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物語る亀

ネタバレありの物語批評

物語の作り方〜なぜ漫画原作の映画やドラマは嫌われるのか?〜

物語論

 毎週木曜日の物語の作り方講座。

 今回は作り方とは少し外れて番外編のような内容になると思うが、これから先語っていくためにも重要なことを書いていきたいと思っている。

 

 

 前回の記事はこちら。

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  まとめ記事もあるので、気になった方は要チェック

 1 そもそもなぜ『原作モノ』が多いのか?

 ではこれから本題に入っていくが、そもそもなぜ『原作モノ』が多いのだろうか?

 

 考えてみれば「漫画原作だから嫌だ」というのは不思議な話で、例えば小説原作の映画というのは古今東西たくさん作られているが、それがヘイトを集めているということはない。仮に文句があったとしても、それは「小説や漫画の原作に頼らずにオリジナルを作れよ」というものであって、原作付きであることに対する不満ではあっても、小説原作であることへの不満ではない。

 オリジナルを作れないのは映画に限ったことではなく、アニメやドラマもまた同じである。近年は小説、漫画はオリジナル作品を量産することができているが、これはそもそも物語にかかるコストが段違いだという面を考慮しなければならない。

 

 小説、漫画というのは基本的に1人で作ることができる。アシスタントや編集者もいることはいるが、それを含めてもせいぜい10人も関わっていないことがほとんどではないだろうか?

 一方の映画やドラマ、アニメはスタッフ、キャストを合わせるとのその何倍もの人員が必要であり、さらにロケ場所や制作現場の確保などの様々なコストが非常に大きくかかってくる。そのために無闇矢鱈な冒険は個人作業が多くコストの安い小説や漫画に比べると控えられる傾向がある。

 これは脚本家の知り合いに聞いた話であるが、やはりプロデューサーなどのえらい人を説得する場合、オリジナルの企画を持っていっても説得材料が弱くて倦厭されるらしい。

 

 逆の立場になって考えてみよう。例えばあなたがプロデューサーだったとして、目の前に2つの企画があるとする。

 

 1つ目はオリジナルの企画。

 もう1つは100万部売り上げた漫画の実写化企画。

 

 その内容は似通っていて、ターゲット層も被る、スタッフやキャストも殆ど同じ人物を集めればできそうだ。コストも殆ど同じとした場合、どちらを選ぶだろうか?

 よほどオリジナルを作る意識が高い人でない限り、漫画の実写化企画を選ぶだろう。そのメリットを下に書いていく。

 

  • 元々100万部を売り上げるほどのファン層がある。
  • 雑誌社という宣伝媒体も自動的についてくる。
  • 広告も『あの100万部突破の大ヒット作!』と明確な数字を交えて打つことができる。
  • 書店などでもポスターなどで宣伝をしてくれる。

 

 安易な選択に思われるかもしれないが、ビジネスとして考えた場合、明らかに原作付きの方が有利な点は多い。さらに言えば、プロデューサーとして判断する場合、原作という完成された企画書の方が、オリジナルの草案でしかない企画書よりも面白みや説得力があって信頼性があるだろう。

 

 

2 小説原作と漫画原作の違い

 原作ものが多い理由は先に説明したが、同じ原作ものであっても小説原作と漫画原作では、前者はあまり叩かれることはない。過去にも名作と言われる作品の中で小説を原作としたものも沢山あるし、それの実写化に関しては特に違和感のない人も非常に多いはずだ。

 ではなぜ漫画原作は苛烈に叩かれるのかといえば、それは小説の持つ特性と漫画やアニメの持つ特性の問題というのが絡んでくるのである。

 

 例えば小説の場合、その構成する要素は文字のみである。そこには主人公の容姿や性格などは文字にて書かれてはいるが、その多くは想像することでしか補うことはできない。実際に、小説の登場人物、例えば夏目漱石の『我輩は猫である』の猫を絵で描いてもらった時に、それが三毛猫であったり、トラ猫であったり、ブチ猫であったり、デブ猫であったとしても、違和感はそうはない。

 これが人間になるとより顕著で、例えばジャニーズのイケメンであっても、お笑い芸人であっても、そこいらの若手役者であっても、基本的にはイメージさえ合えば大きな問題は起こらないだろう。

 

 いっそのこと、杉井ギザブロー監督の『銀河鉄道の夜』のように、ジョパンニとカンパネルラを猫のような造形にしてもいい。小説という媒体は想像で補われなければならない要素が大きいために、映画化してもイメージの齟齬というものを観客が勝手に補完してくれるため、大きな不満になりにくい。

 

 しかし漫画というのは小説に比べると絵の分だけ情報量が多い。これは以前にこちらの記事でも書いたことなので参考にしてほしい。

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情報量は想像力に直結する

  簡単に言えば絵で表現されている分、想像力を必要とする場面というものは少し減ってしまうということだ。例えば、そのキャラクターの髪型、髪の色、大まかな身長、服装、肌の色などは小説では一々書き込まれることはないが、漫画ではそれは明らかにされてしまう。

