物語る亀

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物語愛好者の雑文

『シネマ歌舞伎 スーパー歌舞伎II ワンピース』感想 ワンピースと歌舞伎が組んで生まれる、新たなる物語! 

カエルくん(以下カエル)

「今作もまた、試みがすごく面白いね。このコラボは誰にも予想ができなかったんじゃないの?」

 

ブログ主(以下主)

「ワンピースと歌舞伎のコラボだからな。宝塚で『ベルサイユのばら』の初演が行われた時も、これくらいの衝撃だったのかね」

 

カエル「結構、挑戦的な試みだよね」

主「それが成功しているか否かは、後々語るとして……まあ、今回は映画版だから、舞台を見に行ったわけではないけれど、大体の雰囲気はわかるよ

カエル「しかし、最近は古典芸能と漫画やアニメのコラボが続くね。落語だったら『昭和元禄落語心中』や『落語天女おゆい』もあったけれど、歌舞伎は初なんじゃないかな? 少なくとも、歌舞伎を舞台にした漫画やアニメの印象はないね」

主「出雲阿国を主人公や脇に添えた作品ならいくつもあるだろうけれど、歌舞伎をテーマに大ヒットしたという話はあまり聞かないなぁ。

 その意味でも、この試みは面白いね。こういうのは大好きよ」

カエル「へぇ……じゃあ、感想記事を始めるよ」

 

 

 

 

あらすじ

 週刊少年ジャンプで大ヒット連載中のワンピースを歌舞伎化した作品を、さらに映画化。

 51巻後半の『シャボンティ諸島編』の奴隷市場から、59巻の『戦争編』終結までを描く。モンキー・D・ルフィ役には市川猿之助。今作のキーパーソンであるルフィの兄ポートガス・D・エースに福士誠治らが演じる。

 なお、漫画からは若干のアレンジがされているものの、大筋は変わらないものの、舞台版からも映画用に多くの場面がカットされている。

 

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1 ワンピースと歌舞伎のコラボレーション

 

カエル「まずは何と言ってもここだよね! 歌舞伎でワンピースを演じるっていうのが、発表された時には誰もが驚いたよ!

主「漫画原作作品を舞台化するのは、まあわかるよ。例えばこれが『るろうに剣心』だったら、誰もが納得したと思う。初めにも書いたけれど、宝塚歌劇団が漫画原作公演をしているし、歌舞伎でチャンバラだったら誰もが納得するだろうし。

 だけど、ワンピースだよ? まだナルトやブリーチの方がわかるよ。和風な世界観だし、刀使いや忍者がメインだしさ。どう考えても不可能に挑んでいったよね」

 

カエル「それで……ネタバレなしで感想を言うとどうだった?」

主「最高だった!

 映画館で見たからさ、2時間に収めるためにカットの嵐ではあるのよ。途中のアマゾンリリー編はほぼ全カットだし、途中の話も原作を読んでいるから理解はできるけれど、話は相当飛ぶよ。

 だけど、そんなことが関係無いくらいに……歌舞伎とワンピースのコラボレーションがマッチしているだよね

 

演劇との相性

 

カエル「まずは、誰もが心配することがいくつかあるけれど、原作は漫画なわけじゃない? それを人間が、しかも舞台で表現するということに対する違和感とかあるんじゃないの?」

主「それも0とは言えないし、人によっては拒否反応があるかもしれないけれど……漫画、アニメ原作の映画やドラマがこける理由っていつも言うけれど、リアリティに傾きすぎるからだと思うんだよね。

 漫画原作でも作品によるけれど、例えば『海街diary』とか『ちはやふる』とかはリアルな設定だから、まだいいんだよ。もちろん監督も素晴らしかったこともあるけれど。

 だけど、基本的人気の漫画って……特にジャンプ作品ってリアリティのある作品じゃないのにも関わらず、実写化だからとリアル寄りな演出にしてしまうわけね」

 

カエル「単純にお金がないだけとも言えるけれどね」

主「まあ、それも含めてさ、やっぱり世界観だったり、背景だったりの詰めが甘いわけだ。そこでリアルを提示されるから、コスプレ感だったりチグハグ感が出て冷めてしまう。

 だけど、歌舞伎って……演劇ってさ、極端なことを言うと、リアリティってほとんどないわけじゃない? 宝塚歌劇団もそうだし、歌舞伎もそうだけど、あんな格好して、白塗り……ドーラン塗りたくってさ。かっこつけて、あんな喋り方をしている人は一般人に、リアルにはいない。ある意味ではそれだけでおかしいよ。

