物語る亀

物語る亀

物語愛好者の雑文

新年の挨拶に代えまして、小説にて書き初めとさせていただきます。

 あけましておめでとうございます。

 

 新年1発目の記事は何にしようかと考えましたが、ここは私の新作小説で書き初めとさせてください。

 構想10分、執筆20分の、何もないお話です。

 普段人の作品に色々とケチをつけていますが、そんな人間が筆をとると、この程度のものしか出来上がりません。

 だけど『舞台に上がることが一番大事』ということを何回も連呼している人間が舞台に上がらないということは、ありえないと思います。

  

 この作品に対する感想やコメントをお待ちしています。

 できれば、お手柔らかにコメントしていただいたら、嬉しいなぁ……

 

 

 題『日の出』

 

 

 まだ陽も登る前の夜空の雲を吹き飛ばすように、身を切るような冷たい風がさっと流れていった。ぽっかりと光を照らしていた月も街のビル群の中へと隠れてしまい、きっとこのまま姿を現さず沈むのだろう。

 ふっと両手に息を吹きかける。白い息が手のひらをまとい、そのまま夜の闇をわずかに染めると、すっと消えていってしまった。

 

 いつもは誰も彼もが寝静まり、ポツリポツリと点いているだけの家屋の電球も、今日はどこもかしこも煌々と街を照らしている。近くのお寺からは鐘の音が鳴り響き、数時間前まではどこか遠くから花火の音が、鼓膜を小さく叩いていた。

 それでも、人通りの少ないこの路地の、小さな公園のベンチに座る、自分の姿を見つめる影は、どこを探しても見つからない。

 

 大晦日の夜を一人で明かすことに慣れてしまったのは、一体いつからだろうか。

 この街に越してきた時は、どこか物寂しい気持ちもあったはずが、いつの頃からかそんな感情は、都会の闇に霧散してしまい、全く抱かなくなってしまった。それでも時折携帯は、親から着信も告げていたのであるが、それもここ数年は鳴り響くことがなくなった。

 きっと兄の子供の……孫の世話に日々を追われるうちに、不肖の次男のことなど忘れてしまったのだろう。そんな気持ちに囚われる自分がたまらなくつまらない人間に思えるが、誰にも相手をされないというのは、それはそれで楽なものだった。

 帰ったところで自分の居場所なんてないのである。これは比喩でもなんでもない。兄が結婚し、子供が生まれた時に、自分が使っていた部屋は子供部屋となり、荷物は全て倉庫の奥へと仕舞われた。そのため、自分が帰ったところで寝るところなどなく、リビングのソファーで布団を被って横になるか、両親の横で寝袋のお世話になるしかないのである。

 そのことに文句なんてあるはずがない。長男の責任を果たし、年老い始めた両親と同居し、子供を育てている上に、未だにまともな職にもありつけない次男のことまで気にするほどにできた兄など、この世のどこにいるものか。

 

 

 僻んでいない……といえば、嘘になるかもしれない。

 これだけ順調に人生を歩む兄に対して、自分は何をしているのだと思う時もある。だけど、それならば兄のようにそこそこの大学に進み、そこそこの企業でどんなに頑張っても課長にもなれず、結婚紹介サイトで知り合った女性と結婚し、両親の元で子供を育てる……そんな『普通』の生活に憧れるかというと……そんなことはない。

 じゃあ、何がしたいんだ? と訊かれると言葉に困る自分がいる。

 結局、ただただ他の人と違う自分、という幻想に身を委ね、そう思い込むことで小さなプライドを満足させることに必死になっていただけだろう。

 

 

 特別な人間になりたかった。

 でも、普通の人間にすらなれなかった。

 それはよくあるお話だ。

 

 

 公園のベンチから見えるすき屋の中では、元日の朝だというのに呑んだくれて寝込んでいるおじちゃんが何人かいた。こんな日に、すき屋で牛丼で酒を呑み、寝る。

 あのおじちゃんたちの生活も、ひとりひとり聞けば波乱万丈であり、そしてそれはごく当たり前のように誰もが抱えている人生の、ほんのすこしの浮き沈みでしかないのだろう。

 

 人間は誰もが苦しみを抱えながら、平然と生きている。

 

 そんな言葉を誰かが残したらしいけれど、自分やあのおじちゃんたちは平然と生きることができなくなってしまったのだろう。誰かにその苦しみをアピールすることで構って欲しいけれど、世の中にそんな貴徳な人はそうそう落ちていないのである。

 

 ふっと空を見上げると、少しだけ赤みが混じり始めていた。

 空には早くもカラスが空を舞い、年始など関係ないようにいつものようにごみ捨て場の周囲に溜まる。でも今日はゴミの1つも落ちていないから、きっとあいつらは何も食べずにどこかへ飛び去るか、そのまま屋台の多い神社の近くで残飯やらを漁るのだろう。

 空から眺める正月は、きっといつもと何も変わらない。あいつらにとっては新しい1日が始まり、そしていつものように1日が終わる。ただ、それだけのことなのだ。

 

 心の中で自分が言う。 

 それでいいんじゃないか? と。

 決して何者にもなれないで、普通の町の親父になり、普通の人と結婚して、普通の子供を持って、普通に老いて、普通に死ぬ。

 そしてその死の間際において『俺も昔は……』なんて言いながら、何者にもなれなかった自分を誇りに思い、ほんの少しの後悔を抱えながら、ゆっくりと目を瞑っていく。そんな人生の何が嫌だったのか、今の自分には思い出すこともできなくなっていた。

 

 目の前を眠ってしまった子供を背負った父親と、お守りを抱えた母親が通り過ぎていく。夫婦は初詣で疲れたのか、ほんの少し口論をしながら、鍵を開けて家の中に入っていった。

 

 

「それでも」

 

 気がついたら言葉が口から飛び出していた。

 

「それでも、それでも、それでも」

 

 

 何度も何度も繰り返す。

 なあおじちゃんよ、自分もいつかあんたらの仲間入りするかもしれないな。そんときは仲間に入れてくれるかい? 一緒にラジオで紅白でも聴きながら、泉谷しげるの春夏秋冬でも歌ってさ、なけなしの金を持ち寄って一杯のビール瓶を回し飲みさせてくれるかい?

 そう尋ねたらおじちゃんはこちらの方に振り向きながら、嫌だ、と小さく笑ったような気がした。

 

 朝日が夜空を赤く染めていく。その奥では少しの雲が、風に流されていた。今日は少し天気が荒れるかもしれないな、なんて笑いながら、立ち上がる。

 

 

 今日もいつもと同じ日が始まる。

 そしていつもと違う日が、始まる。