物語る亀

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物語愛好者の雑文

小説『桐島、部活やめるってよ』感想とちょっとした分析

亀爺(以下、亀)

「今日もいい天気じゃの。小雨が降っておって、亀には丁度いい季節じゃな。こんな日は茶でもすすりながら、ゆっくりとするのが一番じゃなぁ……」

 

カエル君(以下カエル)

「亀爺! 今日はいい本読んだから、その作品について語り合おう!」

 

亀「これこれ、そんなに走り回るでないわ……こころなしかカエルもいつもより元気がいいの……やはり雨の時期はテンションが上がるのか。それでどの作品について語りあるんじゃ?」

カエル「ジャ〜ン! これだよ!!」

 

桐島、部活やめるってよ (集英社文庫)

桐島、部活やめるってよ (集英社文庫)

 

 亀「……ケッ! 朝井リョウか!」

カエル「……え? さっきまでの和やかな雰囲気なのに、急にどうしたの!?」

 

 

1 朝井リョウについて 

亀「何が朝井リョウじゃ! わしは絶対に朝井リョウの作品のレビューなぞせぬ!」

カエル「なんでそんなに朝井リョウに敵対心見せてるの!? 今、若手作家としては一番の注目を集めている、小説界のニュースターじゃない」

 

亀「確かに朝井リョウは文壇に突如現れた、シンデレラボーイじゃ。『早稲田大学在学中』に小説すばる新人賞を受賞、その後は吉田大八監督の『桐島、部活やめるってよ』の映画が大ヒット、神木隆之介、東出昌大、橋本愛、山本美月、松岡茉優などの今注目の若手俳優をたくさん起用し、近年稀に見る大傑作と評判じゃ

 さらに若くして『平成生まれ初の直木賞作家』で、世間一般でも『人気作家』になって『アニメ化も決定』しておる」

 

カエル「まさしく現代のシンデレラストーリーだよね」

「だからじゃ!」

カエル「エエェ〜!? 何が悪いの!?」

亀「あまりにもトントン拍子な、ケチのつけようもないシンデレラストーリー……これで本人が不細工なオタクならまだ可愛げがあるのに、ルックスも整っておって、コミュニケーション能力もありそうな若者じゃと!

  何じゃ、この主との差は! こんなの不公平じゃ! 足が臭いとか、話がつまらないとか、歯が黄ばんでいるとか、何か欠点を教えてくれ!!」

カエル(……ただの嫉妬じゃん)

 

 

2 作品内容紹介

カエル「それじゃ作品の話を始めるけど、この作品、変わったことしてるよね! まずタイトルにある桐島が出てこないってことに驚いちゃった!

亀「そうじゃな、本作は桐島という男が部活動を辞めることによって巻き起こる、それぞれの変化を描いておる。しかも上手いのは、直接的に桐山が辞めることによって大きく変化するものもあれば、殆ど接点はないのにも関わらず、知らず知らずに変わっていくものもおるという構図じゃな」

 

カエル「そうだよね。桐島がいなくなって劇的にみんなの生活の変化が起きました、というのを、もっと直接的に大事件として描いた作品はあっても、ここまで静かな変化を描いた作品はあまりないんじゃないかな?

亀「小説というのはその人間の置かれた環境や、心理の変化を描くものとするのであれば、これほど静かに、しかも確実にわかりやすく変化していく構造というのは確かに小説的と言えるかもしれんな」

 

共感性について

カエル「特にみんな登場人物が個性があって面白いよね! こんな人いるよねとか、この気持ちわかるって思いながら読んじゃった!」

亀「そうじゃな。短編として六人の話が載っておるのじゃが、その誰もが既視感を覚えるようなキャラクターをしておる。バレーボールにかける体育会系男子や、片思い中の女子、映画オタク、クラス有数の美少女など、それぞれ違った悩みや思いを抱えながら日々を生きておるのが伝わってくる

 しかも、すべて同じようなストーリーということではなくて、中には大人からすると微笑ましいものであったり、逆に非常に重い話もあるというメリハリがついておるの

 

カエル「これだけいれば必ず一人は共感するよね!」

亀「そうじゃな。ちなみにわしはやはり映画オタクであり、クラスのヒエラルキーが低い前田くんと沢島さんの話に入り込んでしまったの。逆に風助や広樹の話はあまり入り込めんかった」

