物語る亀

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物語愛好者の雑文

書評『学校へ行けなかった私が「あの花」「ここさけ」を書くまで』感想 岡田麿里の脚本の原点がここに!

亀爺(以下亀)

「今回は久々の書評といくかの」

 

ブログ主(以下主)

「アニメと映画大好き人間だと思われているかもしれないけれど、小説も好きなんだよ! ただ最近は読めていないだけで!」

 

亀「映画は手軽じゃからな。大体が2時間前後で終わってくれるし、書きたいことがたくさんある、内容の詰まった作品も出て来やすい。小説はもちろん作品にもよるが……最近注目の『蜂蜜と遠雷』などは、それなりに時間がかかるからの」

主「面白いんだけれど、2段組のノベルス形式で何百ページもあるとちょっと気後れしちゃうところがあるよね。まあ、それでも何十冊もあるような大長編作品に比べると大分楽なんだけれど……

 今回紹介する本のように比較的軽く読み切ることができる作品ばかりなら、こちらとしては嬉しいけれど

 

亀「今回は岡田麿里の自伝的エッセイということで、アニメを語ることの多いこのブログ向きの1冊ということもできるじゃろう」

主「この手の……アニメスタッフが本を出すことはあるけれど、監督とかではなくて脚本家ってそんなにない気がする。やっぱりそれだけ注目を集める人なのは間違いないんだろうな。ヘイトやアンチもそれなりに多いけれど、普通は脚本家に対するヘイトなんてほとんどないし。

 しかも、これが賀東招二や冲方丁のように作家出身だったり、虚淵玄のように別ジャンルでコアなファンに知られるような実績を残し、注目を集めたわけではなく……主にアニメの脚本をずっと書いてきた脚本家がここまで注目を集めるのも異例かも。

 それだけ個性的で印象に残る作品を作っているということの証拠でもあると思うよ

亀「それでは書評記事を始めるとするかの」

 

 

 

 

学校へ行けなかった私が「あの花」「ここさけ」を書くまで

 

 

1 岡田麿里について

 

亀「それではこの記事を読む人の中にも『岡田麿里って誰?』という人もおるかもしれんから、軽く紹介しようかの。

 先ほどから何度も言っておるように、主にアニメの脚本を手掛ける女性脚本家であり、最近は注目度の高さもあってか実写映画の脚本にも進出しておる。4月に公開された『暗黒女子』という作品を手がけておる。

 この作品は幸福の科学へ出家した清水富美加が主演ということでも注目を集めたが、岡田麿里の個性が発揮されたお話でもあるの」

 

主「じゃあ何がすごいの? というと、簡単に言えば『生々しい脚本』が書けるというところにある。

 女性脚本家だけで見ても昔から橋田寿賀子とかもいるしさ、アニメ業界だけでも吉田玲子、横手美智子などの有名女性脚本家はいる。

 じゃあそういう女性脚本家と比べても何が違うのかというと、人間描写、とりわけ女性の生々しさが出ている脚本にあると言われている

亀「アニメ業界というのは基本的に『理想のかわいい女の子、かっこいい男の子』を描くことが求められることが多いからの。吉田玲子などまさしくそのような魅力的なキャラクターを描くことができる脚本家である。代表作も『カレイドスター』や『マリア様が見てる』『けいおん!』『たまこマーケット』『ガールズ&パンツァー』などの男女を問わずに支持されるキャラクターを描いておる。

 じゃから、今のアニメ界でも引っ張りだこの評価の高い脚本家でもあるのじゃろうな」

 

主「一方の岡田麿里は? というと……思春期特有の絶望的な状況とでもいうのかな? あの息苦しい空気感だとか、追い詰められた感覚などを描くことを得意としている。

 代表作も『とらドラ』『あの日みた花の名前を僕達はまだ知らない』『心が叫びたがっているんだ』などのように、明るく楽しい学園生活というよりは、どうしようもない辛い現実にもがく若者像を描いている作品が多い。

 そこが賛否両論でもあり……最大の個性でもある

 

