物語る亀

ネタバレありの物語批評

ちはやふるはなぜ面白いのか? その研究と考察

 今週ついに映画が公開する大人気漫画、ちはやふる。

 もちろん私もわざわざブログの題材にするのだから、大好きに決まっている。だが、なぜちはやふるという作品はこれほどまでに我々の心を掴んで離さないのだろうか?

 今回はその謎について考えてみた。

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 1 少女漫画内少年漫画

 近年は少女漫画を男性が読むことも以前に比べたら決して珍しいことではなくなった。私が子供の頃は少女漫画を男が読むなど想像もできなかったが、今ではちはやふる以外でも『俺物語』だったり、『のだめカンタービレ』などは男も普通に読んでいたりする。

 その中でもちはやふるは男子人気は断然高いだろう。アニメの話題などを聞いていても、男性が話をしていることも珍しくない。

 

 ではなぜちはやふるは男性人気が高いのか?

 それは単純にちはやふるの内容が少年漫画そのものであるからだ。

 

 『友情』『努力』『勝利』は日本で一番有名な少年マンガ誌の代名詞であるが、それを正しく体現している漫画が、少女漫画から生まれるというのは皮肉的に感じるのは私だけだろうか?

 その熱意、友情というのは男性読者が読みなれなたものであり、そこにはかるたという熱いバトルがある。だからそこに男性読者は熱中するものだ。

 しかし、この作品はBE LOVEという女性向け雑誌で連載されている、明らかな少女向けの漫画である。例えば31巻の表紙では新と太一の2人の絵にも関わらず、花が咲いているし、その顔つきなどの絵柄は正しく少女漫画のそれである。(ただ男性読者にも配慮しているのか、ガチガチの少女漫画のように背景に花を咲かせたり、ごちゃごちゃしたコマ割りは自重されているようだが)

 

 似たような形で人気を集めているのが羽海野チカの『三月のライオン』である。この作品も少年(青年)漫画とするか、少女漫画とするか意見は割れていて、この漫画がすごいなどのランキング雑誌や漫画評論雑誌においても、男の子編、女の子編のどちらに分けるかは決まっておらず、時と場合によっては使い分けられているような状況だ。

 こちらはちはやふるの逆で、ヤングアニマルという代表作がふたりエッチ、ベルセルク、自殺島、当て屋の椿などお色気と暴力てんこ盛りのガチガチの青年誌に連載されているのに、その絵柄が少女漫画的だからである。(ハチクロも少女漫画だし)

 

 

2少年漫画と少女漫画の違い

 では少年漫画と少女漫画の違いはどこにあるのだろうか?

 もちろん一概にこれだ! といえるものではないが、一番多い回答は男性向きか、女性向きかというものだろう。だが、今では少女漫画を男性が読み、少年漫画を女性が読むということも珍しくなくなってしまった。

 私が思うに、少年漫画とは『明確な勝利条件』があり、少女漫画は『曖昧な目標』があるということではないだろうか?

 

 例えば、少年漫画の例を挙げると、『ドラゴンボール』『北斗の拳』『ワンピース』などは明確な敵がいて、その敵を倒すという『勝利条件』が明確に表記されている。その先に、ユリアやワンピースなどの、大きな目標を掴むことにつながっている。

 一方、少女漫画は恋愛ものが多く、その心理描写を非常に重要視している。すると『誰々くんが好き、告白!』なんて単純な話ではなく、まず自分の気持ちを確かめたり、相手の状況を考えたり、他の友達のことも考えたりなどという、様々な内面描写を行わなければならない。

 これにより最終目標は『ヒーローくんと付き合う』になるのだろうけれども、そのために何をすべきか、ということの明確な答えというものを探すことから始まる。

 

 もっと簡単に言えば少年漫画は単純で、少女漫画は複雑ということだ。

 これは良し悪しがあって、少年漫画の単純さは多くの人にわかりやすく、物事を伝えられる(共感性が高い)代わりに、あまりに単純すぎると話の深みがなくなってしまう(真理が浅い)。少女漫画は心理描写などの深さはあるが、目的がわかりづらくて多くの人にはわかりづらい(真理が深いが共感性が低い)。

 

 さらに少女漫画の場合は『女性に向けた心理描写の共感性』に頼っているところがあるので、男性にはわかりづらい部分が出てきてしまうのだろう。

 

 真理と共感性の話はこちらにもあるので参照して欲しい。

 

 

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3かるたという『漫画向き』な題材

 この競技かるたという題材も非常に漫画向きなものだと思う。

 

