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物語る亀

ネタバレありの物語批評

『意識高い系』のプチ流行にのってみる

雑考

 トピック「意識高い」について

  まずはここ数日はてなブログを賑わせているこの記事を参照する。

 

www.jimpei.net

 

 私ははてなブログを初めてまだ2か月ぐらいなので、有名ブロガーがどうとか、今まではてなで流行ってきたトレンドというのはまだわかっていない。なので、彼に関してもよくわからないのだが、大学生でこれだけブログで成功しているから十分すごいのだろう。

 私が彼の記事を読んで抱いた感想は以下の通り。

  まず、私が感心したのは火のないところに煙を立たす」ことだ。

 優秀なビジネスマンというものは、ブームやトレンドをキャッチしてから動いたのではもう遅い。そうではなく、ブームやトレンドというのは引き起こすものであり、一番稼ぐ人間はそのトレンドの火付け役である。

 これはビジネスの鉄則で、二匹目のドジョウが一匹目を超えることはまずない。

 その意味において、彼が起こしたはてな内のブームメントというものは、こうして私も乗っかっているのだから相当に素晴らしい戦略の上に成り立っている。そこは本当に感心した。

   

 さて、私のプロフィールにも『意識高い系オタク』と名乗っているので、自称『意識高い系』である。その私の感覚からすると、意識高い系ってそんなに嫌われてはないけれど、うざがられる印象はある。

 そりゃそうでしょう。みんなアニメや映画の感想は「面白かったぁ」「泣いたぁ」とか「〇〇のシーンやばかった」「主人公超かっこいい(かわいい)」って話をしたいのに、一人だけ「あのシーンの前でこんな伏線を張って」とか「この監督の傾向からすると本当の主題は……」なんて語る人間はうざい以外の何者でもない。

(でも本当のオタクってそんなもんだと思うけれど)

 

 そもそも、ブログを運営しているのみならず、はてなをプロにして、ほぼ毎日更新している人間は『意識が高い』に決まっている。その人達はお金や自己表現など、様々な目的があってブログを更新しているわけで、ただ黙って日々を過ごす人達とはわけが違う。

 私は『理論より実践』をモットーとしており、どんなに幼稚だろうが実践している人間はリスペクトする対象だ。だからブロガーというのは儲けている金額、読者の多さ、継続日数に関わらず、素晴らしいなぁと思っている。

 

 でも、不思議なことに『意識高い系』ってよくネットで叩かれているわけだ。不自然なほどに。 

 『プロ意識が高い』というのはどんな職業であっても賞賛されることであり、プロ野球選手ならダルビッシュほどに体調管理をして、食事管理をしている選手は当然『プロ意識が高い』と賞賛される。逆にポテチとコーラばっかり飲んでいるようなO石などのような選手は『意識が低い』と叩かれる。(西武ファンの自虐)

 だが、ネット上では『意識高い系』の方が叩かれるわけである。

 

 その理由を探求しているところ、このような記事が出てきた。

 

azanaerunawano5to4.hatenablog.com

 

 ふむ……なるほど。

 『意識高い系』と『意識が高い』は別か……

 

 要は口ばっかりで実践がなっていない若者が『意識高い系』であるということか……

 ここまで書いてふと思ったのが、「これってリア充とオタクの対立みたいだなぁ」

 

 同じ意識高い系でも『リア充な意識高い系』『オタクな意識高い系』というのは違う印象がある。

 ここはもう私の主観になるが、簡単にまとめると以下のようになる。

 

 リア充な意識高い系

●人脈を広げようとしている

●フェイスブックや電話帳のメモリー友達の数を自慢

●Twitterのフォロワー数が異常に多い

●資格などに関心が強い

●何かのサークルを主催、飲み会を開く

 

 オタクな意識高い系

●とりあえず知識を詰め込む

●友人は少ない、同志は多い

●とにかく何かを語りたがる

●とにかく何かを作りたがる

●「飲み会? サークル? あんなの行くのは馬鹿だけさ」

 

 

 とまあ、こんなもんで、どっちもどっちと言えばそうなのだが、実際この両者はおそらく仲が悪くて理解し合うことは難しいだろう。(私は当然後者の方が好感が持てる。そもそも人脈ってそれを扱う本人に面白みがあったり、相手に対価を与えられる人間でないと意味ないし。)

 だがお互いに抱く単語のイメージは違うのに、馬鹿にしあえるという点は同じで、そのイメージがアヤフヤなままで叩きあるから訳がわからなくなる。

 ネット用語には『同じ単語を扱っているのに、意味が異なっている』ということがよくある。それ自体は言葉の特性として仕方ないものだが、ネット社会になって以降、その傾向はさらに加速してしまった。

(例 壁ドン、ツンデレなど)

   

 そんな環境下でどれほどやりあったところで、それはもうお互いに単語がかみ合っていないのだから、文系理系論争のようにドンドン火が大きくなるだけで、一向に解決策が見えない紛争地域のようなものだ。最も、誰も死なないしそれでアクセス数を稼ぐ武器商人のような人間も多くいのだから、それはそれでいいのかもしれないが。

 

 まあ、そんなわけで少しばかり意識高い系論争に乗っかって見た。

 

blog.monogatarukame.net

 

 

 

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