと思う。

 

 最後に、不倫が許される人と炎上する人の違いってなんだろうと気になった。

 石井竜也なんて過去のことを振り返れば相当すごいことしてるのに、叩かれないし。やっぱイメージなのかな?