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ネタバレありの物語批評

機動戦士ガンダムユニコーン RE:0096 6話までの(UC Eepisode 2) 感想と簡単な解説

 今期アニメと言っていいのか微妙なところではあるが、やはり近年の中では抜群に動き回るガンダムユニコーン。

 これが朝アニメとして鑑賞できるのだから、素晴らしい時代になったなぁとなんとなく思っている。

 それではここからその感想と、簡単な解説を書いていきたい。

 

 

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 1 簡単なあらすじ

 バナージ達の住むインダストリアル7を脱出したオードリー達は、連邦軍のネェル・アーガマに一時的に避難することとなった。ユニコーンガンダムの操縦者であるバナージは意識を失っている間に同じくネェル・アーガマに収容される。

 デブリ(宇宙ゴミ)に混じって身を隠していた一行であったが、経験不足から主砲を発射してしまい、敵に居所を察知されてしまう。

 襲ってきたのは赤いモビルスーツ、シナンジュに乗るフル・フロンタル。かの赤い彗星、シャア・アズナブルの再来とされる男だった……

 

 一方、意識を取り戻したバナージに対して、オードリーは半ば脅迫にも似たお願いをする。それに対して「君はどうしたいのか?」と返すバナージ。しかし、その会話の途中でオードリの正体に気がついた連邦軍のダグザによって、二人は離れ離れになってしまう。

 オードリーの正体はジオンの指導者、ザビ家の最後の生き残りである『ミネバ=ラオ=ザビ』その人だった。

 圧倒的戦力差の前になす術もないネェル・アーガマはミネバを人質に取ろうとするが、交渉は失敗。その姿勢に業を煮やしたバナージは単身出撃した結果、ジオン軍に鹵獲されてしまう。

 

 ジオンの有力指導者であるフル・フロンタルと謁見し、その真意を問いただすバナージ。しかし二人が分かり合えるはずもなく、捕虜となってしまう。その中でジオンの『普通の家庭』に預けられ、クシャトリヤのパイロットであるマリーダ・クルスと親交を深めていく。

 ジオンとは何か? 正義とは何か?

 そんな話を交わす中、密かに連邦によるユニコーン奪還作戦が展開されていた……

 

 

2 『テロリスト』の正義

 私はいまだに『機動戦士ガンダム』という作品が大人の鑑賞にも耐えられる、名作として語り続けられている最大の要因は本作が他のロボットアニメや戦争アニメと違い、『味方が正義、敵が悪』という単純な勧善懲悪モノになっていないということに起因しているように考えている。

 富野由悠季監督作品にはザンボット3など、実は宇宙規模で見たら『地球人が悪で侵略者が正義』という善悪が入れ替わった作品もあるのだが、ガンダムもその一環で語られるべき作品だろう。

 

 地球連邦とジオンという二つの対立軸を考えると、実は被差別集団であり弱者は敵であるジオンの方である。それをモビルスーツという技術によって覆したのが一年戦争が長期した要因であるが、本来『主人公は弱者の味方』というそれまでのロボットアニメの常識であれば、アムロはジオンに付くのが正道である。

 しかしアムロは連邦につくのだが、ではジオンが悪逆非道な集団かというと、それはそれで間違いではないのだけれども、それを叩く連邦が正義の味方であるわけでもない。むしろ、ジオンと同じように悪どい事もたくさんしているわけである。

 それは現実であれば当然のことなのだが、物語の世界では少し異端のことなのである。

 

戦争映画は世界情勢の写し鏡

 戦争映画というジャンルは世界情勢の写し鏡である。

 例えばランボ−3においてランボーはアフガニスタンのゲリラを仲間にソ連という圧倒的な敵と戦う話なのだが、それは現実の世界情勢を見た場合、アメリカがソ連と冷戦をしているから物語上でも敵として仕立てられたというのは考えるまでもない話である。

 今となってはランボーが組んだアフガニスタンのゲリラがテロリストとして敵になっている時代でもある。

 

 基本的に戦闘物というのは『味方と敵』の2つの対立しかないから、当然のようにどちらかを悪党にしたてあげた勧善懲悪の物語になる。これは子供向けだからではない。

『暴れん坊将軍』『水戸黄門』などを見ても、主人公サイドが正義であることが多いことを見てもわかるだろう。今でもハリウッド映画の多くはそのような勧善懲悪の上に成り立っている。

 

 ガンダムという作品はわかりやすい対立構造をしているにも関わらず、単純な勧善懲悪から外れたところに魅力があると私は考えている。

 特に、UCにおいては今、日本において最も敵視されているテロリストの正義や家族、その思想などを開示してくれる。おそらく、ガンダムという作品を今まで見たことがない人であっても、6話の教会のバナージとマリーダの会話をみればその深さを理解することができるのではないだろうか。

 

 

3 細かい演出など

 本当に今作は細かい演出が光るよなぁ、と思ったのは教会のシーン。

 マリーダとバナージが教会に入ったシーンにおいて、二人が去った後に誰かが入り口でちらりと姿を見せて、また身を隠すという細かい描写がある。

 この相手がスパイという説と、バナージを監視するジオン兵という説があるが、誰かがバナージを見張っているという、会話や説明を必要としないこの細かさがこの作品をより魅力的にしている。

 

 4〜6話において一番好きなシーンはやはり教会のシーンで

 

「お前の言うことは間違っていない。正しい戦争なんてない。でも正しさが人を救うとはかぎらない」

 

「宇宙世紀が始まった時、時の首相は神の世紀との決別と言ったそうだが……太陽も星のひとつに紛れてしまいそうなアステロイドベルトに住む彼らには、すがるべき光が必要だったのだろう」

 中略

「そんな物がなくても生きていける、実体のない物にすがるなんてばからしい、そう言い切れる奴がいるとしたら、そいつは余程の幸せ者か世間に関わっていないかのどちらかだろうな」

 

 この辺りはそれこそ神の名を語って戦うテロリストたちの言葉を代弁しているような気すらしてくる。

 日本人は「神などいない」と無宗教でも特に問題のない文化や生活をおくれている。

 しかし、宗教の始まりを考えれば、思想すらも結束していかなければあまりにも気候的、風土的にキツイ状況であることを思うと、神を持たないというのはそれだけで幸せなことなのかもしれない。

 

 戦闘シーンに力を入れる作品はたくさんあるが、このようなキャラクター描写だったり、その日常描写しっかりと描きこむことによって、単なる戦争物語ではない作品になっているし、だからこそ人の死であったり、誰かが生き残ったことに対して深い感動を与えてくれるのだなぁ、と勉強になる。

 まだまだ作品は序盤だが、ここから先も楽しみにして鑑賞していきたい。

 

 

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