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岡田麿里の作家性

 

亀「さらに詳しくその脚本の特徴について述べるとするかの」

主「……普通、脚本家の色ってそこまでわかりやすいものではなくて……もちろんお話の元になるものだけど、ほぼ間違いなく監督やプロデューサーからの修正がある。小説家などの作家とは違い、団体作業の一環だからね。

 本当に描きたかったものが修正されたり、逆に他の人のアイディアが抜群に良くて評価されたり……ということが多いし、セリフも役者のアドリブが評価されたりもするから、台本を見ることができない外部からは良し悪しを見るのが難しいんだよ。

 『ストーリーが悪い=脚本家が悪い』と言われがちだけど、必ずしもそうじゃない」

 

亀「演出などの影響もあるし、監督のやりたいことや大人の事情などもあるからの。相性の良し悪しもあるはずじゃ」

主「脚本家の個性を見つけるというのは、いろいろな作品を見て、その人の手がけた作品を監督や演出別に考えて……などというちょっとコアなことをしないとわかりづらいと思う。

 だけど、岡田麿里は比較的わかりやすいはず

亀「それが人気脚本家の秘密じゃからの」

 

主「例えばセリフ1つにしても、さらりと生々しい下ネタを入れてくる。男性の下ネタってくだらない、愚にもつかない笑えるものだけれど、女性の下ネタって結構生々しいものもあって……

 なんていうんだろうなぁ? 男子が拾ったコンドームに水を入れて遊んでいるレベルだとしたら、女子は初体験時の痛みとかの話をしているくらいの違い。全然笑えない、シリアスな下ネタとでもいうのかな?」

亀「猥談ではない下ネタじゃの。その場に男性がいると男の方がいた堪れなくなって、帰ってしまうやつじゃな」

 

主「そういう生々しい下ネタなどをサラリと入れてくる。それは下ネタだけじゃなくて、例えば引きこもりの辛さとか、人間関係の悩みとかも含めたものなんだけれど、それが独特の味やリアリティとなっている。

 その生々しさが賛否両論の原因でもある。

 あ、ちなみに賛否両論というのは表現者にとっては褒め言葉だから! 何も刺さらずに無視されるというのが1番表現者にとっては辛いことだからさ」

亀「だからと言って罵倒していいというわけではないがの」

 

 

 

2 本作を読んで

 

亀「ではいよいよ書評に入るとするかの」

主「この作品は岡田麿里が秩父に暮らしていた幼少時代から現在までを語った自伝のようなエッセイなんだけれど……結構すごいよ

亀「……感想記事ですごいでは、ざっくりしていてあまり良くないの」

 

主「最初は『脚本家、岡田麿里の幼少時代と今に至るまでの成功物語』として読んでいたの。だけど、途中からそうじゃなくて……

『1人の女の子が絶望の幼少期をいかに超えて、社会に飛び出していくか』というお話に変化していった。途中から『岡田麿里の自伝』という要素が頭から抜けて行ったんだよね。

 それぐらい劇的だし、作品内容からするとこういうことをいうのはちょっと違うかもしれないけれど、物語として面白い」

亀「1つ1つの描写が細かく、こういうことを経験し、書くことが作品のリアリティにつながっておる……などというと、当たり前のことなんじゃがな。何せ、この作品はリアルなんじゃから」

 

主「女性小説家の作品を1作読み終えたような気分なんだよね。そうだなぁ……雰囲気は本谷有希子とかが近いかも。

 この作品は岡田麿里の自伝として発売しているけれど、それを隠して小説家デビューしました! と言われたら……文章表現は別としても、それなりに評価されると思う。さすがは脚本家だなぁ、と唸ってしまったよ。

 下手な小説よりよっぽど面白い」

 

 

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描写の巧さ

 

亀「本作は元々作者の実体験を元にしておるが、それがさらに生きておるのが『描写の巧さ』によるものじゃの」

主「特に素晴らしいのが『ブラジャーのホックの儀式』だよ。引きこもりの女の子が学校に行かないと親の機嫌が悪くなる。だからこそ、学校に行く意思は見せるために身支度は整える。

