物語る亀

ネタバレありの物語批評

スティーブ・ジョブズ(2016 ダニーボイル監督) 感想 世界を変えたオタクの裏側

 ダニーボイル監督、アーロン・ソーキン脚本ということでスティーブ・ジョブズを見てきた。その感想をあげていこうと思う。

 

 私は大のアップル党であり、今使用しているパソコンもMacだし、スマートフォンもiPhonである。ではこれに強いこだわりがあるのかというとそんなものはない

 いや、そんな適当な理由で……なんて笑うのは簡単だが、考えてみればこれはすごいことだ。何せパソコンについて全く興味のない人間に、スペックの違いなんてわかるはずもない。しかしどうしても違いを説明しようとすると、その性能に目が向けられてしまい、メモリーがどうのスロットがウンタラという、訳のわからない話をされて「やっぱりパソコンは難しいのね」なんて言われて購買意欲をなくしてしまうのがオチだったりする。

 そんな人間にもわかりやすいようにインテリアとしてのパソコン、イメージ戦略というのは少なくとも私には大成功しており、それがMacを支えているものと言っても過言ではないのだ。

 

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 2015年に発表された世界純利益ランキングではアップルは395億ドル(約4兆7千億円)で堂々の一位に輝いている。これは6位につける日本トップのトヨタ自動車のほぼ二倍という額であり、いかに圧倒的な存在感があるというかのがわかる。これにはスマートフォンブームも非常に大きいのは想像できるが(3位はサムスン)これほどの企業を創設したジョブズというのは、間違いなく世界屈指の経営者だろう。(もちろんナンバー1と言っても過言ではない)

 ではそんな人物の舞台裏はどうだったのか、それに迫るのが今作だ。

 

 では大まかな感想

 嫌な予感が的中したな……

 

1 注目の監督、脚本家について

 まずぶっちゃけてしまうと、ダニー・ボイル監督はともかくとしてアーロン・ソーキンという脚本家は全く好みではない。世間的には大ヒットして面白かったと言われている『ソーシャル・ネットワーク』もそうだったが、舞台裏をセンセーショナルに見せるというやり口で映画界に新しい切り口を魅せて大きく貢献しているのは重々理解している。しかしそのやり方が結局ソーシャル・ネットワークの場合、SEX&ドラッグに金の話であって、それはゴシップ雑誌と同じやり口ではないかと疑問に思ってしまうのだ。

 

〈余談だがこの流れは過去に小説界でもあって、脚色された虚構ではなく、自分の身に起きたことを表そうとする自然主義文学が矮小化し、私小説を中心に発達したことがあった。ではその作品が抜群に面白いかというと、日記の延長線であったり、事実であることを前提にしていたりと、決して面白い作品ばかりではなく、私の主観ではほとんどつまらないものだったが、虚構ではないというだけで当時の読者を熱狂させたのは分かる気がする〉

 

 『マネーボール』を見た際は野球好きというアンテナがあったからか、それとも元々セイバーメトリクスに対する知識と、ビリー・ビーンという人物がどのような人物かということを理解していたこともあるかもしれないが、ここまでの疑問や嫌悪感は抱かなかった。(その理由はわかっているのだが、後述する)

 それでは今作はというと、やはり大きな疑問が最後まで残ってしまっていた。

 今作は大きな発表のある前40分間ほどの裏側を3つ見せるというやり方で構成されており、そこを通してジョブズという人間を表そうとしている。

 

 

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2 この作品の欠点とは

 ではその見せ方が成功しているかというと、私は失敗していると思う。

 まずスタートからの導入部分は非常によく、最初の10分ほどはワクワクしてしまった。このままではインターネットという新しい世界が独占されてしまう、その危険性についてもっと考えなければならないという先見性などには非常に恐れ入った。このような会話の端々からジョブズという人間の怪物性というものは垣間見える。

 

 ではそれでワクワクするのはいいが、その40分間を見せるというのはあまりにも長すぎるのだ。場面転換が一切起こらず、延々とその裏側を描き続ける。

 それだけ長く描かれているうちに、私は少しずつ飽きが来てしまう。この作品は圧倒的な会話量で成り立っているのだが、単なる会話の連続だとこちらに理解させようという意図が強すぎて、それを追いかけるので精一杯になってしまう。できれば何も言わずに絵で見せてくれるシーンがあったら休憩にもなるのだが、脚本家の性なのか会話があまりにも多すぎると思った。

 

 またその40分かけて準備して、さあここからスタートですよ、という最も盛り上がる場面は全てカットされてしまっている。それはこの作品における語るべき部分ではなく、you tubeでも見てくれればわかる、というのはわかるのだが、それではここまで我慢して鬱屈していたことが爆発するシーンが一切なく、再び次の準備に入ってしまう。

