物語る亀

ネタバレありの物語批評

両澤千晶さん逝去〜ガンダムSEEDを振り返る〜

 脚本家の両澤千晶さんが亡くなったようです。

 少し、思う所があるので書かせていただきます。

 

 

 私が初めて見たガンダムは『ガンダムSEED』でした。SEED自体がファーストのセルフリメイクということを考えれば、本来ならファーストを見てから視聴するのが正しい形なのでしょうが、当時の私には80年代の作品はあまりにも古すぎて見れたものではありませんでした。食わず嫌いですね。

 その第一印象は「これ、スクライドじゃん」

 スクライドの大ファンでアニメ好きになった人間からすれば、目につくのはまず平井久司の絵でした。友人とも「今度のガンダムの主人公は橘あすかみたいだよね」とかの話で持ちきりで、ガンダムの魅力としてはあまり語っていなかったように思います。

 

 そんな私を置いていき、ガンダム SEEDは大流行、おそらく現時点でも平成に入って最も流行したガンダムと言っても過言ではないと思います。ゲームもアニメもプラモも大流行、多分今でも一番好きなガンダムはSEEDという方は多いでしょう。

 ディスティニーは正直「?」となる場面や展開も多く、叩かれることが多い作品であり、そうなってしまった理由に福田監督の妻でもあり、シリーズ構成を務められた両澤さんの名前を挙げる方は多々いると思います。それは、まあ、仕方ないでしょう。様々な噂を聞けば、私も擁護できません。(福田監督もなんだか歯切れが悪い回答が多かったし)

 

 ただ、両澤さんの能力がなかったか、と問われるとそんなことはなく、むしろガンダムの前に作られた『GEAR戦士電童』は福田監督とのタッグの元、今でも名作と語り継がれています。

 特に大きかったのはガンダムという分野に女性を引き込んだことでしょう。ガンダムWは女性にも大ヒットしましたが、基本的に『ガンダムは男性が見る』ものです。その後のXやターンAなどはヒットしたとは言い難く、ガンダムというブランドが非常に苦しい立場にあったことも容易に想像できます。

 また、サンライズは伝統的に男性重視の会社であり、作っている作品も男の子向けの作品が多かった。そもそも女性を引き込むにしても、どうすればいいのか分かっている人は当時は皆無だったのではないでしょうか?

 その中で元々女オタクだった両澤さんの加入というのは非常に大きく、その後の00などにも(さらに大袈裟に言えばラブライブまで)影響を与えたと思います。

 

 SEEDディスティニーの続編などもできるような作品内容であり、あれだけ大ヒットしたにもかかわらず作られていないのは、むしろ不自然なことですが、その理由が両澤さんのご病気だったのかもしれません。

 

 ご冥福をお祈りいたします。