 だけど、ブラジャーのホックが止まらないからという理由で学校に行くことができず、時間になりやがて諦める……この描写がなんとも言えないリアルな臨場感があった」

 

亀「なんとなく現在の岡田麿里の作風にもつながっているの」

主「さらりと性的な描写を入れてリアリティを出すのが岡田麿里の作風だけれど、それが見事に生きている。

 先生とのやりとりだったり、友達になれると思っていた年上の女性とのやりとりだったり……繊細すぎるほどに繊細な少女の感覚というのがすごく伝わってきた。

 『あの花』のじんたんは岡田麿里そのものだ、とは聞いたことがあったけれど、まさかここまでとは……」

 

 

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埼玉という日常の牢獄

 

主「最近『そうして私たちは金魚にプールを、』という短編映画を見てきたんだよ。約30分ほどしかないような作品なんだけれど、この作品も『埼玉に住む中学生の葛藤』を描いた映画で……如何にして日常という牢獄から脱出するか? という映画で、結構面白いんだけど」

亀「埼玉は何かとアニメや漫画の舞台になったりもするの」

 

主「東京に近くて、生活に実感がある場所が埼玉なんだと思う。これが東京とか神奈川の東部だと『派手な場所、ハレの場所、夢の舞台』になってしまう。だけど、埼玉と……あとは千葉か。そこだったら東京などにも近いし、日常感がある場所なんだろうな」

亀「埼玉という日常の牢獄というと少し誤解を生みそうじゃから簡単に説明するとするかの」

 

主「前に月曜から夜更かしだったかな? テレビ番組で見たけれど、各都道府県の人に2つのアンケートをとった。

 

あなたは自分の地元の都道府県を愛していますか?

他の都道府県の人から見て、あなたの地元は好かれていると思いますか?

 

という2つの質問。簡単に言えば『郷土愛』『他者から見たらどう思われていると思うか』という質問で……やっぱり北海道、沖縄、福岡などの観光産業が盛んな県は8割以上の人が地元が好きだし、好かれていると思っている。

 確かダントツで最下位が埼玉でさ、どちらも30パーセント台なんだよね。つまり埼玉の人は埼玉に対する愛が低いというデータがある」

 

亀「芸能人でも埼玉出身は東京出身と偽る、などという笑い話もあるし、ダサいという言葉の語源は『だって埼玉』というのも有名な話じゃの」

主「知り合いの埼玉出身者も『東京はいいなぁ』ってよく言うんだよ。何がいいのかもよくわからないけれど……

 田舎って元々『日常の牢獄』という意識は結構あると思う。

 ほら、あるじゃない『東京に行けば何者かになれる気がする』って。実際は東京に来ただけで何も変わらないけれど、何かが変わる気がしてしまう。

 どうしても変えたい日常の象徴、それこそが埼玉という県であり、秩父という町である……その感覚が何となくわかるんだよなぁ」

 

 

 

3 見えてきたもの

 

亀「それでは本作を読んで見えてきたものを語るとするかの」

主「……岡田麿里がシリーズ構成など重要な立ち位置で脚本を務めた作品の中でも、個人的に好きな作品や評価の高い作品をちょっと上げていくけれど……」

 

 

『スケッチブック〜full coror's』

『true tears』

『とらドラ!』

『放浪息子』

『花咲くいろは』

『あの日みた花の名前を僕達はまだ知らない』

『こころが叫びたがっているんだ』

 

亀「他にもあるが、とりあえずこの辺りを中心に語るかの」

主「上記の作品は自分が好きな作品でもある。特に放浪息子は10年代を代表する名作だと思っているんだよね。あとスケッチブックがなぜ入るのか? と言われると単純に個人的に好きだからで、花澤香菜の最高の演技が聞ける作品だとも思うけれど……まあ、それはいいや。