 

 これはソーシャル・ネットワークでも同じで、あれだけ色々内輪揉めを繰り返した挙げくに、その後で苦労が報われることはない。結局最後まで『こんなやつどう思うよ?』と作品が語りかけてくるような感じで終わってしまう。

 これだけできるやつが経営者として優秀なんだとか、この視点でこの物語を作れるのがすごいというのはわかるが、これでは鬱屈しただけで終わってしまう。

 

 その点マネーボールは改善されていて、アスレチックスが優勝することはなかったが、連勝を重ねることにより今では支配的になったセイバーメトリクスの効果を立証したというスカッとするポイントがあった。その分エンタメ性が上がって(悪く言えば世俗的)より多くの人に物語の快感を生み出す結果となった。

 もちろん全ての作品がエンタメのようにスカッとする必要はないし、これは実在の人物を描いた作品だから事実に沿って描かねばならないため、制約も多いと思うが、私は不満に思うポイントだった。

   

3 監督の演出が逆効果では?

 監督の代表作である『スラムドック・ミリオネア』でもそうだったが、この監督の演出として「現代と過去の交差した見せ方」というものがある。これは確かにこの彼の選択にはこんな過去があって、それを引きずっているからこう悩み、この選択にしたという説明には効果的である。

 ではそれが今作でうまくいっているかというと、決してそうは思えなかったりする。

 

 例えばスラムドック・ミリオネアの場合は主人公の過去と現在のミリオネアでの問題が交差するという描き方をしている。我々には過去が開示された上で、現在のミリオネアの主人公を見ているので、その選択は理解できるし、テンションも上がってくる。

 

 だがこの作品ではそもそも40分×3の場しかほとんど場面としては現れない。元々ジョブズという有名人の伝記映画だからジョブズに詳しい人間しか相手しないよ、というのならわからなくもないが、広く多くの人に見てもらう映画なのだからさすがにそれはどうなのだろう?

 例えばこの人物がジョブズにとってどのような関係性を持つのか、ということはあまり開示させることはない。名前だけ見ればわかるほどのジョブズ好きならばいいが、そんな人間ばかりではないのだ。(と言ってもアメリカでは常識なのか?)

 

 でもその人物を説明するときに、場面は基本的に40分の準備に固定されてしまっているので、時系列通りに出会いから開発、発展、解雇、再び返り咲くという形にすることはできないのだ。だから象徴的な重要なシーンは過去の回想という形にしている。

 これが非常にわかりづらいものにしている要因だったりする。

 果たして今している話が現在のものなのか、過去のものかは服装やその他の状況を見て判断することになり、それは当然可能なのだが、その間も会話劇が繰り広げられているため、果たしてどちらの言い分が正しいのか、などといったことを考える暇を与えてくれない。

 だからついていくだけで大変だ。

 

4 ステョーブ・ジョブズという人間を描く

 これだけ文句をつけてはいるが、ではスティーブ・ジョブズを描くという目的は間違いなく成功している。

 映画としては辛い点数を私はつけるが、この映画しかできない、この映画だからできたジョブズ像というものが絶対にあると思うのだ。その意味においてはこの脚本家の目論見は成功している。

 

 ジョブズという人間の偉大さは彼は世紀の天才経営者でありながら、天才発明家でもあり、天才表現者でもあったことだろう。

 私が冒頭に触れたように、彼が手がけたからこそ美しいフォルムやコンピューターは生まれた。バッテリーまで美しいと言われるこの細部にわたる完璧性、美しさを求めた屈指の美的感覚の持ち主でもあった。

 そして何よりも、解雇されていた間にピクサーを買い、その3DCGという非常に優れた表現を確立したのも、またジョブズであった。その意味において、アニメ界に取っても革新的な、語らねばならない人物でもある。

 またプレゼン方法のうまさは有名な話で、ポケットから様々なアイテムを取り出すのは今やジョブズの代名詞とも言える手法だ。その他の売り込み方やあらゆることに、ジョブズは優れた表現力を使っていた。このように、ジョブズという人間は単なる天才経営者とは違うのだ。

 

 一方、優れた表現者の多くがそうであるように、ジョブズはまた大変な奇人でもあった。部下には無理難題を押し付けて、子供の養育に関心がなく、また行っていることがコロコロと変わる。そんなメチャクチャな部分も多く持ち合わせていた。

 

 その二面性をはっきりと映し出したという点において、本作は白眉のものがある。

 その意味においては絶賛せざるをえないのであろうが、私の趣味ではなかったのかな。

 

 

 

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