物語る亀

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物語愛好者の雑文

映画『マイマイ新子と千年の魔法』感想 これぞ『日常系アニメ!』 片渕須直監督のリアリティがすごい!

カエルくん(以下カエル)

「……なんかさぁ、ちょっと不満があるんだよね」

 

亀爺(以下亀)

「何じゃ? 藪から棒に」

 

カエル「……なんでさ、亀が出てくる映画って、特にアニメってこんなに多いわけ? カエルが全然出てこないんだけど! 不平等だ!」

亀「仕方ないの。世界的に生息しており、しかも長寿で人気のある動物じゃからの。水生生物であることも加えて、陸上でも行動できるという優れた長所を持ておるからの。

 これが魚などであれば、水の中でしか動けないが……そうではないというのは、非常に大きいの」

カエル「でもさぁ……カエルってあんまり出てこないよねぇ」

亀「いやいや、先週公開した『ミュージアム』に出ているではないか! しかも非常に大切な役で!」

カエル「……なんでああいう役ばかりなんだろうね? そんなにイメージ悪いのかなぁ? 亀男が人を襲うって話、中々ないもんね」

亀「……亀男じゃと、色々と勘ぐってしまうの」

カエル「下ネタかい!

 じゃあ、感想記事を始めるよ!」

 

 

  


「マイマイ新子と千年の魔法」90秒プロモーション映像

 


1 山口の自然の美しさ

 

カエル「この記事を書いているのは『この世界の片隅に』の公開後だけど、やっぱりあの映画を見た後だと、似たような部分を多く感じるよね」

亀「基本的には……山口と広島の違いはあるとはいえ、中国地方が舞台となった話であるし、自然を重視した作風であったり、戦後10年後の昭和30年という時代性の近さもあるからの。

 もちろん、こちらの方が先であるし、作品としてもどちらも賞賛される出来であるが、この映画があったからこそ『この世界の片隅に』が生まれたと考えても間違いではなさそうじゃの」

 

カエル「90分前後だし、そこまで大きなドラマ性……というと語弊があるかもしれないけれど、原爆のような大事件は発生しないからね。

 ある意味では……あの時代の日常を描いた、ある種の日常系アニメといってもいいのかな?

亀「描かれているのは昭和30年代の子供の生活じゃからな。テレビもない、ラジオを楽しみにしているような子供であるし、冷蔵庫も氷屋さんが毎日持ってきてくれるものを入れる生活じゃ。

 昭和30年代の生活を知る上でも、貴重な資料になるかもしれんの」

 

史実に基づいたリアリティ

 

カエル「歴史に関してそこまで詳しくない……というか、多分一般人と同じ知識量だからさ、この映画を見ると昭和30年代と、1000年前の日常ってこんな感じだったのかな? って勉強になるよね」

亀「やはり時代考証が……その時代の生活文化や家電などに関して、非常によく調べ上げておると感心するの。

 町並み一つ、その時代に暮らす人たちの服装であったり、遊びを取ってもリアルにできておるから、歴史の勉強で見ても十分役に立つ内容になっておるの」

 

カエル「一時期『ALWAYS 三丁目の夕日』などで昭和ブームがあったけれど、その感覚で見ても面白いよね。あちらは都会の話だけど、こっちは田舎だからさ、そこもまた違いとして大きいし」

亀「この作品がよくジブリの後継作なんて言われるのは、やはりその『古い田舎』というのも大きいのかもしれんの。

 ほれ、トトロなども少し離れた郊外の町を舞台にしたが、そういう光景はやはりノスタルジックな印象を与える。多くの日本人が体験したことがない……昭和の田舎というものに、これだけの既視感であったり、郷愁を与えるというのはやはりどこかに憧れの田舎像というものを共通認識としてあるのかもしれんの」

 

以下ネタバレあり

 

2 ストーリーについて

 

カエル「じゃあ、絵のリアリティなどは置いておいて、ストーリーの話になるけれど……大きな事件があるようで、実はあまりないという語るのが難しい作品だよね……

亀「この映画は知る人ぞ知る、という立ち位置になってしまっているが……もちろん、公開時期ではまだジブリが強く、こういう一般向けアニメ映画に注目が集まりにくい時代でもあるというのもあるが、小劇場で細く長く上映されていたという作品じゃ。

 もちろん、見所の多い作品というのは間違いないが……では、お話として『誰にでも受け入れられるエンタメ』になっておるかというと……少し難しいかの

 

カエル「こういうと評価していないようだけど、そんなことはないよ? この作品のファンは多いのはわかるし、僕も好きなんだけどさ、じゃあ多くの人に受ける要素だったり、わかりやすい映画になっているかというと……実はそうでもない、という気がするね

亀「例えば平安時代の清少納言と現代の絡みであったり、また父親の復讐に行く少年の話であったりと、ドラマとしての盛り上がりどころはある。しかし、これはこの作品の長所でもあるが……それがエンタメとして、ドラマチックに演出されるでもなく、ただただ淡々と流れておる。

 だから一見するとこの映画は昭和30年代と平安のつながりもそこまで強くないし、少年の復讐劇もそこまで大きな物語ではないように見えてしまうというのが、興行が伸び悩んだ欠点かもしれんの」