 もちろん『黒執事』や『CANAAN』『鉄血のオルフェンズ』などもあるけれど、それに関してはちょっと後述する。

 上記の作品は岡田麿里らしさが出ていると思うんだよ。原作があるスケッチブック、とらドラ、放浪息子はどこまでを岡田麿里らしさというか難しい部分もあるけれどさ」

 

亀「どれも日常系の、少年少女の生活を扱った作品じゃの」

主「この本を読む前から思っていたことでもあるけれど、岡田麿里ってどうにもアクションとの相性が悪い気がしてさ。色々なSF系の作品も手がけてはいるけれど、どうにもSFの匂いがしないというか……

 例えば最近終わった『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』にしても、自分は好きな作品だけれど、じゃあSFやロボットらしさに溢れた作品ですか? と問われると疑問符もある。

 どこまでが脚本家の責任になるかというと難しいところだけど」

 

 

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岡田麿里の長所と欠点

 

亀「岡田麿里の代表作にSF作品を挙げる人は少ないかもしれんの。上記のような学園物や少年少女の青春を描いた作品のようが印象に強いかもしれん」

主「例えば『CANAAN』って自分はそこそこ好きなんだけれど、沢城みゆきや田中理恵の熱演とか、高垣彩陽の歌とかも見所なんだけれど、やっぱり主人公のカナンを取り巻く人たちとの関係性や人間関係が好きなんだよ。

 それから『鉄血のオルフェンズ』はモビルスーツの戦闘とかは実は結構どうでもよくて、むしろ主人公の鉄華団たちの滅びの美学とか……やっぱり人間関係や政治劇が好きなの。

 それで考えると岡田麿里の魅力って、人間の描き方にあって、アクションシーンの作り方とか、SFらしさとか、どんでん返しの展開ではないと思う

 

亀「あくまでも個人の感想じゃが、上記の代表作と呼ばれる作品はどんでん返し系の作品ではないの」

主「日常の中にあるちょっとした思い……それは美しいものばかりはなくて、嫉妬とか不安、苦痛などのようなものも含めて、それをキャラクターにのせることができる作家である。

 その感情の元はやっぱり『岡田麿里が感じてきたこと』なんだよ。その記憶や感情を少しずつすり下ろして、キャラクター達にふりかけている。じゃあ、その感情をいつ溜め込んだのか? というと、それはやっぱり引きこもりの時代で。

 多分、岡田麿里は器用なタイプの作家ではないと思う。むしろ、すごく不器用な作家で、彼女の魅力を最大限に発揮しようとしたら、このような作品になってしまうんじゃないかな?」

 

亀「得手不得手は必ずあるものじゃからな」

主「キャラクターを生かすのが脚本家の仕事だとしたら、自分の人生から離れすぎた人は描くのが難しくなるものだと思うけれど……この体験から外れたキャラクターはうまく書けないんじゃないかな?」

 

 

 

最後に

 

亀「では最後になるが……ここまで赤裸々に語るというのも凄いことじゃの」

主「普通は照れとかもあると思うけれど、ここまで書くことができるもんなんだなぁって。一生残るし、いろいろと言われることがわかっていてここまで書けるんだから……すごいよねぇ」

亀「作家というのはそういうものかもしれんがの」

 

主「作中で『ここさけ』の製作秘話があるけれど、ここで長井龍雪監督の言葉がすごく良くてさ。結構ぶつかり合っていたと告白していたけれど、この本の中で岡田は今回、どうして俺の思うように書いてくれないんだろう』と言っていたんだよね。

 そしてこちらも盟友、田中将賀は『俺は岡田の台詞で、芝居を書きたいんだよ』と語っている。

 この信頼感って素晴らしいよね。この下地があるからこそ、この3人の作品は評価の高くなるんだろうな」

 

亀「……またこの3人で作って欲しいもあるが、どうなるかの」

主「もう売れっ子の3人だから難しいかもなぁ……若いからこそできる良さもあるだろうし。

 だけど、また次の作品も見る価値の多いにある作品に仕上がると思うし、現代のアニメ業界では注目しなければいけない3人なのは間違い無いだろうな。

 あの花、ここさけで感動した人は必読の1冊だよ」

 

 

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