物語る亀

ネタバレありの物語批評

物語の作り方〜演劇のメリット、デメリット〜

 物語の作り方講座、最近は不定期更新になっているが、書くネタが尽きたわけではないのでご容赦を。

 今回は演劇をテーマにメリット、デメリットを語っていきたいが、この演劇という枠の中には舞台演劇のみならず、ミュージカル、バレエ、落語、歌舞伎なども含めた、客の前で役者が舞台上で演技をする、物語創作方法を『演劇』としたい。

 なので広義的には漫才、マジックも演劇に該当するかもしれない。最も、漫才はともかく、マジックは物語を披露しているわけではないので、演劇には含まないが。

 

 

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 1 演劇のメリット

 

圧倒的臨場感

 演劇が優れた点といえばやはり圧倒的な臨場感(ライブ感、リアル感など)だろう。

 本来演劇に限らず、物語というのはあくまでも『フィクション』である。歴史物語であろうとも、実際に起きたことを再現しているだけであり、いくら史実に忠実だとしても100%同じということではない。

 もちろん編集もしているし、面白くなるように改変もしている場合もあるだろう。

 だが、演劇を見ていると、舞台という狭いステージで繰り広げられているお芝居にも関わらず、まるでその世界に入り込んだような臨場感を味わうことができる。

 

 これはやはり、目の前で役者が演技をして物語を紡いでいるということがあるだろう。音圧や熱量、動きや振動、空気感というものを直に浴びることにより、まさしく五感を使って物語を味わうことができる。

 小説や漫画であれば聴覚は使わないし、映画では熱量や匂いは伝わってこない。その点で演劇という表現は観客の肌に伝わる情報量が段違いのものになっている。

 

プレミア感

 どうしても舞台で役者が表現するという性質上、劇場の座席数や公演回数というものは上限が決まってしまう。これが映画であれば、上映館数の数だけ鑑賞できるキャパシティーが上がるし、漫画や小説は人気が出たら重版して販売数を増やすことにより、品薄という状態には一時的なものに留まる。

 だが、演劇は上限が決まっているために人気が上がれば上がるほどに、舞台を鑑賞できない観客は増えていく。もちろん舞台をより大きなものにすれば上限は上がるが、そうすると美術や演出に狂いが生じる可能性があるために、簡単にできることではない。

 

 その分プレミア感が上がることにより、チケットは高騰していくことになる。例えば私は劇団四季や劇団☆新感線の舞台を一度も鑑賞したことがないが、知り合いがチケットを取ったら絶対に行くだろう。

 また落語でも立川志の輔の独演会のチケットが入ったならば、一も二もなく行く。地方でも行くかもしれない。

 チケットに上限があるということで生まれるプレミア感は、1度も鑑賞したことない人間でも足を運ばせる特殊性がある。

 

 

2 演劇のデメリット

 

会場に行かなければいけない  

 演劇は非常にデメリットが多い。

 まず観客は会場に足を運ばねばならず、地方在住者ならばわざわざ大都市圏まで行かなければいけない場合が多い。

 これが漫画、小説であれば本屋やキンドルでどこでも買えて、どこでも読むことができるし、映画も公開している映画館さえあれば鑑賞できるし、DVD等のメディアだったり、今はインターネット購入もできる。

 このようにインターネット等でどこでも繋がれる社会において、会場に足を運ばねばならないというのは大きなデメリットである。

 

上限が決まっている

 先ほどから挙げている通り、公演数や座席数という上限が決まってしまうのが痛い。

 これにより人気があるならばいくらでも公演数、座席数を増やすというというわけにはいかず、本来ならば儲けられるチャンスがあったにも関わらず、儲けることができない構造になっている。

 そのために役者など演劇関係者に富豪といえる人は少なく、億を稼ぐ役者もどちらかといえば映画やテレビ出演という、演劇から外れた場所で儲けている印象だ。

 

 これはアニメ界も似たようなものであるが、儲からない構造になっているのにも関わらず、その業界が存続できているのは『好き』という情熱があるからであり、そのためならば金銭は二の次であるという数寄者が支えている業界だということだろう。

 

人手がかかる

 これだけ稼ぎ辛い構造をしていながら、1回の演劇にかかる費用は非常に大きく、役者のみならず脚本家、演出家、美術、照明、衣装など様々な人手がかかる。一人で演劇をしようとすれば、落語や漫談などの一部の演劇しか不可能である。

 なので情熱のある一人の天才が立ち上がったところで、そこから理想の演劇を作り上げるのは難しい。

 

 

3 演劇の未来を考える

 演劇は古くから行なわれている文化であり、神楽などの舞踊や神事も含めれば、それこそ人間の歴史と深く結びついていることは間違いない。物語の形式としても、身振り手振りで伝える演劇は最も初期に生まれた物語形態だろう。

 

 だが、それも近年は陰りを見せている。

 その一番大きな要因は『テレビ』の登場である。

 テレビが登場したことにより、どこでも誰でも手軽に物語を鑑賞することができるようになり、わざわざ演劇を見に行く人は減った。映画やドラマを1月に1作は見るという人はたくさんいるだろうが、舞台演劇を見に行くという人はそう簡単に見つからない。

 

 その結果、現在の演劇業界というのは苦境に立たされていると聞く。

 収支報告はあまりされないが、黒字化ができているのは先ほど挙げた劇団四季や宝塚などの一部の大手劇団だけという話もあるし、赤字であることが当たり前の業界になっている。

 

 では何か新しい技術の革新であったり、新たなジャンルが生まれ始めている動きがあるかというと、どうもなさそうである。むしろ、守りの文化になってしまい、伝統芸能などは如何に次世代につなぐかという、面白さの探求とは違う部分で躍起になっているように見える。

 もちろん、舞台演劇自体がどれほど廃れようと、無くなることはないだろう。だが経済的に潤沢になったり、または舞台演劇ブームが来るようなほど大きなムーブメントを起こすのは難しいと言わざるをえない。

 これから先、新しい表現方法だったり、ビジネスの形を発明していかなければジリ貧になる一方だと思うのだ。

 

 だが、逆に言えば演劇の世界というのは、まだまだ伸び代があるようにも思うのだ。これだけ技術革新をしたのだから、その新技術を導入し、全く新しい演劇というものが生まれるチャンスというのは無数にあると思われる。

 それは例えば漫画を取り入れた『ワンピース歌舞伎』であったり、プロジェクトマッピングを取り入れるなどといったことである。そんな馬鹿馬鹿しいかもしれないが、過去になかった形を導入することにより、演劇の未来というものは開けていくだろう。

 

 舞台演劇には演劇にしかできない魅力も多々ある。

 できるだけ多くのお客さんに足を運んでもらうためにも、これから先、新しい技術を取り入れた画期的な演劇が多く誕生することを祈りながら、雑文を終えよう。

 

 

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