 

カエル「その意味では『この世界の片隅に』はこの映画の最大の欠点でもあった、そのドラマ性の薄さをカバーしたとも言えるんだよね。戦争中という、誰もが理解しやすい映画になっているし、ドラマ性もたくさんあるし」

亀「そうじゃの。時間も90分ほどと短い作品じゃから、約2時間半ある『この世界の片隅に』と単純比較はできんが、うまい具合にカバーされたということかの」

 

 

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日常と小さな変化

 

カエル「だけど、このドラマ性の薄さがこの映画ではすごく大事だなぁ……って印象もあったよ

亀「多くの映画では少年少女の成長を描くとき、劇的でドラマチックな出来事があって、それに翻弄されて、そして何らかの壁を乗り越えることによって大きな成長を迎えるという描写がある。

 もちろん、それはそれで正解じゃ。しかし、多くの少年少女が成長するときというのは、実はそこまで劇的な壁を乗りこえたり、わかりやすい悪党を倒したりするからではない。そんな簡単に割り切れないからこそ、人生とは奥深いものになる」

 

カエル「そうだよねぇ……この映画においても、すごく複雑な大人がでてきてさ、それがそれぞれの少年少女に色々な影響を与えるけれど……みんな、大人になったからといって子供の規範になるわけでもなく、生きることに精一杯なんだよね」

亀「その意味ではこの映画が描いた『日常』というのは、何も特別なことがない。よくアニメでは『日常系』などという言葉が取り上げられるが、この映画以上に日常を描いた描いた作品というのも、そうそうないじゃろうな。

 しかし、日常というのはドラマ性があまりない。だからこそ、誰にでも受け入れられるわかりやすいお話には……なっとらんのかもしれんの」

 

 

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3 少年少女と大人

 

カエル「あの時代の、小学校高学年ってさ、すごく微妙な年でもあると思うんだよね。中学生までいけば思春期という誰もが経験する『大人への階段』を歩み始めるけれど、その少し前だから……なんというか『子供でいられる最後の時間』であるようにも思うんだよ」

亀「そうじゃの。中学生になると恋に勉強、その他、多くの悩みであったり、進路に関する自分の人生と向き合わなければいけなくなる。しかしこの小学校高学年というのはそういったものからまだ解放されている時間じゃからの。その意味合いは非常に大きい」

カエル「だから、この映画における新子や子供達というのは、大人からすると『憧れの子供』でもあると思うんだよね。田舎で生活する子供というさ、すごく綺麗な存在として描かれていて、空想がすごく多くてさ。自分の世界を大事にしていたりして」

 

亀「実際の子供というのはもっと残酷じゃがな。いじめもあれば、暴力沙汰もあるじゃろうし、そこまでいいものではない。しかし、この田舎という風景と子供とアニメという3つが重なると……こういう子供像の方がみんな、しっくりくるのかもしれんの

カエル「昔の子供はいじめをしなかった、なんて時々言われるけれどさ。そんなはずはないと思うんだよ。だって、差別問題とかは今よりも激しかったわけだし、その土壌は間違いなく今よりもあったはずなんだよね。

 多分……よく言えばおおらか、悪く言えばいい加減な時代だからさ、子供たちも暴力沙汰とかも日常茶飯事で……だからこそ大人が仲裁に入ったり、いじめられた子がやり返したりとか、あとは少しくらいのいじめならただの『からかい』で収まっていただけのような気もするんだよね」

 

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大人の描かれ方

 

亀「一方の大人の描かれ方というのもまた特徴的での……この映画における大人像というのは『子供たちの導き手』とはなれない存在として描かれておる。

 その象徴が学校の先生であり、そしてタツヨシのお父さんじゃな」

カエル「あれも子供にはわからないよね……こういうのは言葉じゃなくて、感覚的に理解するしかないと思うし」

亀「大人だって立派ではないし、悩みはあるし後ろ暗いことはあるんじゃ。そんなの、当たり前じゃ。

 しかし子供の前ではそれは見せない。じゃが、大人は見せていないようであっても、確実に子供に伝わるものがあるの」

 

カエル「あの先生も今思うと、すごくやるせないよね……あれだけたくさん書かれた手紙の中にどれだけの思いを詰め込んで、そしてそれを焼き払ったのか……」

亀「わしなどはあのシーンさえあれば、そのあとの説明はいらなかったようにすら思うの。先生は好きな男の元に行ったのか、それとも違う男と結婚したのか……そこは曖昧にした方が余韻は出た思うが……これ以上この映画で空白をつくっても、わかりづらくなるだけかもしれんな」

 

カエル「空白って言葉が出たけれど、この映画には見ていてちょうどいいくらいの『余韻』であったり、考察する余地があるよね

亀「そうじゃの。この余韻というのが片渕作品の最大の魅力なのかもしれんの」

 

 

4 タツヨシについて

 