 まず第一にルールが簡単。

 読まれた札を取る、先に自分の陣地の札がなくなった方が勝ちというルールは非常に単純明快で特別な勉強など何もしていなくてもわかりやすい。

 だがそこで浅い競技かというと、そこに至るまでの努力や戦略も深く、読み応えもある。

 

 第二に誰でも知っている。

 競技かるたや百人一首をやったことがない人であっても、その存在を知らないという人は非常に少ないだろう。今では学校で基礎教育の一環として習うようになったのが、百人一首である。その地味ながらも知名度の高さも、全く知らない競技と比べればハードルは低くなる。(クリケットやカバディなどよりも手に取りやすい)

 

 第三に目標が明確。

 競技かるたは優勝や名人が決められるスポーツである。そのために、千早はクイーンになるために努力をしているのだが、このクイーンになる(1番になる)という目標は非常に明確だし、誰にでも理解しやすい。

 例えば究極の絵画を描く、などでは抽象的すぎて読者は「一体それはなんだろう?」と疑問に思い、共感性は減ってしまう。

 

 第四に明確な実力がランク付けされる。

 これは鳥山明がドラゴンボールでやった手法であり、フリーザ編でいう「私の戦闘力は53万です」みたいなものである。その時点における主人公などの戦闘力を数字で表し、それを開示することによって相手との戦力差がどれほど絶望的なのか分からせる簡単でいい方法である。

 だが、これには問題があって例えば幽☆遊☆白書において戸愚呂弟がB級妖怪だとわかった時に、これから先の敵はあれ以上なのか! と期待するとともに、「過小評価だよな」という声が上がることもありうる。絵以外の部分で説明しているから、よほどレベルの違う戦いを演出しなければ読者も納得してくれない。

 さらに、敵を強くしすぎてどうしようもなくなってしまう。シャーマンキングのハオなどは、その典型だろう。

 

 一方、ちはやふるは元々そういった階級分けがあったこともあり、あいつはA級、あいつはB級という明確なランク付けがされている。級が劣る相手に対しては格下感が出てくるものの、同じA級であればその実力差はあまりないということがわかる。

 さらに名人、クイーンという最終目標がはっきりしているため、強さがインフレすることを防いでいる。(インフレするような漫画でもないけれど)

 

 この4点において競技かるたは漫画向きな題材といえるだろう。

 

 

4 無双しない千早

 ちはやふるという漫画の最大の魅力を聞かれたら、私は『負けることにある』と答える。

 

 これはどういうことかというと、勝利というのはスカッとした爽快感があるものの、それが続いてしまうと「結局主人公が勝つんでしょ?」とダレてきてしまう。だが、敗北を挟むことでそのお話に深さが出てくるし、そこからの巻き返しという点においてまた違う面白さが浮かび上がる。

 例えばワンピースのアラバスタ編におけるルフィとクロコダイルの戦闘がそうで、あの戦いにおいてルフィは2度負けているものの、最後に大逆転勝利をする。この2度の敗北が物語に深みを与え、敵をより強大なものにしてくれていた。そのために、勝利の瞬間は非常に爽快感の強いものになっている。

(主人公が負けない名作は修羅の門ぐらいしかないんじゃないかな?)

 

 このように敗北というのは物語の深みや爽快感を増すために必要なものである。勝利ばかりに徹してしまうと一本調子になってしまうのだ。ちはやふるの場合、千早もそうであるし、太一、新も負けるときは負ける。そして挫折なども経験して、それでも諦めない部分において、我々読者は非常に強い勇気を与えてもらうわけだ。

 この作品においては他の登場人物もあまり使い捨てにせず、どのキャラクターも独自の魅力に溢れたまさに生きているキャラクター達であるが、それもその人がどのように暮らしてきて、かるたに向き合い、成長したきたかというバックボーンを魅せることを意識しているからなのだろう。

 

 最後にこれはあまり作者にとっては聞きたくない話でもあろうが、私が思うに末次由紀は好きなものが出来なくなるという絶望感を知っているからこそ、この作品を描くことができるのではないだろうか。

 自身のミスにより一時は表現の舞台を降りた身であろうが、それでも再び戻ってきた時の感激というものは、おそらく誰よりも末次由紀が知っているだろう。だからかるたが好きで、クイーンになりたい千早というのは、漫画が好きで漫画を描いていたい末次由紀その人ではないだろうか? (千早のキャラクターも容姿は主人公だから眉目秀麗にしたけれどもそれ以外はかるた馬鹿であり、女としての魅力があまりないということも、何となく作者自身を卑下して言っているような気がする)

 

 

 ちはやふるという作品は非常に強い魅力に溢れている作品だ。

 これほどの深みと共感性を両立させた名作はそうそうないだろう。

 3年生が終わるのもあと少しだが、どのように締めるのか注目していきたい。

 

 

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