カエル(……なんか闇が見える気がする)

 

『時代の流行』という小技

カエル「特に映画の話とか、バレーの話とかすごく詳しいよね」

亀「本作の上手いところは小技が効いとるところじゃろうな。例えば『チャットモンチー』とか『ジョゼと虎と魚たち』とか、『ラッドウィンプス』などのその時代の高校生が熱中していたもの、もしくは話題になった作品を置くことによって、時代感や空気感を演出している。

 RADWIMPSも通ってきた主にとっては、やはりその言葉があるだけでなんとなくあの頃を思い出してしまうという、上手い仕掛けじゃ」

 

カエル「しかも、短編として浮かない程度のちょうどいいバランスだよね。にわかすぎず、濃すぎず」

亀「単なるうんちくにもなっとらんししな」

 

 

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3 文章力について

カエル「なんだ、亀爺けっこう好きなんじゃない。てっきりいつもの通り『文章が〜』とか『構造が〜』とか言って、コメント欄に上から目線とか書かれると思ったよ」

亀「……まあ、文章について言えばわしは難点ありじゃと思うがな。軽くて読みやすいといえば聞こえがいいが、上手いかと問われるとそこはなぁ……」

カエル「そこは違うよ!」

亀「お! 珍しく力強いの!」

 

カエル「この作品が純文学にあるような、少し難解だけど美麗な文章だったら、ここまでの話題になっていないし、共感することができないんだよ! 

 高校生の頃の考え方と、大人の考え方って語彙力からして全く違うものだし、その時代の悩みって、後から振り返って言葉にするととても平凡なことを悩んでいたんだなってことが沢山あるよ。進路の悩みとか、恋の悩みとか、人間関係の悩みとか、大人になるとなんてことない悩みかもしれないけれど、でもその当時は切実な願いだったりするんだよね

 その気持ちを切り取るためには、こんな風に軽い、ポップな文章が一番合っているんだ!」

亀(……中々言うようになったの)

 

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4 新人賞突破作品として

カエル「この作品で朝井リョウは新人賞をとったんだよね」

亀「そうじゃな。少なくとも小説すばる新人賞では一つの金字塔を作ったであろうし、今後も受賞の基準となる作品と言っていいのかもしれんの

カエル「このタイプの作品て他にあるの?」

 

亀「小説すばる新人賞で言えば、若い瑞々しい感性に支えられた作品というとわしは村山由佳の『天使の卵―エンジェルス・エッグ』を思い出すの。あの作品も独特の空気感や村山由佳の持つ文章の醸し出す美しさに溢れておった

 その意味では本作も『若書き』なのじゃ。若い、瑞々しい感性に頼った作品であり、大学生であった頃にしか書けない作品じゃろう。会社に入って、何年もしたらすっかりと忘れてしまう感情を見事に汲み取った作品とも言える。

 このタイプの作者は成長すると、その時の感性を失ってしまった後に何が残るかが勝負なのじゃが、その点が未知数ながらもそれ故に作家としての可能性も感じるの」

 

カエル「亀爺が思う、新人賞を取る作品ってどんな作品かな?」

亀「よく『完成度よりも未知数な作品』とはいうの。高橋源一郎が書いておったが、80点のものを目指して書かれた70点の作品よりも、100点のものを目指して書かれた60点の作品に新人賞はあげたくなるものらしい。月並みな言葉にするならば『この先も読みたいと思わせる作家』が受賞するの」

 

 

最後に

カエル「亀爺はどんな印象をもったの?」

亀「そうじゃなぁ……もしかしたら、朝井リョウは学生時代などもリア充な人間ではないのかもしれんの。映画に対する造詣の深さはオタク気質なものを感じるし、他の描写と比べてもとりわけ濃い。バレーボールと映画に関しては文章に込められた熱量が違うように思うのじゃ。

 簡単に言えば『魂がこもった文章』じゃな。これも上手い、下手の次元にはない大切なものじゃ。まあ、読み手側の趣味かもしれんが

 あとは基本的にどの話も希望があるように終わっとる。これは朝井リョウという人間の優しさなのかもしれんの」

 

カエル「なんだかんだ言って好きなんじゃないの?」

亀「二度とそんなふざけたことを言うな!」

カエル(太田光が村上春樹に向ける面倒くさいアンチ精神みたいなものかなぁ……?)

 

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チア男子! ! (集英社文庫)

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