 カンパネルラを書いてと言われたら百人百様のカンパネルラが描かれるだろうが、アトムやルフィを書いてと言われたら、画力はともかくとしてほとんどの人が同じような絵を描くことになる。

 

 私個人の話になるが、昔『ダイの大冒険』という名作少年漫画を読んでいた時、クロコダインという主人公の仲間のワニがいるのだが、何となく肌の色は緑色だと思い込んでいたのに、カラーページになってピンク色と判明した時には愕然としたものだ。

 

 このような情報の齟齬というものは実は小説ではしょっちゅう起きている。作者が思い描いた人物像と、読者が思い浮かべる人物像は実は違う可能性も多々あるのだが、そのイメージが衝突することがほとんど無い。

 漫画の場合は先ほどの私のようにカラーページなどで少しあるかもしれないが、基本的に漫画で培われたイメージなので、衝突することは無い。

 だが、これが映画やドラマなどのより情報量が上がる他媒体で製作された場合、イメージの齟齬が生まれてしまう。

 

 細かい部分になるが、実写映画では髪型や服装くらいは似せることができても、髪の毛の色や肌の色、身長などは弄ることが難しい。すると漫画などで表現されたキャラクターと映画化されて役者が演じているキャラクターでイメージの齟齬が発生するため、そこで拒否反応が発生してしまう。

(最近では小説でもイラスト付きのものが多く、『ビブリア古書堂の事件簿』のようにイラストの絵と役者の乖離で叩かれた作品もある)

 

 

3 リアルと再現の壁

 イメージの齟齬に加えて非常に難しい問題が、この『リアルと原作を再現する』の壁である。

 

 漫画やアニメにはその表現にあった形でのリアルではありえない嘘がいくらでも紛れ込んでいる。例えば先ほどから上がるワンピースならば体が伸びるなどの悪魔の実の能力がそうだし、近年実写化した作品でいうとるろうに剣心の剣術や必殺技、それを叫びながら技を繰り出すところ。

 もっと細かいところで言えば少女漫画でよくある背景の花であったり、『ドーン』や『シーン』などの状況を示すオノマトペである。

 

 これらは決してリアルな表現とは程遠いのであるが、漫画という表現の中では十分効果的であり、違和感のない手法である。

 よく「原作に忠実に再現してほしい」の声が上がるが、このような部分を映画やドラマで表現すると、それは手法として必ずしも映画やドラマに合ったものではないので画面から浮いてしまうことになる。

 さらに言えば主人公やキャラクターの髪の色も緑やピンクに染められており、それは現実だと普通はありえない色だ。我々の生活にそんな髪型の人がいたら、奇異の視線を向けるだろう。

 こういった部分を再現したところで、映画やドラマからは浮いてしまう。

 

 元々実写化というのは実際にある風景、実際に存在する人間を使って表現することであり、それは現実的にするということでもある。それなのに漫画的、アニメ的表現を用いると漫画故の演出だから、浮くのは当然である。

 しかしある程度原作に忠実にしなければ原作ファンを納得させることができないという、非常に難しいものがある。

 

解決策

 この問題の解決策は2つある。

 

 1つは元々現実的な作品を実写化すること。

 これは最近では海街ダイアリーが成功したと言っていいだろう。元々リアルな世界観でリアルな話であるから、実写化してもそこまで大きな違和感というものはない。原作に忠実にしても、そもそもがリアルな物語だからイメージの齟齬がない。

 他にも釣りバカ日誌や、NANAなどがこれに該当するだろうか。少女漫画原作は少年漫画に比べてバトルや異世界に行かない分リアルで映像化しやすいと言えるだろう。

 

 もう1つは画面をより漫画的、アニメ的な表現を駆使すること。

 最近増えているのはこのタイプで、るろうに剣心などはこの方法を用いることで大ヒットを収めている。これはむしろリアルであることを捨てて、アニメ的な表現をあえて実写の役者が行うことで、逆に物語の嘘を活用して違和感のないように魅せるというものだ。

 バクマンやちはやふるもこの手の描写が散見される。また映画のピンポンもこの演出に含めてもいいだろう。

 

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 ただし、気をつけなければ、進撃の巨人のように画面が浮いてしまったり、緊張感のないお遊戯会のような絵になってしまう。

 

 私は日本の原作付き作品には、できれば後者の方法で挑んで欲しいと思っている。

 ハリウッドの漫画原作など、本来は実写映画に向かないような作品ばかりであるが、漫画的な映像表現をCGを用いることで見事にカバーすることができている。日本の漫画文化は世界一だから、これが見事にモノになったら映画界に非常に大きな武器になるだろう。

 そのための試行錯誤が必要な時期かもしれないが、是非とも製作陣は表現として洗練していってほしい。

 

 ちなみに私は、その表現の可能性を広げるという意味で、シンゴジラには大変期待している。ここで培われて技術が世界を変える可能性すらあると思うので、是非とも庵野監督と樋口真嗣には頑張ってほしい。進撃の巨人なんて忘れてくれ。大丈夫、十分儲けは出たはずだ。

 

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 まとめ記事はこちら

 

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