 だけど、それでいいの! 大事なのは『非現実な物語で魅せること』であって『現実的な物語を見せること』ではないから!」

 

カエル「あんな格好で演劇するということが、ある種の恥ずかしいことになりかねないけれど、だからこそ『異空間』として物語に酔えるわけだもんね」

主「昔から西洋では劇場と教会は立派な建物にするんだよね。なぜならば、現実とは違う、別の世界に魅了されなければいけないから。だからあんなステンドグラスを貼ったり、日本の寺院で言ったら金箔やら貼って、豪華絢爛にするわけだ。そうでもしないと、人間はリアルを、現実を忘れることができない。

 その意味で、この舞台自体が非現実的なんだよ。だけど、当然お金もかかっているし、非常に工夫が凝らされている。だから、最初はコスプレ感があるかもしれないけれど、観ているうちにそれが気にならなくなり、物語にのめり込むんだよね」

 

 

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ワンピースは歌舞伎である

 

カエル「……これは何?」

主「これは実際に見てもらえばわかるけれど、ワンピースの描かれ方って歌舞伎に似ているんだよ。

 例えば、よくあるのが『ドン!』のという効果音とともに、顔のアップが多いじゃない? 名シーンだと特にこの演出が多いけれど、これってさ、歌舞伎でいうところの『見得を切る』ってことなんだよね」

カエル「あれね。イヨーッ!! って掛け声でピタリと止まるやつね」

 

主「そう。あれで観客にわかりやすく『ここが見せ場だよ!』とアピールするとともに、役者にカッコつけさせているわけだ。一つの形として、しっかりと見せてくれるんだよね。

 その意味では、ワンピースという漫画自体も相当演出されているんだよ。少年漫画の特徴かもしれないけれど、多分、誰にでもわかりやすい面白みの理由の一つがそれだと思う」

カエル「その決め所がはっきりしているからこそ『魅せる』場面がしっかりと描けたんだね」

主「そうね。あとは……これはワンピースは関係ないけれど、全員男が演じているというのも良かった。

 なぜ女性の出雲阿国が起こした歌舞伎から、女性が排除されたのかということは、歌舞伎と江戸幕府の関係性や、表現規制の歴史を語ることになるからここでは割愛するけれど……歌舞伎は男性が女性の役もすべて演じる。これは宝塚における、女性が男性もすべて演じるのと同じ効果があるんだろうね」

 

カエル「異性を演じる効果?」

主「そう。その仕草などがより魅力的に……つまり男性のツボをついた女性、女性のツボをついた男性を演じることができるのと同時に、演劇の非日常性をさらに強めることができる。だから、舞台にのめりこめるんだろうね。

 いつも言うけれど、映画にしろ小説にしろ漫画にしろ映画にしろ、物語表現ってある種の『詐欺』なんだよ。いかに観客を騙すか、いかに酔わせるか、そこが腕の見せ所なわけ。だからこそ、よりオーバーにリアクションをとって、魅せるということが重要になるわけだ」

カエル「なるほどね」

 

 

追記 ワンピースは歌舞伎である その2

 

カエル「で、今度は何を語るの?」

主「歌舞伎が傾奇者からきているっていうのは有名な話だけど、傾奇者ってさ、現代でいうとどういう……そうだな、邦楽でいうとどのアーティストが傾奇者っぽいと思う?

カエル「戦国末期から江戸初期にかけて、出雲阿国が起こしたわけでしょ? 傾奇者、から考えると……誰になるんだろ? ロックアーティストかな?」

主「いやいやいや……自分に言わせると、あの当時歌舞伎に対する風当たりだったり、世間の目というのは……今でいうとEXILEを見る目に近いと思う。

 ほら、EXILEってヤンキーっぽいじゃない? 世間からもそう見られていて、ファンも怖そうな人が多い印象で……でも、多分あの当時の傾奇者って、そういう人たちだと思うのね

 

カエル「まあ、言いたいことはわかるよ」

主「で、ワンピースはそれこそ海賊じゃない! これこそ傾奇者の精神を受け継いでいるわけでしょ? 政府からの取り締まりも苦にせず、自由を求めて彷徨い続けるなんて、いかにも歌舞伎っぽい存在だと思うわけですよ」

カエル「あー……だから、ワンピースなんだ」

主「そう! ここのチョイスもうまいと思うけれどね」

 

 

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以下ネタバレあり

 

 

2 練られた舞台

 

カエル「ネタバレありといっても、基本的には話の内容はアニメや漫画を読んでいれば知っている話だよね」

主「さすがに登場人物も一部は整理されているし(クロコダイル、ルーキー達などは出てこない)流れも改変されているけれど、そこまで気にはならない。最初に説明ゼリフなどもあるのも気になるけれど、それも最初だけだね。

 ナレーションもあるし、歌舞伎ファンにも安心できる心配りじゃない? 

