物語る亀

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物語愛好者の雑文

漫画『響〜小説家になる方法』(既刊7巻)感想と書評 マンガ大賞受賞作だけど、本好きからすると……

亀爺(以下亀)

「さて、またこの時期がやってきたの」

 

ブログ主(以下主)

「マンガ大賞の発表だな」

 

亀「主はこの時期、宿題の最後の総仕上げに忙しいから、それが終わってから楽しむのが毎年の恒例行事じゃの」

主「ちょっとだけお休みをもらったから、ここからはバンバン書いていかないと……目指せ毎日更新だ!」

 

亀「さて、マンガ大賞に話を移すと今年は小説を題材とした作品が受賞したの。あまり目立たん分野ではあるかも知れんが、意外な良作あるジャンルじゃ」

主「ぱっと思いつくのは『今日の早川さん』『バーナード嬢曰く』のような読書家あるあると詰め込んだギャグ要素が多い作品だったり、あとは『ひまわりさん』というこちらも日常要素が多い漫画があがるかな。

 あとはライトノベル原作ではあるけれど『ビブリア古書堂』なんかはドラマ化もされたし結構有名な作品かな」 

 

亀「漫画家を目指す漫画は数あれど、小説となると思い付かんの」

主「まあ、普通は漫画で表現するなら漫画家を目指すほうが餅は餅屋で説得力もあるし……小説家を目指す小説はいくらでもあるしな」

亀「その希少性も本作の1つの特徴かもしれんの」

主「じゃあ感想記事とレビューを始めて行こうか」

 

 

 

 

響?小説家になる方法?(1) (ビッグコミックス)

 

1  マンガ大賞について

 

亀「マンガ好きであればもはや説明不要かもしれんが、一応説明をしておくとラジオ局のニッポン放送に勤めるオタクアナウンサーで有名な吉田尚記が立ち上げた、有志が1番面白いマンガを選ぶという賞じゃな」

主「だけど今更ワンピースが面白いと言ってもしょうがないわけだから、その条件として対象とする期間1年間に新刊が発売されたもの、そして刊行されたのが8巻以内という条件がつく。

 つまり、それ以上の刊行数になると弾かれてしまうわけで……そう考えると青年誌などに連載されている作品が多く受賞しているけれど、少年誌のように刊行サイクルが早いと……だいたい3ヶ月に1冊刊行として、年4冊、つまり2年間しかチャンスはないということになる」

 

亀「性質としては本屋大賞に近いかもしれんの

主「特にその道の権威が選ぶということでもなく、審査委員長の吉田尚記アナも特別な権限を持っているわけではない。ポイント制だからね。有志による人気投票と言ってもいいかもしれない」

亀「しかしその注目度は非常に高く、今となっては一般人が注目する漫画賞という意味では一番かもしれん。もともとそこまで賞レースが多くない分野ではあるがの」

 

 

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今年のマンガ大賞について

 

亀「それでは今年のマンガ大賞についてじゃが、過去になかったことが起きているといってもいいの

主「今年はなんと1位から4位までがわすか7ポイント差という大接戦。

 1位が3ポイント、2位が2ポイント、3位が1ポイントという集計をしているが、ここまでの大混戦は過去になかったんじゃないか?」

亀「それだけ圧倒的な存在がないとも言えるし、どれも面白かったということもできるがの」

主「別の言い方をすると賛否が割れているということもできる。趣味が大きく影響してきそうだし、先に言っておくと今回の響も評価は割れている印象がある。それだけハマれば一気にハマる作品と言えるかもね」

 

 

 

2 簡単な感想

 

亀「ではいよいよ本題の感想に入ろうかの」

主「う~ん、個人的にはそんなに高く評価しないかなぁ。マンガ大賞を受賞していなかったら1巻で読むのをやめていたかも。たぶん、小説が、特に純文学が好きな人は受け入れられにくいんじゃないかな?