カエル「この映画における最大のドラマ性を持つタツヨシについてだけど……すごく複雑な内面を持ちながらも、いい魅力に溢れたキャラクターだよね」

亀「この映画に出てくる子供達の中では少しだけ大人で、もう思春期に入りかけているような子供じゃな。じゃから、大人と子供のちょうど境目にいるキャラクターじゃ。

 この映画の子供たち……特に新子などに注目を集めてしまうが、本作における『変化する登場人物』という意味で最も注目すべきキャラクターであることは間違いないの

 

カエル「ある意味では本当の主役だよね。子供の世界から大人の世界へと、少しだけ足を踏み入れるキャラクターとしてさ」

亀「お父さんのことは本当に尊敬しておる。しかし、それと同時に『バー・カルフォルニア』に通い、怪しげな女たちに貢いでしまう父親に対して……軽蔑にも似た感情を持ってしまうわけじゃな。

 じゃが、お父さんの力の象徴でもある『正義の木刀』を手にするあたりに、揺れる思いが象徴されておる

 

カエル「そしてお父さんがああいうことになって、それでバー・カルフォルニアに乗り込むわけだけど……ここもやるせないよね」

亀「確かにあの女も悪人じゃし、ヤクザは確かにヤクザであった。しかしの、その悪人だと思っていた、血も涙もない存在であればその『正義の木刀』も簡単に振り下ろすることもできたのじゃろうが……実際には女は涙を流し泣き崩れ、ヤクザも事情を知ると、手を出すこともなく帰してくれた。

 もちろん、実害がないというのも大きいのじゃろうが……切ない話じゃの」

 

カエル「そうやってタツヨシは大人としての一歩を踏むわけだよね。だけど、それをそばで見ている新子にはまだ、それがわからない」

亀「このタツヨシの成長こそが、この映画の最大のドラマになる。しかしの、面白いことでもあるが……タツヨシの描かれ方というのは、それまでは単なる年長の友人でしかなかったということが、この映画の分かりづらさに拍車をかけておるの」

カエル「普通は主人公とかが変化する様を見せるけれど、新子たちはそこまで変化しないもんね」

 

 

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平安時代の子供の世界

 

カエル「あの平安時代の描かれ方についてはどう思った? 直接的なリンクはないから、必要かと言われると難しいところだけど……」

亀「わしは最初に見た時は『千年女優』のような、想像と現実の境目があやふやな作品のかと思っておったが、おそらくそうではない。

 あの平安時代というのはわしが思うに……子供時代の象徴であると考えるの

カエル「……まあ、そうだよねぇ

 

亀「じゃから、タツヨシが殴り込みに向かう場面において、子供の世界である平安時代というのは貴伊子を通して妙にリンクを見せるわけじゃ。

 子供の世界から見たら……想像の世界から見たら、ああいう美しさも混じる光景であっても、大人の世界ではそこまで美しいものではない。そういうリンクがあったと思うの」

カエル「ここは難しいよね。直接的に何かリンクがあるわけじゃないからさ、いらないとか意味がわからないという意見もそれなりに納得できるし……」

 

亀「繋がりが弱く感じるからの。いつも言うのは、物語を2つにわけるとき、何らかの意味が生じなければいけない。その2つが混じった先に何かが見えてくる、ないしはその物語がハッピーエンドに向かうようにしなければ、2つに分ける意味があまりないということをわしは重視する。

 その意味ではこの映画というは、直接的な物語としてはリンクはしない。

 しかし、それを見ている観客の中ではリンクするという作品になっておる。

 これが人を選んでしまう要因なのかもしれんの」

 

カエル「すごく複雑な映画だよね。金魚に込められた意味とか、山口県に島津の名前を冠すること子供が来るとかさ、そこも長州と薩摩を思えば、仲間ではあってもライバルのような難しい関係だし」

亀「それはわかりやすく都会と田舎の対比などにして、そのようなことは子供には関係ないというメッセージでもあるようにも思えるの。

 おそらく、見た人によって語りたいことが変わる、いい映画じゃな」

 

 

最後に

 

カエル「でもさ、やっぱり一つ思うのは『この世界の片隅に』が名作なのは認めるけれど、それならやっぱりこの映画も見て欲しいよね。せっかくBDも出たことだしさ」

亀「本来、片渕須直監督がやっている映画というのは、そこまで大きく評価されるようなものだと思わん。いや、評価はされるじゃろうが、一般に広く受け入れられるかというと、それは難しいかもしれんの」

カエル「爆発とかわかりやすいドラマがあるわけじゃないものんね。

『この世界の片隅に』は戦争中、広島というわかりやすいドラマがあるから多くの人に引っかかったけれど、その表現の本当に素晴らしい部分はそこではないし」

 

亀「しかし、こういった監督が評価されるのは素晴らしいの。アニメというのはどうしてもキャラクターものであったり、爆発だったり、わかりやすい作品が広く受け入れられる傾向にあるが、こういう作品が出てくるのが日本のアニメ映画の強みでもあるからの」

カエル「どうしてもアニメというと『子供向け』『オタク向け』とされるけれど、それだけじゃないからね。そういう作品に光を灯すきっかけになったのが2016年だと思うし、その大元はすでにこの時代にできていたんだね」

亀「『この世界の片隅に』が好きな人は、この映画も見てみてほしいの」

 

 

 

 

 

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