 それでも話は複雑だから、ワンピースを知らないでこの作品を見に行くとこんがらがるかもしれないけれど、ワンピースファンなら問題なし」

 

カエル「舞台としてうまいポイントってどこ?」

主「まず、スタートがシャボンティ諸島の奴隷オークションだけど……ここはこの先を考えると、唯一麦わらの一味が勢ぞろいする場面でもある。

 だけど、うまいのはそこだけじゃなくて『舞台から始まる舞台』という演出だよね」

カエル「最近だと映画『少女』もそうだったよね」

主「つまり、いかにこの作品世界観に酔わせるかという挑戦を考えた場合、まずは現実感を一層取り払わないといけないわけだ。じゃないと、単なるコスプレ演劇になってしまう。

 普段の歌舞伎ならば、もう既に表現形式として『そんなものだ』で成り立っているし、舞台が江戸時代だったり、特殊な衣装や演じ方によって、非現実感が生み出せる。

 時代劇って、現代では『現実感のあるファンタジー』なんだよね。

 だけど、この作品は現実感のない空想ファンタジーだし、特殊な設定はあるし、能力バトルだし……と考えると、現実味はいつもの歌舞伎以上に取り払う必要がある。そのためのスタートだよね」

 

カエル「だからシャボンティ諸島の奴隷オークションからスタートなんだ」

主「あとは、やっぱりチョッパーの扱いかな。あの変身能力をいかに表現するかというのは非常に難しいけれど、そこが効果的に使われていた。最初は驚くよ? 『こんなのありなの?』って。だけど、それが後々大きな効果を生むわけだ。憎いよ、この演出は。

 それが何かは……是非劇場でってところかな」

カエル「……ネタバレでネタバレしない!」

 

キャラクターの配置

 

カエル「キャラクターはいつも通りのメンバーじゃない?」

主「だけど、この作品においてそのキャラクターの立ち位置はいい具合に練られていると感じたね。

 まず、序盤におけるウソップの立ち位置。

 典型的なコメディリリーフであり、さらに狂言回しであるわけだ。そのような役割を演じられるのは、一味の中でも冷静……といえるのかは微妙だけど、コメディ担当でツッコミもボケもできるウソップに最適な役割なんだよね」

 

カエル「でもシャボンティ諸島以降は出てこないから、序盤だけではないの?」

主「いや、そのあとにその役割を担当するのが、ボン・クレーなわけ。ここもうまいなぁと感心したよ。

 オカマというコメディ寄りの存在であり、しかも存在自体が非現実的、さらにオーバーリアクションをしても気にならない。なぜならば、オカマという存在のイメージ自体がそうだから。

 ほら、新宿2丁目にいるような人たちのイメージってすごく濃いじゃない? それこそ、漫画のキャラクターみたいでさ。そこを中盤に入れることで、より深く物語に入っていけるし、面白おかしく演出することができるんだよね」

 

カエル「じゃあ、主人公としてのルフィに、それを支える仲間たち狂言回しとしてのウソップやボンクレーがいて、敵役のマゼランや海軍たちがいてというお話として、うまく単純化されているんだね」

主「そうね。だから、キャラクターや展開も若干変わっていて、ボンクレーがマゼランにルフィの居場所を密告したことになっているし、マゼランも単なる悪役になっていた。だけど、それはこの難しい話をより舞台映えするように簡略化した結果だから、いい改変だよ」

 

 

3 心憎い演出と舞台

 

カエル「あとは、ミュージカル風味で歌あり、踊りあり、空も飛ぶし、火も出て水も大量に流れるというのも面白かったよね!

主「ミュージカルのように歌と踊りを交えた作品というのは、みんな大好きだよ。それもまた非現実的だけど、よりその物語世界観に酔えるし、さらにコンサートやライブと同じ一体感も味わえる。

 だからミュージカルはいつの時代も人気なんだろうね」

 

カエル「そして心憎い演出というと?」

主「今作は戦争編終結までいくけれど、あの戦争を終わらせるのは赤髪なわけじゃない? 