亀「やりたいことはわかるんじゃがな。リアリティの話を始めるとペケがつく人も多いかもしれんの」

 

主「まずさ、この手の創作を扱う漫画で大切なことなんだけれど、本作は全くというほど作中作が出てこないんだよね。響が書いた小説のあらすじみたいなものは出てくるけれど、それだけじゃ弱いんだよ。

 例えば漫画家を主題にした漫画というと『バクマン』とかがあるけれど、この手の作品は登場人物が書いた漫画が描写されるわけだよ。それで主人公やライバルたちが如何に高いレベルで戦っているかわかる。 

 でも本作は『天才だわ!』という言葉ですべて説明してしまって、誰ひとりとして作品を提示しない

亀「そうなると作品のリアリティに関わってくるの」

主「なんか、登場人物が響の作品を読んで色々と人生が変わったように描かれているけれど、その衝撃が伝わってこない。表紙すらでてこないんだよ?

 これは文句がいいたくなるんだよなぁ」

 

亀「これもやはり小説における面白さというのが定義できんからじゃろうな」

主「日本一の売り上げを誇る作家である村上春樹も賛否両論、それは太宰だろうが誰でも同じ。小説の面白い面白くないって、結構受け手の問題が他の媒体以上に絡んでくるんだよね。

 その究極に面白い小説なんてこの世の中に存在しないであろうからこそ、作中に登場させることができないというのもあるんだろうな」 

亀「それこそ1巻の『面白い小説と面白くない小説論争』みたいなものじゃな」

主「あれは明らかに山田悠介を揶揄しているけれど、結局あんな風に面白い面白くないって受け手によって分かれる。小説の好みってすごく分かれるからさ……多分誰もが面白いと思う小説なんて不可能じゃない?

 ただ『それを言っちゃ、おしまいよ!』とか『そういう思考実験として楽しむものなんだよ!』というなら野暮っちゃ野暮な話だけどさ」

 

 

 

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主人公の描き方

 

亀「結局主人公の天才感が伝わってこないからこそ、さまざまな違和感につながってしまうのかも知れんの」

主「たぶん、多くの人が思い浮かべる天才作家=無頼というのを踏襲しているとおもう。その気持ちはわかるよ。太宰、三島とかも結構無茶苦茶やっているし。

 だけど現代において無頼派ってそんなに多くないし、日本一売れている村上春樹はまったく無頼じゃないよね

 

亀「現代における無頼派云々は置いておくとしても、天才であるということが伝わってこないと単なるエキセントリックなだけに見えてしまうの」

主「こんなこと言いたかないけれど、頭がヤバい奴にしかみえないんだよ。じゃあ頭がおかしければみんな天才というわけでもないし。

 リアリティがないからこそ響に対してどのように感情移入すればいいのかまったくわからない」

亀「むしろその才能によって心を掻き乱される周囲の……この言い方が正しいのかわからないけれど、才能が涸れてしまった者や、才能のないものの方に感情移入するのかもしれんの」

主「でもなぁ……ここも個人的には疑問点があるんだよ、まあ、これは個人的な信条だけどさぁ」

 

 

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芥川賞の価値

 

亀「これは小説愛好家とそうじゃない人の差なのかもしれんが、やはりここは気になるの」

主「本作では芥川賞作家がたくさんでてくるけれど、それも違和感が大きかったなぁ。いや、芥川賞自体は確かにすごいよ? 

 だけど、芥川賞って結局新人賞なわけじゃない?

 野球選手に例えるとさ、新人王に輝いた選手がたくさん出てくるようなもので、確かにプロになっただけですごくて、さらに新人王になったら素晴らしいけれど、でもレジェンドというなら沢村賞とかMVPクラスの選手がでてきてほしいじゃない?

 芥川賞は確かに1番有名な賞かもしれないけれど、権威で言うと決して1番じゃない。野間文学賞や読売文学賞だってあるんだし」

 

亀「それこそ、今ならば芥川賞よりは格は落ちるかも知れんが、力のある若手純文学作家が受賞しておるといわれる三島賞もあるわけじゃしな」

主「純文学として考えたら三島賞のほうが自分は好きだなぁ。それは好みかもしれないけれどさ、色々な賞があるわけじゃない? 全部芥川芥川といわれるとあまりにも荒唐無稽すぎるでしょ?

 あとは単純な話として、この作品は純文学を扱っているのは重々承知だけど、小説というジャンルにはライトノベルや大衆小説、時代小説なんかもあるわけだよ。そのあたりもほぼ無視しているようなことは、やっぱり納得がいかない。

 あと4巻ラストの展開は荒唐無稽すぎるよね。

 あれって例えると……そうだな、サッカー漫画だとゴールキーパーとFWがダブルでBest11に選出されるようなものだよ。そこでも冷めていちゃう」

亀「……野球でいうと大谷翔平がいるからサッカーにしてきたの。大谷を漫画の主人公にすると荒唐無稽すぎて面白くなさそうなのは同意じゃがな。

 まあ、純文学に的を絞ることによって話を分かりやすくしたのかもしれんがの」

 

 

 

3 この作品と相容れないところ

 

亀「はっきりと言ってしまうが、主はこの作品を全く評価できないわけじゃな」

主「リカは結構好きだよ。ギャルギャルしいけれど、実は読書家っていうのは女性の場合たまにいるんだよね。男性ではあんまり見ないけれど……その辺りはすごく好き。

 ただ、これを言ってしまうとこの作品を根底から覆すお話になるんだけどさ……

亀「ほう? それは何じゃ?」

 

主「諦めたらそこで試合終了だよ!

亀「……安西先生?」

主「いや、小説に関してもやっぱりそういうことって実はあって……例えば松本清張なんかは文壇デビューが40歳くらいの時で結構遅いわけ。つい最近でも芥川賞最年長受賞者が黒田夏子の『abさんご』で75歳。まあ、この作品の評価は結構割れるけれど……

 スポーツと違って年齢があんまり関係ない。最近は老後に暇になったから書き始めました、という人も多いし、高齢化を見据えてそういう人を取り込もうという動きも活発化しているんだよね」

亀「ふむ……確かにそうかもしれんの。書き手の体力が試されることはあるかもしれんが、そこは培った経験という大きなアドバンテージがあるからの」

 

主「あとは若書きってこともあるんだよ。例えば有名な詩人のランボーなんかは典型的な若書きで、20代前半には筆を折っている。他にも志賀直哉は結構早い段階で執筆活動をやめているし、それこそ綿矢りさなんて今どれだけの人が読んでいるのよ? 筆は折っていないけれどさ」

亀「早いうちにデビューした作家が一生書き続けたかというと、そうとも言い切れんの。どこかの段階で書かなくなることの方が普通じゃ」

主「むしろデビューが遅い人の方が病床でも書いていたりして、早いデビューが必ずしも良いとは限らないわけだよ。だから別に年齢云々とか、他の人と比較する必要って……そんなにないと思うけれどね。

 だから才能がないってことは自分が諦めたからだよ。『自分で自分を鼓舞し続ける者しか歩めない』というのは3月のライオンの言葉だけど、その通りなんだよね」

亀「……まあ、これは主が未だに潜り込めていないというのもあるかもしれんがの」

 

 

 

最後に

 

亀「今回は手厳しい論調になってしまったが……」

主「ファンタジーとして、もしくは思考実験として読むなら面白いと思うけれど……自分の文学感には全く合致しなかったんだよね。リアリティが無さすぎるけれど、じゃあそれを楽しめるほどのバカバカしさや熱さもない気がして……」

亀「この漫画を現実に寄って考えてしまうのは失敗なのかもしれんの……」

主「今回、マンガ大賞が僅差なのもよくわかったよ」