 この舞台化に当たって、役自体はだいぶ減ったけれどそれでも相当多いから、兼ね役がすごく多いんだよね。で、このシャンクスを演じたのは誰かというと……他ならぬルフィ役の市川猿之助なんだよ。

 この演出って憎いよね。もちろん、直接2人が会わないからこそできる演出でもあるけれど、ここでグッと来たなぁ」

 

役者について

 

カエル「市川猿之助はハンコックも演じているし、主役、ヒロイン、師匠格を1人で演じているね」

主「映画だとハンコックのシーンはほぼ削られているけれどね。

 あまり役者について語ってこなかったからここで語ると、坂東巳之助が演じたゾロはもう役からして歌舞伎っぽいから違和感がなさすぎたけれど、何よりもボンちゃんですよ! 彼の存在がこの作品の価値を一層高めている。

 あとはサンジ・イナズマ役の中村隼人もかっこよかったよね。原作を読んでいると『何で戦争編前後でサンジとイナズマが印象に残るの?』ってなるだろうけれど、見ればわかるから!」

 

カエル「あとは雰囲気があった白ひげ役の市川右近も大物感が素晴らしく出ていたし、世界最強の男だったよ!」

主「そして何よりエース役の福士誠治がかっこいいのなんのってね……ラストはもちろん知っているけれど、少し涙腺が緩くなったよ」

カエル「黄色い声援が飛ぶ、わかりやすい格好良さだったもんね」

 

 

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4 ワンピースを上演した意味

 

カエル「でもさ、このワンピースを上演した意味って、そんなにあるのかな?

 

主「めちゃくちゃあるよ!

 個人的な話になるけれど、物語だったらなんでも好きだから、落語も聞くわけ。でも寄席に行ってもいる人たちは……髪の白い人が多い。自分が最年少って時も、まあ普通にあるわけよ。寄席じゃなくて、お店でやっている親子会とかだと余計に」

カエル「どうしても若い人にはハードルが高いよね」

 

主「最近は落語心中のアニメもあって少しは若い客も増えたらしいけれど、それでもやっぱり主要年齢層もそれなりのお年を召した方なわけだ。

 じゃあ、落語って若者に受けないのかというと、そんなことは間違いなくないよ! 柳家喬太郎の落語なんて、ある程度の……二十歳を超えたり、働き始めたら面白さがわかるから!」

カエル「でも若い子には行きづらいよね」

主「大事なのは最初の1歩なんだよ。映画館も1人で行くのは最初は少し勇気がいるかもしれないけれど、行ったら平気になる。1人カラオケも、1人焼肉も同じ。

 最初の1回さえクリアすれば、あとはお客さんがまた来たい! って思ってくれる。それだけのクオリティだし、歌舞伎界にもその自信は間違いなくある。

 だけど、その1回が難しいんだよね

 

カエル「だからこそのワンピースか」

主「そう。しかも、ナルトなどのように『いかにもな歌舞伎向きの題材』ではなくて、こういう題材でも面白いと、トリッキーながらもアリだと思わせることが大事なわけで。

 そしてそこで生まれた幅は、間違いなく歌舞伎界にとっても重要な意味を持つ。古典ばかりだと時代に取り残されるけれど、新作を取り入れて、新しい風を起こす。

 その結果、古典にもまた新しい解釈や演出、そしてファンが生まれていく……そうやって物語というのは発展していくんだよ」

カエル「その1歩目としてすごく大きかったわけね」

 

 

最後に

 

カエル「でもやっぱり舞台を見たいよね。音の迫力とか、一体感が全然違うし……」

主「来年に再演が決定しているけれど、確かワンピース歌舞伎ってチケット瞬殺だったんだよね……『面白そうだな』と思って調べたら、もう既に売り切れていた記憶がある

カエル「歌舞伎って結構チケット取りにくいしね」

主「舞台演劇の欠点だよなぁ。人気があるからといって箱を大きくもできないし、回数を増やすにも限界はある。映画なら上映館数を増やせばいいけれど、それもできないし。

 その数少ない枠を見事に獲得できたら、ぜひとも来年見に行きたいね」

 

カエル「……でもさ、そのためにはもっと酷評した方がいいんじゃないの?」

主「……確かに。

 ワンピースが歌舞伎に!? そんなのありえないよ! つまらないに決まってらぁ!!

カエル「……これだけ褒め称えた後でそれを言ってもしょうがないし、しかもそんなこと言う人は実際見ると『感動した! マジパネェ!』とかいうと思うな……」

 

 

 

 

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